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18話 傀儡師匠





 本格的な先生の家の建て増し工事が始まりました。

 離れ的な作りになるのかと思いきや、今の家の中も少し変わる様子で、思ったよりも大きな建て増しの様です。


 裏の土地に建てる予定だった洋館の設計者ではなく、この家を建てる時にお願いした設計者の方にお願いされた様子で、建て増しした部分にはどうやら二階も出来る様です。


「要君にも良い人が出来たら、部屋にも連れ込む事もあるだろうし」


 と別の入口も先生は作ろうとされてましたが、丁重にお断りさせて戴きました。


 ご近所で顔見知りの大工さんがいつも裏庭で作業をされておられ、お茶やお菓子を出すお手伝いの希世さんも大変そうでした。


 私たちは普段通り書斎で原稿を書くのですが、編集者の白井さんは工事の音が気になって打合せが出来ないと言い、度々近くのカフェに行き、先生や私と珈琲を飲まれてます。

 心なしか少し訪問される回数も減った様にも思います。


 まあ、そんな事にも人は慣れるモノでして、数日もすれば私も先生もそんな音は気にもならなくなりました。


 先生はこのところ、長編小説を書く事になり、その資料集めをされておられます。

 沢山の本を抱えて帰って来られたり、時には一日中街に出ておられる日もございます。


「お供致しましょうか」


 と何度か私も申し出ましたが、


「いや、要君が自分の仕事をするように」


 と仰られ、必ず一人で出掛けられます。

 今朝も朝早くから出て行かれました。


 私は朝食を戴いた後、書斎で一人原稿を書いておりました。

 すると慌ただしく白井さんがやって来られました。


「お、おはようございます」


 私は白井さんに挨拶をすると、白井さんは私の横に座り込み、


「た、た、た、大変ですよ」


 と、仰られました。白井さんの「大変」なのは年中の事で、私も少々の事では驚かない様になってしまいました。


「あ、あ、あの……」


 白井さんは息を切らしながら何を言っておられるのかもわからない状況で、私は、


「ちょっと落ち着きましょう」


 と白井さんを連れて食堂へ行き、希世さんにお茶を淹れてもらう事にしました。


 希世さんの淹れたお茶を一気に飲み、少し白井さんは落ち着かれた様子でした。


「先生はどちらへ……」


 白井さんは身を乗り出して言われます。


 私と希世さんは顔を見合わせ、


「今日は浅草の方に行かれると聞いておりますけど……」


 希世さんは白井さんと私の前にクッキーを出されました。

 最近は希世さんのクッキーは洋菓子店に負けない味になって参りました。


「やっぱり……」


 白井さんはそう言うとまたお茶を飲んでおられます。


「それがどうかされたのですか」


 私はお茶を戴いて、白井さんに訊きました。


「いや、言って良いのかな……」


 なんて白井さんは言っておられますが、そこまで言われて聞けないのも、こちらとしては困る事でして。

 それに白井さんから入るお話は大抵が何処か捻じ曲がっている事が多いので、こちらも話半分で聞く様になっております。


