ローズブチアに誰が行く?
私は私に余計な男を眇め見た。
奴からは私は単なるフィーの胸に着いたブローチにしか見えないはずだが、呪い殺してやりたいぐらいの気持ちで奴、赤毛の騎士を睨む。
ほら、フィーの目が輝いているでは無いか。
私の為にフィーが騎士になるのは望むところだ。
だが、人助けという英雄志願で騎士になった場合、英雄という強者となった者は神にも挑むほどになるのだ。
つまり、私と道を違える。
英雄が最終的に剣を向ける相手は、いつの世でも竜ではないか。
「あなたの提案を受けることは、まず僕がギルドに登録する事ですか?」
「いいえ。あなたの冒険に俺をナビゲーターとして雇って下されば良いです」
「ナビゲーターで、剣の師匠、ですか?」
「恐れながら」
フィーは十三歳とは思えない凛とした動作で、私とフィーには危険なギルドの騎士に対して右手を差し出した。
「僕はフィーニス・フィルスト・フォン・ユベオール・アルトマイゼン。長すぎますので、フィーニスと」
「光栄でございます。フィーニス様。俺はダビデ・ワーガルチア。早速ですが、俺の故郷のローズブチアのゴブリン討伐の依頼をギルドにして頂けませんか?情けないことに、ギルドの依頼が無ければギルドの騎士は自分の故郷さえも助けに行けないのです」
私は絶望のあまり両目を閉じた。
これではフィーはダビデに食いものにされるばかりだ、と。
しかし私が瞼を閉じた事で、私の瞼の裏にダビデの故郷の情景が映し出され、その結果、その映像はフィーの脳裏にも映し出された。
ゴブリンからの襲撃をすでに受けている。
生き残った者達は集会場に籠り、バリケードを築き、必死に神に祈っている。
そうだ、もう神に祈るしか術が無いのだ。
パッと明るい光で映像が消える。
私が見せた映像によって決意を決めたフィーが自分で映像を切ったからだ。
彼は動くために、実際の視界に戻ったのである。
フィーはダビデへと身を乗り出す。
「ローズブチアの状況はどうなっているのですか?」
「俺が今朝受け取った妹からの手紙は、後が無いと」
「では、今すぐに。手紙みたいにすぐに転送できる何かはありますか?」
ダビデは悔しそうに唇を噛み、首を横に振る。
ギルドでは人の転移魔法は使用許可されていない。
王や貴族など人の階級を決める世界では、出来る事と出来ないことを階級ごとに決めるものなのである。
商人の階級は庶民と変わらないどころか、富を追及する者として見下げられ、彼らが編み出した技術に関しても取り上げて規制している有様なのだ。
「どうしよう。僕の家には人を転送できる魔法の使い手はいません」
「いても使えないでしょう。ローズブチアはあなたの領地にある村ですが、座標設定などされていない僻地です。これから座標確定している時間こそ足りません」
「では、助けに行けないではありませんか」
ダビデは、騎士が誓いをするように拳にした右手を自分の胸に当てた。
「飛竜で参ります。操縦者込みで三人乗りです。あなたの身は必ず守ります。俺とローズブチアへ飛んでいただけませんか?」
「それは出来ない!!認められません!!」
叫びながら室内に飛び込んできたのは、フィーの警護をしている館の騎士のアルトゥーロ・アバンであった。
アバンは艶のある黒髪に金色に輝くハシバミ色の瞳が素晴らしく、また、色合いだけでなく顔立ちも貴族的に整っている。それなのに目立たない男だ。アルトマイゼン侯爵を守る騎士の家出身だからと己を自戒しているのか、品行方正で常に影に徹しているという、騎士の中の騎士であるのだ。
真っ当な上に影に徹してくれるがゆえに私がフィーを安心して預けられる男の一人であるが、突然こうして自己主張されるのは困ったものだ。
フィーは剣を彼から習っているからこそ、彼からこのようなアグレッシブな制止を受けた事に嫌悪どころか喜びばかりではないか。
そもそも彼が控えめすぎるから、外で剣を学ばねばならないのでは、という考えに私とフィーが陥ったのだ。青い鳥は家にいるものだが、山鳩ぐらい煩く自己主張して欲しいものである。
そうしていれば、こんなダビデに出会う事など無く、あああ、フィーの思慕がアバンに行くやもと私は苛々していたかもしれないのか。
「あなたをその男と一緒になど行かせません」
「でもアバン。ローズブチアが大変なんだ」
「ええわかります。ですから私とそこのワーガルチアが参ればいいのです。あなたは館から迎えが来るまでここで待機をお願いします」
「でも」
フィーはアバンの言う通りの方が人を助けられると理解したが、まだ十代の少年が自分が足手まといと言う現実を簡単に受け止められるはずは無い。
彼はそれでも自分を押さえこもうと両目をぎゅっと閉じる。
「光は闇を払い、光は我々を導きたもう」
少女の呟きがフィーに聞こえたのは、私がローズブチアを覗いていたからだ。
面倒だが、フィーの今後の精神安定のためには、フィーが知った時点からのローズブチアの惨劇は防ぐべく私がコントロールしているのだ。
人間が作った防御陣にそれを強化させるエレメンタルを流し、逃げ遅れた者達を一か所に集めるべく、意識の乗っ取りだ。
意識の乗っ取りと言っても、逃げる先を暗示で全員に刷り込んだだけだ。
これで一人だけ別行動する阿呆はいなくなる。
そんな仕事中だったため、瞼を閉じたフィーにリンクし覗きこまれたのだ。
だが、私は幸運だった。
フィーは私がしていることに気が付く前に、私が覗いている世界の中で奮闘している少女の姿に魅せられてしまったのだから。
ゴブリンや人間の返り血を浴び、逃げ惑ったせいで泥や埃塗れのローブであったが、聖魔法の使い手は白く輝いていた。
兄よりも赤い髪に兄と同じ緑色の瞳をした少女は、動けなくなった人を見捨てられないまま必死にゴブリンとの防戦をしている。
しかし、疲労困憊の彼女の力は弱まるばかり。
それを知っているゴブリンが一斉に彼女に襲いかかる。
「ミラ!!」
フィーは咄嗟に声をあげた。
四方八方から少女に襲い掛かったゴブリンは、少女の周囲に起きた風圧によって飛ばされ壁に打ち付けられ、そのまま潰された。
ぱっと両目を開けたフィーは、ブローチとなっている私に右手を当てる。
自分こそ残されてはいけないと、彼は意思を固めたのだ。
「僕も行きます。いいえ。僕こそ行きます」
僕にはミラの加護があるのだから!!
そうだ、フィーよ。
私はフィーから受ける私への信仰心で喜びに打ち震えながら、大事なフィーに囁いていた。
飛竜など私がいればお主がコントロールできるぞ、と。
「フィーニス様。それは私には承服しかねま、え?」
「ですから、アバン、あなたも一緒です。飛竜は僕が御せます。言い合いしている時間などありません。今すぐに飛びましょう」
顎を上げ凛として騎士達に最終決定を告げたフィーは立派だった。
騎士二人が彼に忠誠を誓うために跪いたくらいなのだ。
今すぐと言うのに跪いてわざわざ誓いで時間を取るとは、騎士とは面倒なものだな。フィーの騎士学校入学は絶対に認めない事にしよう。




