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誰が咎を背負うべきか

 爆発した様に自分を挟む左右の家屋の扉が弾け、そこから緑色の塊がフィー目掛けて飛び出て来た。

 いつもならばフィーはミラの名を呼んでいたが、ミラこそが逃げろと彼に叫んだのならばと、彼は信奉する竜の命令にこそ従った。


 だが、どう逃げる?


 考えるまでもない。

 フィーはアバンの訓練を受けていた事に感謝しながら、一気に身を低くして進行方向へと滑り込む。


 その時に私に、アバンによるフィーへの訓練風景が見えた。それはフィーを敵に立ち向かえる強者に鍛えるものでは無かった。フィーが反射的に敵からの攻撃を躱せるようになり、敵から確実に逃げ延びられるための身のこなしを叩きこむものだったのである。


 アバンめ。

 自分にとっての守りやすさを優先したな。


 さて、フィーは子ネズミみたいにスライディングしてゴブリンから逃げ切れたが、当のゴブリン達はどうなってしまったか。


 奴らは自分達が切り裂く予定の獲物がいなかったがために、襲い掛かった勢いを殺せぬまま互いをフィーと誤認したまま切り裂き合いながら崩れ落ちた。


 もし、フィーの足が止まっているか剣を握って対峙しようとしていれば、フィーはゴブリン達の物量作戦から逃れられなかっただろう。

 アバンには感謝だな。


「よし!!」


 フィーはさらに動かす足を速める。

 アバンの元へと戻れと言った私の言いつけを守らなかった事に、私こそがほっとしていた。状況などすぐに変わる。今は来た道を戻るなど自殺行為だ。

 ではどうするとフィーを見守れば、彼はダビデが向かった目的の場所、ダビデの妹が助けを待っている場所にそのまま向かい続ける事に決めたようだ。


「ごめん。ミラ」


「いや、いい。フィーの選択の方が最良だ」


 私の胸にほわッと温かさが広がる。

 これは私に褒められたフィーの喜びだと思うと、私の存在がフィーに与える影響力の大きさの再認識に有頂天になるぐらいだ。


「でも、どうして逃げろと?」


「窮鼠として猫に噛みつくためだ。良いから頑張って逃げ切れ」


「もう!!」


 駆け出したフィーは、数分後、突然ぴょんとその場を飛び上る。

 彼の足があった場所に隠し罠が姿を現し、トラバサミの鋭い歯が宙を食む。


「あっぶな」


「よく気が付いたな」


「もう!!僕の目を隠し罠だったり隠れゴブリンが映るようにしたくせに」


「ちゃんと機能していたか。真っ直ぐに罠に向かうものだから見えていないのではないのかと不安になったぞ」


「僕が見えていることが気取られたら困るのはミラじゃない?」


「だな。さすが相棒だ。さあ、あと二百メートル。確りと駆け抜けろ」


「はい!!」


 フィーの駆け足は小鹿のようだと、私は小気味よく思った。

 リズミカルで軽い足取りでしかないようで、実は速度がかなりあるからか、彼は時々曲芸師みたいに壁走りまで披露するのだ。

 小鹿でなく猫の方か?


