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力を失った破壊竜は無能と罵られる少年侯爵の守護となる  作者: 蔵前
第五章 プリンケブスもフィルストも第一人者の意でプリンス
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インゲルス国の王子様

 入学式の数十分前という時間帯に、フィーは面倒に巻き込まれた。

 第二王子に新入生挨拶を譲り、用意したスピーチ原稿も手渡せ、と、聞いている方が恥ずかしい横暴を受けているのだ。


 そして賢いフィーは挨拶に長々と時間をかけるつもりもなく、よってスピーチ原稿など用意していなかった。第二王子はそれは嘘だと罵倒しただけでなく、原稿なしに話せるならば今すぐ原稿を書き上げろと命じたのである。


 まるで息子の妻の若さと美しさに嫉妬して嫁いびりする鬼婆のようだな。


「書けはしないだろう。全てお付きのものにしてもらう、お人形侯爵様では」


「書くのは一向に構いませんが、あなたこそそれで良いのですか?自分の言葉で語る場所なのに、全て僕の言葉になりますよ。お人形な僕のスピーカーになってしまいますが構いませんか?」


 王子は一瞬で顔を真っ赤に染め上げた。

 だが、不敬罪、とは叫べなかった。

 フィーの後ろに控える従者二人が、フィーの不敬など霞みでしかないだろうとしか思えない、本気の殺気を王子に向けていたからだ。


 ただし、王子は彼等にも不敬だと叫べなかった。

 王子は言葉を失うぐらいに恐ろしい気が己に迫って来たことは分かっても、それが誰から向けられたものかなど全くわかりはしないのだ。


 王子が殺気の出どころを掴めないのは、彼が実際に命のやり取りをしたことなど無い、彼こそ全て人にしてもらっているお人形な子供でしかないからだろう。


 殺気を感じてもそれが誰のものかなどわからず、わからないからこそ王子はただただ心臓が止まるぐらいの恐怖を身に感じているのだ。

 叱られた事も無い子供には、さぞ恐ろしい状態であることか。


 子供でしかない王子に涼しい顔でしっかりと殺気を向けているアバンとダビデは、全くなんと陰険で愉快な奴らであるのだ。


 ついでに言うが、王子のお付きである騎士二人は何が起きているか分かっている。それなのに二人がアバン達に何の対処もせず放っているのだ。それは、この我儘なだけの王子に人望も無いらしい現れであろう。

 しっかりと教育的指導を受けろ、そんな騎士達の思いだろう。

 彼等こそ涼しい顔をして王子の後ろに控えているままなのだから。


 ちなみにフィーこそ従者の殺気に何の反応もしないのは、フィーこそ十三歳からの二年間、命のやり取りをこの二人としてきたからだ。

 慣れ親しんでしまった彼らの殺気に、フィーが影響される事は無い。

 彼らがフィーに殺気を向ける事こそ無いのだから、フィーが一々脅えるはずも無いのだ。

 

 これも、あの大飯喰らいのペットお陰か。


 あのケトゥールはケトル―とフィーに名付けられ、フィーのペットとして可愛がられている。月一でフィーがモンスター狩りに出掛けてしまうほどに。


 領地の耕作に向かない荒地にフィーはケトル―を放った。そこには無駄に増えて野生化したヤギが生息しているので、わざわざ餌を用意しなくともケトルーが勝手にヤギを狩って食せるからだ。

 けれどヤギの数は有限だ。

 そして補充するとしたら購入せねばならないため、ヤギが減りすぎないようにフィーとアバンとダビデはモンスター狩りを月一で行っているのだ。


 実を言うと私は、ケトルーの餌は口実なだけだと考えている。三人は月一で少しハードなキャンプ遊びに出掛けたいだけ、にしか思えないのだ。


 それを証拠に、フィーは今回の王都行きに際して、ケトルーを領地に置いて来る決断をあっさりとしたからである。


「あなたがいらっしゃらなくて、あれは大丈夫なのですか?」


 当たり前だが執事のリーブスはフィーの決断に慌てた。

 王都に連れて行くことこそ言語道断だが、フィー不在でケトルーの責任を押しつけられたらと考えると、彼こそ大困りなのである。


「あの子は勝手にするから大丈夫。逃げても放っておいていいよ。人里で悪さをしない躾はしてあるし、どうせ僕の所に来るでしょう」


 フィーはある意味鷹揚に育ったと言える。

 よって、子供の我儘程度の第二王子の命令など彼にはなんてことは無いのだ。


「時間も迫っているし、書くか。ええと、机をお貸しいただけますか?学園長」


「え、ええ。もちろんです。用紙もペンもいくらでもお使いください」


「ありがとうございます。それで、殿下。あなたはここの学校で何をしたいと望んでいらっしゃいます?出来る限りあなたの言葉にしましょう」


「そ、それをお前こそが書けと言っている。私は民の言葉を聞き、民の為にあろうとしているのだ」


「わかりました。それで行きます。私は国民の僕であり」


「誰が僕だ!!やめろ!!お前がスピーチするつもりだったことを書け」


「いいですよ」


 フィーは適当に学園長の机から用紙を一枚引っ張りだすと、やはり適当に選んだペンを使って文字を綴り始めた。フィーの書く筆記体はそれは見事で、覗き込んでいる学園長こそ感嘆の吐息を吐く。


「芸術品ですな、閣下」


「下々が綴る文字は読めない時がある。筆記体は止めろ」


「かしこまりました」


 フィーは書きかけの紙を新しいものと取り換える。

 学園長の執務机に座るフィーの左右に立っている二人の従者が醸す空気がさらに温度を下げたが、彼等に守られるフィーは機嫌が良いばかりだ。


 なぜならば、フィーは王子の嫌がらせ、筆記体よりも面倒で書き辛くなるブロック体で書けという命令に対して、別段困ってはいないのだ。

 怒りもしていない。


 そもそも筆記体は貴族など高貴な人間が嗜むものであり、ブロック体は使役される者達が使用する文字である、という前提がある。


 王子が自分の下僕だと侯爵であるフィーに思い知らせる意味で命令したとフィーは理解している。

 彼自身領民を守る責任も国の仕組みも知っているので、子供の癇癪でしか無いものに反応し、それを理由にさせて領民に不利益を呼ぶ気持ちなど無い。

 また彼は侯爵として常に周囲から敬われるばかりなため、こうした嫌がらせを少々楽しんでもいるのである。


 幼すぎる彼が実父から受けて来た虐待に比べれば、こんなものは風が帽子を飛ばした程度だ。


 しかし、自分の過去を知っているからこそアバンとダビデが彼を必要以上に守り甘やかせているのだろうと、彼は常に寂しく考えてもいる。


 だからかフィーは、彼の左胸に銀のブローチとして存在する私を、左手でそっと抑えた。


 ――インゲルス国の第二王子であるセルジュとやらに、私こそが攻撃をしようとする事をフィーはどうやら恐れたらしい。


 奴が第二王子だろうと、金髪碧眼に整った顔立ちだろうと、フィーの横に並べばその他大勢にしかならない。頭もこの様子では完全にフィー以下だろう。フィーが尋ねた、学園での抱負、それを咄嗟に答える機転も利かない奴なのだ。


 そんな身の程知らずの子供に私が本気を出すと?

 かもな。

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