「先生は男色に走っておられるので無いかと……」


 私と希世さんはまた顔を見合わせます。


「男……色……ですか」


 私は呟きました。


 白井さんはまた身を乗り出し、


「昔から言うじゃないですか、ある程度まで地位や権力を持った人は小姓を……」


「止めて下さいよ。もう大正の世ですよ。そんな武家の風習を持ち出されても」


 その私の言葉に食い気味に白井さんは、


「でも見たんですよ。先生が若い男と連れ込み宿に入って行かれるのを」


 と言い、顔を伏せられました。


 私と希世さんはまた顔を見合わせ、二人で首を傾げました。


「あ、あの……。白井さんの見間違いという事は……」


 白井さんは首を横に振られました。


「今回に限っては、それはございません」


 白井さんは断言されました。


 私は腕を組んで椅子に深く座りました。


 先生が男色……。

 それは無いと思うのですが。

 男性に見える様な女性も可能性も。

 最近は短髪にされる女性も増えて来たと言いますし。


 その時、お勝手の戸が開き、


「希世さん、お茶ご馳走様でした」


 と声がしました。

 裏の工事をされている大工さんの声です。


 希世さんは慌ててお勝手の方へ行かれます。


「あら、お茶、一つ余ってますね」


「ええ、今日は見習いの政が休みなんです」


 そんなやり取りが聞こえました。


 希世さんは大工さんたちに出したお茶菓子の余りを持って食堂に戻って来られました。

 そのお茶菓子を白井さんの前に置かれました。

 直ぐに白井さんはそのお菓子に手を伸ばされます。


「それに結構男色の先生は多いのですよ」


 白井さんの言葉に私は顔を上げました。


「作家なんて仕事をしていると、何処かその辺りの感覚が人とズレて来てしまうのですかね……」


 などと白井さんは言っておられました。


 まさか……。

 先生が、男色……。


 私は息を吐いて目を閉じました。






 その日先生が帰って来られたのは日が暮れてからでございました。

 徳太楼のきんつばとどら焼きをお土産に買って来られました。


「いや、今日は実に愉快な一日だったよ」


 と先生は煙草を呑まれながら話をしておられました。


「今日は浄瑠璃の人形を作っておられる工房と、西洋風の人形劇をしておられる方々と会って来た」


 先生の言葉に嘘はない様に思えます。

 とても先生が若い男と連れ込み旅館に入るなどとは想像も付きません。


 希世さんは夕食を食卓に並べながら、私の顔をチラチラと見ておられます。

 早く、真相を訊けという事なのでしょう。


「西洋風の人形劇と浄瑠璃はまったく違うモノなのでしょうか」


 私は先生に訊きました。


「そうなんだよ。元々浄瑠璃は日本独自の文化の上で作られたモノで、動きも繊細で、人形も高価なモノが多い。しかし、西洋風の人形劇はマリオネットと言って、結構粗削りな人形も多く、主役となるモノ以外の人形は適当に作っているモノだな。劇の内容も全く違っていて、マリオネットの人形劇は風刺的な内容の作品が多かったりするんだ」


