朝食の席で竜はほくそ笑む
貴族の家では子供は子供部屋に押し込められるものであり、食事の席は大人と子供は別々であるものだ。子供達は食事が終われば乳母達に連れられ、両親の食後のお茶を飲んでいる席に顔を出し、ご挨拶、をするのが習わしだ。
ただし、ユベオール家では違っていた。
フィーの父エーブリエが再婚した日から、再婚相手とその連れ子のオルファンこそ家族であるという風に、朝食の席を三人で囲んでいるのだ。
馬鹿なものだな、と私は思う。
そもそも権力のある家が何事においても大人と子供を分けるのは、謀殺による全滅を避けるための単なる知恵である。
武力による同時の襲撃、あるいは同じ食物への毒物添加。
いや、それは私が思い出した過去だけの話だったかな。
いいや、相続権が無い庶子ならばかまわないのかもな。
瞼を瞑った私はほくそ笑む。
瞼を瞑った私の視界の中では、子供部屋から遠く離れた食堂室の出来ごとが水晶玉を覗くようによく見えるのだ。
今朝の食卓は最後の晩餐ぐらいに重苦しい雰囲気である。
それは昨夜の出来事が関係している。
オルファンはフィーがいつもと違う事に注意を向けるべきであったのに、フィーが痛めつけられるところを見たいがためにフィーが言ったセリフをそのままエーブリエに伝えてしまったのだ。
オルファンはフィーをとことんまで潰してやらねば気が済まない子供である。
親の愛を与えられているならば寛容に育っていていいものだが、エーブリエ夫妻はフィーを扱き下ろした上でオルファンを凄いと褒める教育方針である。そのような生育環境によりオルファンは、常にフィーが不幸とならねば優越性を感じず落ち着かないという心の狭い人間に育ってしまったのだろう。
憐れなものだ。
薄氷の下に落ちれば死しかないというのに。
「お父様、あいつに鞭を与えてください!!あいつは僕がケイレヴ叔父さんの子供だなんて言ったんだよ!!そっくりだねって!!」
通常ならばエーブリエはフィーに鞭を与えたであろう。
けれど、エーブリエがフィーに向ける悪意は、己のコンプレックスによるものなのである。
エーブリエには、上位貴族ならば皆が持っている強いエレメンタルの力はない。
彼は侯爵位の相続人であったが、侯爵位は前侯爵に娘しかいなかったから親族の男児と言う理由だけで彼に巡ってきただけである。それだけでなく、前侯爵の娘と結婚せねば、爵位を継ぐ財産を手に出来なかったという身の上だった。
そのため、前侯爵そっくりの外見のフィーに前侯爵譲りのエレメンタルが無い、その事実がエーブリエ自身を責め苛むのである。
お前が無能だから、と。
アルトマイゼン家にユベオールと言う家名を入れる羽目になったように、エーブリエという異物が入ったからこそアルトマイゼン家の直系となるフィーに天与がなかったのだ、と。
だからこそ彼はフィーをいないものとし、フィーが自分を責める存在であるからと、時には鬱憤晴らしの生贄にしていたのである。
そんなコンプレックスばかりの矮小な人間だ。
お前が愛する優秀な息子が別の種だ、と突きつけられた時、そうでは無いと自信を持って撥ね退けられなかったのである。
それどころか、認めねばならぬ言葉をさらに聞く事になったらと脅え、エーブリエはオルファンが懇願するように動きはしなかったのである。
まあ、フィーに暴力を振ろうと来たとしても、私の加護を突破などできぬがな。
静まり返った朝食の席。
エーブリエはあんなにも愛した息子の顔を見ないようにしているとは!!
「旦那様」
執事がエーブリエに身を寄せ、身を屈めて彼の耳に何かを囁く。
エーブリエは苛立たしいと、ナフキンを丸めてテーブルに叩きつける。
オルファンはびくっと脅える。
「お父様、悪いのはあいつです!!僕はケイレヴの子供じゃ無いです」
エーブリエはいつもと違う冷たい視線をオルファンに向ける。
オルファンはその視線はフィーこそが受けていたと子供ながら気が付き、急な不安を感じる。
鞭を今度は僕に?
怖いとオルファンはぎゅっと目を瞑る。
すると、彼の瞼の中で鞭の閃きが見えた。
ひゅっと。
「お父様、止めてえええ!!」
オルファンは叫びながら椅子から転げ落ち、同時に大きな何かがテーブルの上に落ちた。
ガシャアアアアアアン。
「旦那様!!」
「きゃあああ、だあれかあああ」
「誰か!!旦那様が、奥様が!!誰かあ!!」
「医者を!!誰か!!」
食堂では召使い達の悲鳴が交差する。
ユベオール家の食堂室の天井が落ちたのだ。
数年前に妻の希望で改築したばかりの食堂室は、その改築によって取り替えられたシャンデリアの重さに耐えられないという風に、食事をしている大人二人と子供一人の上に落ちたのである。
オルファンが椅子から転げ落ちたその後すぐに。
エーブリエが甘やかせるだけ甘やかし、召使いの誰もオルファンの癇癪について窘める者がいなかったのは、オルファンが強大なエレメンタルの持ち主だったからである。
コントロールできない力が発散されれば、シャンデリアごと天井を落とす。
そんな風に誰もが思っていたぐらいに、オルファンには能力があった。
私は瞼を開け、子供部屋にてたった一人で朝食を続けるフィーに視線を向ける。
フィーは私に向かって偉そうに左の眉を軽く動かした。
まるで彼の祖父が生前にしていたようにして。
「何の大音だ?」
「間抜けが全てを壊した音だ。何も心配ない」
フィーは小首を傾げたが、それは子供でしかない仕草だった。
それで良い、と私は思った。
そう、子供は子供でしか無いのだから子供でいれば良いのだ。
強大なエレメンタルを持つ子供であろうが、人間の七歳でしかない子供だ。
能力のコントロールが出来なかろうが、損壊防止のエレメンタル魔法が掛かっている天井を落とすほどの力など無いのだ。
だがそんなことは人間には解らない。
事故を起こした原因だとして、オルファンは矯正院に行くだけだ。
躾を与えられなかった猿の行く先としては最良だろう。
私は自分が為した結果にほくそ笑む。
竜は貪欲に財宝を守る者なのだ。
加護を与えた者から、金貨一枚だって盗ませるものか。