「壁走りはいくらなんでもアバンでは無いな」


 走るフィーの耳が真っ赤に染まり、私の中にイメージが入って来た。

 村の子供達が壁を駆けあがり、壁を蹴って宙に浮いたそこで一回転する姿を。


「壁走りは一人で練習してたのか。首の骨を折ることが無くて良かった」


「あ、覗いたね。どうせ僕は怖くて一回転が出来ない臆病者ですよ」


「いいや。思慮深いというんだ。次は一回転をしてみろ。私という補助がいるんだ。安心して挑戦できるだろ?出来たらきっと気持ち良いはずだ」


「村の子達は補助なしに出来る。ミラに回して貰うのは恰好悪い」


「失敗しても首が折れないようにしてやるだけの補助だ。安心して挑戦してみろと言っているだけだよ」


「はい!!」


 楽しそうに大声をあげた少年は、目の前に迫る自分を待ち受ける大軍を横目に手近な壁を駆け上り、大きく壁を蹴って宙に上がる。


 私こそ、わお、となった。


 フィーに貼り付いている私も、フィーと一緒に空に放りだされたのだ。


 そして私が純粋に楽しんでいるだけとも知らず、フィーこそ私への信頼のまま身を捩じり、空中で一回転を成功させた。

 大きく回転したフィーの着地点は、ゴブリンの大軍から離れた場所になる。


 猫のように着地したフィーは、侯爵家では上げたことの無い村の子供そのものの雄叫びを上げると、先へと駆け出すために地面を蹴った。

「聖なる者、純粋なる者、か弱き者への障壁を神の名において築き上げん」


 ドオオオオン。


 フィーは真後ろで起きた衝撃波を背中に受け、地面に思い切り転がった。

 彼が振り向けば、彼の真後ろには幅が二メートルも無く高さが彼の身長程度の壁ができており、その壁は何かの爆発らしきものを遮っていた。


 ズズズン。


 土埃が立つ壁向こうでゆらりと立ち昇った影のシルエットは、大きなハンマーを持つ角のある異形の姿である。


「セルドエネル」


 呆然となったフィーは、目の前の異形の名を呟いていた。


 セルドエネルとは、頭部には羊の大きな角を生やし、ブタの顔をした人間の上半身に下半身は牛という、三メートルはある大型の魔物だ。そんなものが大きな木のハンマーを持って目の前にいるのだ。


 フィーは真後ろでで起きた衝撃が爆発などではなく、化け物によって振り下ろされた大槌による自分を殺すためのものだったと知った。


「あんなの受けてたら」

「大丈夫ですか?あとは兄に任せて下さい!!」


 転がったままのフィーの横にしゃがみこんだのは、フィーがずっと気にしていたダビデの妹であった。

 乱れた長い前髪は汗によって顔中にに貼り付き、頬も額も薄汚く汚れている。

 しかしフィーを見上げる緑色の瞳が透明で綺麗であるように、彼女の顔立ちの可愛らしさを台無しどころかかえって引き立って見せていた。


 それは、彼女の表情がフィーには衝撃だったからかもしれない。

 彼女は、フィーの無事が嬉しくて堪らない、という顔をしているのだ。

 初対面でしかない相手に対し。


「あなたのお陰で生きて兄に再会出来ました。ありがとう」


「い、いや。僕こそ助かった」


「ありがとうございます、だ。カリンナ。村の少年みたいに曲芸ができる身軽なお人だが、侯爵という重たい身分の方だよ」


 カリンナは兄の茶々に、しまった、と言う風に顔を真っ赤に染めた。

 フィーは彼女の兄に抱き起されながら、感謝よりも不満を抱いた。

 ダビデが妹に階級違いを弁えさせる余計な一言を与えたのは、フィーに対するけん制でもあるのだ。


「僕は別に――」

「侯爵。俺がブタ野郎(セルドエネル)を担当しますので、妹達をアルバの元へご誘導願います」


「ダビデ?」


 ダビデはフィーから腕を離す時に、フィーにだけ聞こえる声でフィーに囁いた。


「御達者で」


「ダビ――」

「行きましょう。兄が足止めしている間に、私達だけ、いいえ、あなただけは逃げてください。さあ早く。どうぞ、どうぞ、兄の死を無駄にしないでください」


 カリンナはフィーの腕を掴んで引っ張る。

 彼女こそ自分の言った言葉を実行したくはない顔であるが、彼女は兄に助けられた時には、この村で何が起きたのかを理解していたのだ。


「こ、この村の、これは、全て、兄と自分が招いたことです。あなたを――」

「それは違う」


 私がフィーの口を借りた言葉によって、ダビデと彼の妹はフィーを見つめる。

 そして、二人の視線を受けたフィーは、今度こそ自分の言葉を口にした。


「僕が領主です。領地で起きた事は僕が背負う咎です」


 ズドオオオオオン。


 カリンナが魔法にて作り上げた防御壁は、セルドエネルが再び打ち下ろした大槌によって砕け、その姿を消しさった。


「フィーよ。咎は自分とは言い切ったな。では、死ぬ気を見せてくれ」


「ミラ?」


「女に出来る限り大きな壁を作らせて豚とお前を囲ませろ」


「それは」

「怖いか?壁の中で気流を作る。お前は風に乗ってブタを惑わすアブとなれ」


 フィーは心の中で私を酷いと罵ったが、私への信頼をさらに強く抱いた上で、私が指示した以上の事を女と騎士に命じていた。


「カリンナは防御壁でセルドエネルと僕とダビデを囲んで!!僕がかく乱する。ダビデは攻撃!!カリンナは集会場に逃げるか近くの建物に身を隠して!!」

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