 先生は煙草を消して、お茶を飲んでおられました。


「元々は人が芝居としてやっておったのだか、それで風刺的な芝居をすると、取り締まられる事もあり、人形に代役を任せてそれを避けたのだろうと言っておられた」


 先生の話がまったく入って来ませんでした。

 先生が若い男性と抱き合っている風景がチラチラと脳裏に浮かびます。


「今日は鶏のカツレツを作ってみました」


 希世さんは私と先生の前に大きな鶏のカツレツを置かれました。


「ほう、これは珍しい。さあ、戴こう」


 と先生は鶏のカツレツにナイフを入れられました。






 結局あまり眠れずに、朝早くに起き出し、庭に出てみました。

 もうすぐ三月になりますが、結構冷えております。


「おはようございます」


 と声がして振り返ると、大工の見習いの政さんが頭を下げておられました。


「政さん。おはようございます。早いですね」


 私は犬のシズカを撫でながら政さんに言いました。


「はい。見習いなモノで、一番に来て準備をする事になってるので」


 政さんはそう言って裏へと小走りに行かれました。


 普通は弟子とはこういうモノなのだろう。

 私は、初めから結構自由にさせて戴いている。

 恵まれているな……。


 そんな事を思いながらシズカのお水を新しいモノに入れ替えました。


 すると丁度希世さんがやって来られました。


「おはようございます」


 希世さんはニッコリと微笑み、私に仰られました。


「おはようございます」


 私が挨拶すると希世さんは私の傍に来て、


「眠れなかったのでしょう」


 と小声で仰いました。


「はい……」


 と私は頬を指で搔きながら答えます。


 希世さんはそんな私をクスリと笑い、


「急いで朝食の準備を致しますね」


 とお勝手の方へと行かれました。


「要君」


 と縁側の戸が開き、先生が腰を摩りながら立っておられました。


「おはようございます」


 私は先生に挨拶をしました。


「ああ、おはよう。すまんがちょっと腰を揉んでくれないか」


 と仰いました。


「あ、はい」


 と私は玄関へ回り、家の中に入りました。


 家の中では先日から居付いている猫たちが元気に走り回っております。


 先生は、


「すまんな……」


 と居間の床に横になられました。


「昨日結構無理な体勢を取ったからな。腰に来たようだ」


「む、無理な体勢ですか……」


 私は先生の腰を押しながら言います。


「ああ、思ったより大変でね。上になったり、下になったり……」


 ダメだ……。

 やはり先生は昨日……。


 私は眩暈に似たモノを感じました。


「今朝は和食でもよろしいですか」


 と希世さんが食堂の入口から声を掛けられました。


「ああ、良いね。たまには和食の朝飯も」


 先生は顔を伏せたまま答えられました。

 希世さんは頭を下げると厨の方へと戻って行かれました。


「要君は、どっちが良い」


 私はドキッとして、手を止めます。


「ど、ど、どっちと言いますと……」


 先生は顔を上げて、私の方を振り返られました。


「和食と洋食だよ。朝食はどっちが好きかって……」


 何だ。

 朝食の話ですか……。


 私はホッとして少し考えました。


「そうですね。こんな寒い日は和食の朝食の方が温まる気がしますね」


 先生はうつ伏せのまま頷いておられます。


「私もそう思うよ。やはり冬は身体を温めるための燃料が必要になるんだろうね。それには朝からしっかり食べる必要がある」


 先生はそう仰ると、私の按摩が効いたのか声を上げられました。


「そこをもっと強くやってくれ」


「はい。わかりました」


 私は先生の腰を強く押しました。






 朝食を終えて私は裏庭を見ました。

 大工さんたちがもう揃い、煙草を呑まれながら図面を見て打合せをしておられました。

 その中で庭の端の方で木材に座り、政さんが鑿で木を削っておられます。


 見習いはまだ何もさせてもらえないのか……。

 私はその様子をじっと見つめておりました。

 すると、裏庭に先生が出て来られました。


 あれ……。

 先生。


 私が何故か、少し隠れる様にしてその様子を見ていると、先生は政さんの傍に行き、二人で会話をしておられます。

 そして先生は政さんの横に座り、鑿で政さんが削っておられたモノを手に取り、何かを言っておられました。

 仲良さそうに見える二人でした。

 そして先生は立ち上がり、表の方へと戻って行かれました。


 確か、政さんは昨日休んでおられましたね……。

 って事は昨日の先生のお相手は政さんだったのでは……。


 私は先生と政さんが抱き合う姿を想像してしまい、少し顔を赤らめてしまいました。


「では、要さん。今日の作業、始めさせて戴きます」


 と大工の棟梁が私に仰いました。


「あ、よろしくお願いします」


 と私が頭を下げますと、棟梁は大声で政さんを呼んでおられました。


