急に欲しがられる侯爵
「世界を動かす全てとなる風の王、淀みを嫌う清浄の精霊。ゼヒュラ――」
ミーナが風魔法の詠唱を始めるやフィーは駆け出し、適当に演習場に設置してある壁へと向かう。そこを駆けあがり、そこを蹴って飛び上る。
彼がひゅんと空中で回転すれば、観衆となった同期生達が息をのむ。
エレメンタルが無いとフィーを無能と見誤っていたからこそ、彼が訓練された兵士よりも身軽で動きが良いことに驚いたのだろう。
フィーはお前達のように持たないものを簡単に諦め、あるものを向上させずに胡坐をかくだけの甘ちゃんでは無い。魔法が使えないからこそ彼は体を鍛え、いまや軽業師どころではない身体能力なのだ。
「ほわあ。すごい」
「ミーナ、詠唱止まってる。早く風を」
「あ、そか。ゼヒュランタスのと息よ、舞い上がれ!!」
ミーナは自分の目に映る少年の姿を、このままさらに空に残そうと杖を振る。
ミーナの風魔法を纏って空中に留められたフィーの姿は、風で靡く金色の髪がキラキラ輝くからか天使そのものを思わせた。
そしてフィーこそ、この後にどう振舞うのか知っている。
神が下々に裁きを下すようにして右手をあげる。
「ファイヤーボール」
カリンナはフィーの右手に向けて炎魔法を繰り出す。
次には、破壊だ。
フィーはカリンナの魔法を右手に受け取るのではなく、風魔法を使って別方向、的へと炎を撥ね飛ばすのである。
ドオオオオオン。
結果を目の当りにした観衆は、声を失い呆けるしか無かった。
ファイヤーボールなど属性が無くとも魔力があれば作れるという、攻撃魔法の初歩の初歩である。そしてカリンナが作り出したファイヤーボールは、鳥の卵サイズの小さなものだった。
それがフィーの元に行った途端にミーナの風を吸って犬の頭ぐらいに巨大化し、さらにフィーが風魔法にて撥ね飛ばしたそれは、カリンナが作り出したファイヤーボールでは成し得ない大爆発という破壊を起こしたのだ。
そんな効果が起きるなど、新入生だけでなく、生徒の言いなりでしかない講師も、デモンストレーション部隊として呼ばれていた生徒会役員達も、初めて目にした出来事であっただろう。
全員が呆気に取られている中で、カリンナだけが偉そうに胸を張る。
「すごいでしょう? 彼はエレメンタルが無いからこそ、色んな属性を受け入れて強化も活用もできるのよ」
「ねえ、カリンナ。古代歴史にあった聖女を守る騎士じゃないの、これって。聖女の騎士がみんな魔法剣士だったのは、こんな風に聖女から魔法を受けて戦っていたんじゃなくて? ねえ、私達は今それを再現したのよね!!」
「あ、そか。そうね。聖女の騎士で一番有名なバートレットは、聖女に出会うまで魔法が使えなかったはずだもの。そうか、聖女の騎士はもしかしたら」
「そうよ。ねえ、次の魔法報告会は私達はこれで行きましょうよ。古代歴史の再現と検証。私の風魔法なんか自分の体さえ浮かべられないのに、彼は空を飛んでいるのよ。彼は凄いわ。エレメンタルがあっても魔法を出せない人だって一杯いるのに、彼はエレメンタルが無いのに魔法を行使できるのよ。それも増幅して。きっとこんなのが出来るのは彼だけよ。そうよ。バートレットはそれできっと聖女に選ばれたんだわ。そう考えると凄い出会い。素晴らしいわ」
ミーナの興奮した声が空にまで響き、その声に導かれるように生徒達が一斉にフィーへと顔を向ける。
フィーは丁度地面に降りる動作をしたところだった。
風魔法から逃れるために、両腕を真上に翳す。
すると、彼は自分を囲む風からするんと抜け、そのまま下へと一直線だ。
そして地面に降りたフィーは、周囲を見回し、自分に向けられている視線が数分前と違うと気が付いた。同期生達の殆どが、彼に対して宝物を見つけた様な視線を向けているのである。
「えっと」
「アルトマイゼン様!!私の班に入って下さい!!」
「いいや。うちの班に頼む」
「何を言っているの。男子は王子様と固まりたいんでしょう」
「えっと」
フィーの取り合いだ。
誰もがミーナのセリフで気が付いたのだ。
未来を決める魔法研究発表会にて、フィーによって人目を引くデモンストレーションが出来るという可能性だ。
流石に平和ボケした貴族の子供達だな、と私は思ったが。
聖女の騎士が聖女の力を受けて戦っていたのならば、決闘を申し込まれた際には自分の魔法を与えたフィーを代理にする事も可能なのではないか、普通はそう考えるのではないか?
「アルトマイゼンよ。我が班に入るがよい」
フィーは、どうして? とセルジュに尋ねる。
するとセルジュは顎をあげ見下した視線をフィーに向ける。
「貴様は決闘がしたいんだろう? ならば我が騎士となれ」
「それは断ります。僕は僕の為に戦いたいですから」
「侯爵のお前に誰が決闘を挑むというのが。俺の騎士なれば戦いの場を得られると言うのに、貴様はやっぱり口先だけの奴なんだな」
「そんなに決闘を挑まれる可能性があるなんて、あなたはそんなにご自分が嫌われ者だと憂いでいらっしゃるのですか?」
「なにお!!」
「さあさあ。今は講義中だよ。せっかく僕達が参加しているのだから、僕達に模範演技をさせてくれないかな」
場を治めたのは、生徒副会長のロバート・スレインドルクである。
さすが宰相の息子と言うべきか。
珍しくフィーが攻撃性をセルジュに向けたと言うのに。