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侯爵様のお願いと執事と騎士

 カリンナが交信魔法で作り出した輪の中に映り込むのは、フィーの執務室を背景に立つ執事のリーブスだった。いつもの執事の鏡である彼こそ執務室に置いてある受法機、単なる卓上鏡のような物なのだが、そこに映り込んだフィーの姿にかなり喜び執事の鏡の振る舞いを忘れて声を上げた。


「フィーニス様!!ご無事で何よりです。かなり汚れていらっしゃいますが、お怪我はございませんか?」


「大丈夫です。僕にはアバンが付いております。それで、あなたにお願いがあるのです」


 フィーの、お願い、という言葉がスイッチとなったのか、一瞬にしてリーブスはいつもの何ごとにも動じない執事へと戻り、真面目な顔をフィーに向ける。


「何でも承ります」


 リーブスは眉根一つ動かさずにフィーによるローズブチアについての出来事を聞いたが、最後のケトゥールノルトロピーの購入と不在については、ようございました、と感想を述べた。


「うん。あれを使役できたことでローズブチアの人達を助けられました。無駄遣いを叱られるかもと思いましたが、あなたが良かったと言って下さって良かった」


「そこではなく、逃げてしまって良かった、です。大食いのあれを飼うには維持費がかなり掛かりますからね」


「そうなの。だからあの子の持ち主は喜んで手放したのかな?」


「でしょうね。ケトゥールノルトロピーは雑食ですが、豚のように生ごみを与えるわけにはいきません。あれの飼育がギルド管轄なのは、冒険者の為の馬用の飼葉や冒険者が倒した魔物の肉を餌に転用できますからね」


「え、あれはギルドの持ち物で、持ち主は個人じゃなかったの?」


「正しくは飼育員です。六年目ならばかなり気性が荒くなって扱いづらくなっていたはずですから、担当から外れられて喜んでいたはずですよ」


「そうですか」


「そうです。ですから、逃がしてしまった事を悔やむ必要はありませんよ」


「わかりました。でも、あの子は戻って来るかもしれないので、今回のゴブリンの肉をとりあえず保存しておきます。そうしておけば、あの子が帰ってきてもしばらくの餌に関しても大丈夫でしょう」


 リーブスは館の大型食糧庫に腐臭を放つゴブリンの死体が大量に詰め込まれる情景を思い浮かべたのか、珍しく両目をかっと見開いて表情を凍らせた。そして自分の忠実な従者がおかしくなったことも気が付かない子供は、自分の隣で通信魔法を制御中のカリンナに子供同然の声を上げた。


「君は状態保存の魔法は使える?」


 カリンナは両目をぎゅうと瞑った。

 おそらく、彼女の使う遺体保存魔法は死体が腐る前に遺族に対面させる目的という、人間独自の感傷的見地で行うものであるからだろう。

 ケトゥールの餌としてゴブリンの死体を保存するためではない。


「――使えますけど、あなたは平気ですの?」


「平気?何が?――ああ、そうか。適当な穴を掘ってゴブリンの死体を埋めるのも面倒だからケトゥールの餌にって思ったけど、保存魔法を掛けたゴブリンを並べて収納する場所を作るのも大変そうだね。ねえ、アバン。こういう時って、魔物の死体はどうやって処理をしているの?」


 部屋の隅で影として存在していた男は、今までの影だった彼ではありえない行為、軽く拳にした手に咳払いしてから真面目な表情を繕った。


「村の外れにひとまとめで放置か、破損した家屋にひとまとめにして火を放ってお終いですね。放置は臭いが物凄いことになりますが、他の魔物への牽制にもなりますのでこちらの選択をする方が多いです。一番手軽ですし」


「わかりました。では明日はひとまとめにして山を作りましょう」


「ようございました。くれぐれも、ゴブリンの死体は持ち帰りませんように。ローズブチアへの物資については私が手配いたしますので侯爵様はご心配なきよう。では、ご無事を祈っております」


 ぶつん。


「あ、リーブスが勝手に交信を切った!!ひどい!!」


「ハハハ。やっぱりゴブリンの死体を持ち帰る、と閣下に言い出されるのが怖かったのでしょう」


「アバン、たら。――それよりも、あなたはどうして僕を急に閣下呼びにするの」


「あなたこそ、私に関してはアバンとしか呼ばれませんが?」


「だって、アルトゥーロは屋敷には六人いるじゃないですか。騎士アルトゥーロと呼んだとしても、騎士のハイベルもアルトゥーロです」


 アルトゥーロは、熊のように強い、という意味合いがあり音感も良いことから、インゲルス国では人気のある名前なのである。


「私にだけアルトゥーロと呼ばれる、で、解決では無いですか?」


「たぶん、そうしたら料理長が暇を出します。では、ええと、こうして館以外で、他に侯爵家の人が誰もいない時にだけアルトゥーロと呼ぶのは如何でしょうか」


「光栄です」


「ぷぷぷ」


 口元を押さえて吹き出してしまった少女へと、アバンとフィーは同時に顔を向ける。二人に注視される事になったカリンナは、はにかんだような表情となる。


「――ごめんなさい。お二方の会話が楽しくって」


「そうでしょうね。僕もアルトゥーロがこんなに気さくに話してくれるので楽しいです。彼は僕の剣の師匠でもあるのです。いえ、剣はあまり教えて下さいませんでしたよね」


「剣の習得には段階があるんですよ。剣の打ち合いを覚えると剣を振るわれた時には剣で凌ごうと勝手に体が動きます。子供の力では成人男性の力で振るわれた剣を受け流すこともできません。確実に死にます。また、幼い頃に筋肉をつけすぎると背が伸びません。ですので、子供の体である今は、俊敏性と持久力を高めることを一番に体に仕込ませていただきました」


「そうだったのですね。僕は剣を覚えたいのにって、それで焦ってしまってました。もっとアルトゥーロに尋ねていれば良かった」


「私こそあなたに見限られたのだと鬱々としておりました。誤解とわかって私こそほっとしてます。これからはどんどん質問して下さると光栄です」


「まあ、それで侯爵様は空中で一回転ができるのですね」


 今度はフィーこそが二人の視線を一身に受けることになった。

 アバンからは指導的な含みのある視線で、カリンナはただ単にキラキラした視線という別々のものであったが。


「閣下?そんな危険な技の練習をどちらで?」


 フィーは忠臣と美少女からしっかりと顔を背けた。

 村の子供達の真似をして人目を盗んで練習していた、とは、フィーの体を一番に考えていたらしき従者には言えはしないだろう。


 クエアアアアアアアアアア。

 ズズズン。


 闇夜をつんざく私が聞きたくもない叫び声が、フィーの困った空気を裂き、続いて起こった小さな地響きに私こそ溜息を吐いた。


 ケトゥールノルトロピーの帰還だ。

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