 政さんは棟梁に言われた通りに重い木材を一人で担ぎ、運んでおられました。


「政君も大変だな……。彼も今日は腰が痛い筈なのに……」


 私の横で先生が仰られました。


「昨日一緒だったんだよ。やはり若さが違うのかな」


 先生は声を出して笑っておられました。


 やっぱり政さんがお相手だったんですね……。


 私は書斎に入って行かれる先生の背中を見て、髪の毛がボサボサになるまで頭を掻いていました。






 建具師が今日はやって来られ、建て増した部屋と改装する部屋の打合せを先生は応接でしておられました。


 書斎と先生の今の寝室を一部屋にして、そこを書斎に作り替えられる様です。


 建て増した部屋の一階に先生の新しい寝室が出来、二階に私の寝室を作られる予定になっています。 

 希世さんのお部屋はお勝手から廊下を繋ぎ、離れの様な作りになる様です。


「要君も座卓ではなく、椅子に座って書く様にするが構わんかな」


 先生は私に訊かれます。


「あ、はい。構いません」


 先生はニコリと笑い、建具師にそう伝えられました。


 正直、それどころではなく、私の頭の中には裸で抱き合う、先生と政さんの姿が焼き付いて離れないのです。


「希世さんと要君の部屋にも寝台を作ってくれ」


 先生は図面を指差しながら説明しておられました。

 どうやらお風呂も作り替えられる様で、今までの木桶の様な丸いお風呂ではなく、四角い少し広いお風呂になる様でした。


 先生の寝室の上に私の部屋がある事が少し気になります。

 何度か先生が上のお部屋をと申し上げたのですが、


「歳をとると階段の上り下りも大変になるから」


 と仰って、先生の部屋が下の階になりました。

 日本の建築も西洋風の作り方を徐々に取り入れ始めている様で、床や壁は分厚いモノになってくという事でした。

 その分、柱に使う木材は太くて頑丈なモノになるらしいです。


 書斎は今までと同じで、先生と私は一緒に使う様ですが、作り付けの机と大きな書棚が出来、奥の部屋に山と積まれた本も全部それに収納出来ると先生は喜んでおられました。


「何か、凄い事になってますね」


 私は建具師が帰って行かれるのを先生と見送り、先生にそう訊きました。


「ん……。まあ、洋館を一軒建てるよりは随分と安く付く。それなりに仕事をしやすい環境を作るのも作家の仕事なんだよ」


 先生はそう仰られ私の背中を叩いて、また書斎へと戻られました。


 私は食堂に入り、先生からお借りした図面を広げました。


 希世さんが珈琲を淹れて持って来て下さいました。


「お部屋の図面ですか」


 と覗き込まれます。


「ええ、希世さんのお部屋にも寝台が付くそうですよ」


 私は希世さんを見て微笑みました。


「まあ、そんなの……、緊張してしばらく眠れないかもしれませんわ」


 忘れてた……。

 私は今日、殆ど眠れていないのだった……。


 私は珈琲を戴き、希世さんにお勝手から希世さんの部屋へと続く廊下の辺りを説明しました。


「何を見てるんですか」


 と食堂に白井さんが入って来られました。


「声を掛けても返事が無かったので、入って来てしまいました」


 まあ、いつもの事なので、誰もそれに文句は言いませんが……。


 白井さんは広げた図面を覗き込んで、


「先生の部屋の上が要君の部屋なんですね……」


「ええ……。先生に上の階をと申したのですが、先生が階段の上り下りが大変だからと……」


 私は白井さんに説明すると、白井さんは小さな声で、


「夜な夜な、下の階から先生が小姓と抱き合う声が……」


 と言って笑っておられました。


 もう、勘弁して下さいよ、白井さん。

 その話になるとまた、先生と政さんが裸で抱き合う場面が浮かんできます。


 希世さんは白井さんの前に珈琲カップを置かれました。


「先生のお土産のきんつばがありますので、お出ししますね」


 と希世さんが厨から徳太楼のきんつばとどら焼きを持って出て来られました。


「お、徳太楼のきんつばじゃないですか……。これが美味しいんですよね……」


 と白井さんは一つ取り食べておられます。


「やっぱりきんつばは浅草、徳太楼ですね……」


 白井さんはそう仰って、珈琲を飲まれました。

 最近は和菓子と珈琲の組み合わせも美味しい事に気付きました。


「何が浅草だって……」


 と食堂に先生が入って来られました。


「希世さん私にも珈琲を」


 と自分の席に座り、新聞を広げられました。


「いや、きんつばは徳太楼が美味しいと話をしていたんですよ」


 先生は、新聞から顔を出して、


「きんつばは元々、日本橋の榮太楼が発祥だと言われている。あそこのきんつばは刀の鍔と同じで丸く模ってある。その元は大福を作るために作られた餡を日持ちするように粳をまぶして焼いた所から始まっている。それがいつしか今の様に小麦粉を溶いたモノを纏わせて焼き始めた事で人気になったんだよ」


 私は先生の話を頷きながら訊きました。

 流石は先生、博識です。


「私は徳太楼より、榮太楼のきんつばの方が好きかな……」


 よく食べ物の事で、先生と白井さんは論議を交わされますが、私にはまったくわからず、そんな話には入っていけません。


「なるほど……。そう言われると榮太楼のきんつばも捨てがたいですね……」


 今日はすんなりと白井さんが先生の意見を飲んでおられました。


「先生」


 と玄関の方から声がしました。


「あ、私が……」


 と希世さんが先生に珈琲をお出しになり、そのまま玄関へと走って行かれました。


「先生、棟梁が……」


 と希世さんは棟梁と政さんを連れて食堂に入って来られました。


 政さんを見るとまた先生との抱擁の場面を思い浮かべてしまいます。


「先生、すみません。昨日はうちの政がお世話になったみたいで」


 食堂の入口で棟梁が頭を下げられました。


 先生は新聞を食卓の上に畳んで置き、


「いや、私の方こそ楽しませて戴いて、政君に何とお礼を言えば良いのか……」


 棟梁も公認の仲という事か……。

 大工の世界ってそう言う事も有りなのでしょうか。


「いや、それがこの政が、今月いっぱいで大工を辞めると言っておりまして」


 棟梁は頭を掻きながら言われました。


 え……。

 辞めるのですか……。

 まさか、本当に先生の小姓として……。


「ああ、昨日聞いた」


 先生は席を立ち、政さんの傍に立たれました。


「若者には若者の夢を追う権利がある。私も彼を応援したいのだが、どうかな……」


 と先生は政さんの肩を叩かれました。


「いや、それはもう。私も同じ意見ですので」


 と棟梁は先生に笑っておられました。


「まあ、筋の良い若い奴だったんで少し残念ですが」


 政さんは、申し訳なさそうに頭を下げておられました。


「まあ、人形を作りたいって聞かされた時は驚きましたけどね」


 棟梁はそう仰って、


「家の方は工期が遅れない様に頑張りますので」


 と何度も頭を下げて出て行かれました。


 人形作りか……。

 木を鑿で削ってたのは、それか……。


 先生は玄関まで二人を見送ると食堂へ戻って来られました。

 そしてきんつばを一つ取ると、口にされました。


「昨日、政君と一緒に浅草の浄瑠璃の人形を作る工房と、西洋の人形、マリオネットを作る工房、それからマリオネットの人形劇をやっている劇団に行って来たんだ」


 劇団……。


 先生は珈琲を飲んで、またきんつばを食べられました。


「実際に政君と一緒にマリオネットを操る体験もして来た。これが思ったより大変でね。自然に見える様に人形を操るには裏で人が団子状態だ。それこそ、上になったり下になったりと、腰が痛くて痛くて……」


 上になったり、下になったり……。

 それだったのか……。


「劇団は金も無くてね、安い連れ込み宿の一部屋を借りて練習してたよ」


 連れ込み宿……。


 私は白井さんを睨む様に見ました。


 先生が男色に走られたというのは、やはり白井さんの憶測でしかなく、実際には政さんと人形劇を見ておられた様でした。


「政君は昨日、人形劇を見て、やっぱりこんな人形を作りたいと決心したんだ。元々作りたいけど鑿も碌に使えないんじゃ邪魔になるかもしれないと思ったらしく、それで棟梁に弟子入りして鑿や鉋の使い方を覚えたんだな」


 私たちは黙って先生の話を聞いていた。


「浄瑠璃人形の繊細さと、マリオネットの良いところを併せ持つような新しい人形を作るんだって政君は言ってたよ。和と洋の融合と言った所だな。きんつばと珈琲の様なモンだ。意外にこれが合うんだよな……」


 先生は珈琲を飲んで息を吐かれました。


「政君の門出だ。私たちはお祝いしてやろうじゃないか……」


 と先生は私たちの顔を見ておられました。


「どうしたんだ。なんか様子が可笑しいな」


 先生は順番に私たちの顔を覗き込まれました。

 辛抱堪らず、白井さんは、


「先生」


 と先生の方を向かれました。


「な、何だ……」


 先生は白井さんの気迫に身を引かれました。


「そうならそうと言って戴かないと……」


 先生は何の事か良くわからず目を丸くしておられました。


「私はてっきり先生が男色に走られたのかと……」


「男色……。走る……。何だ、一体何の事だ……」


 先生は私たち三人の顔を見ておられます。


「あ、珈琲のお代わりを……」

 と希世さんは先生の珈琲カップを持って厨へと逃げられます。


 あ、希世さん、逃げた……。


 私はテーブルに置いた図面を取り、


「先生、これは応接に置いておきますね」


 と言い、食堂を出ようとしました。


「要君なんて、本当に心配して夜も眠れずに……」


 白井さんは半泣きになり、熱弁を振っておられます。


「要君……。一体何がどうなっているんだ。説明してくれ……」


 先生の声を後目に私は食堂から逃げ出しました。


 やはり白井さんの話は半分どころか、話、一割で聞く方が良いと私は思いました。


 ふと、裏庭を見ると、政さんがまた、木を鑿で削っておられました。








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