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出会い

「君はどこから来たの?」


 私は自分にかけられた声に驚き、驚いた事で「私」という意識を取り戻した。

 今までは単なるモノで、食べて眠って動くだけのモノだったのに、彼が声をかけてくれただけで私の存在意義なんてものを思い出してしまったのだ。


「寒い?僕の部屋に行く?」


 真夜中の空に輝く月と同じ輝きを持つ髪は、彼がしゃがんだ時にふわっと空気をはらんで靡いた。私に向けて差し伸べた手はまだ幼い丸さの残るものだが、私に向けられた両の瞳は賢者のように静かである。


「お主の瞳は一番星よりも青いな」


 私に手を伸ばしてしゃがんでいた少年は、そのまま後ろへと尻餅をついた。

 生きものは夜に眠るものだ。

 彼も生き物の定めで眠ってしまったのか?


「そんな所で寝ると凍死するぞ」


「と、とかげが喋った!!」


 少年はトカゲが喋ったからと脅えたらしい。

 確かにトカゲが喋れば世の理を逸脱することとなろう。


「私は竜だ。人よりも上位の存在だぞ」


「竜?でも、トカゲぐらい小さいよ。赤ちゃん、なの?」


 少年は私が竜と知っても物怖じするどころか、綺麗な瞳をさらに輝かせて私を崇める表情となった。その上、尻餅をついた格好から神を崇めるように私に向けて這いつくばり直したので、私はこの小さな人間について好感を抱いた。

 そこで、本当は語ってはいけない内緒を口にしてしまったのだろう。

 つるっと。


「竜は人からの畏怖と信仰によって力を得るのだ」


 少年は首を傾げた。

 そうか、理解できなかったか。

 彼は人間だ。

 妖精ぐらいに綺麗な子でも、まだ十年も生きていない生き物だった。

 そして人間から存在を忘れ去られた私の肉体は、今にも存在を失いそうに寒さに凍えている。


「人間の願いを叶える事で私は力を得る。人間よ。願いを一つ言うがよい。私はお主の願いを叶えよう」


 地面に這いつくばっていた少年は身を起こし、私に向けて今度は両手を差し出した。それはもう、彼こそ天の使いだったかもしれないと私に思わせる笑顔で。


「僕のお友達になってくれる?」


 お友達!!

 竜へのお願いにしては大それた不敬な事を簡単に言ってしまえるとは!!


 私は誇り高い竜だ。

 人間を畏怖させるために、実は殆ど残り少ない力を使った。

 背中に畳んでいた翼を大きく開いて飛び上り、少年の手の平に舞い降りてやったのである。

 真に近い私の姿に恐れ慄き、少年が再び腰を抜かすと私は思った。

 だが少年は私が手の平に乗るや、私を天に捧げるように両手を頭上へと掲げた。


「何て綺麗な竜だ!!君は僕だけの竜だ!!」


「竜騎士になりたいのならば剣の腕を磨け。少年よ」


「お友達になってくれないの?」


「貴様の友人は温かい場所と美味しいものを所望だ」


 少年は私が乗った自分の手のひらを自分の胸元に下ろした。

 自分の胸で隠し温めるように。

 その瞬間、私には彼の身の上が全部見えた。

 竜が血統に拘るのは、血に全ての情報が刻まれているからである。


 私は少年の心臓を透かして命の源である彼の血を知り、そこから彼の存在に至るまでの過去を読み取ったのである。


 読み取って人を理解するよりも、種としての危うさを知るだけだったとは。

 この少年は正当な子供でありながら、不正の子供にその座を奪われているという状況にあったのである。


 本当に人間はわからない。

 自分の血が繋がらない子供の方を選び、血が繋がっている子供を蔑ろにするとは。この少年の父は、それで自分の血脈が途切れても構わないのだろうか。

 カッコウに騙されるのはモズだけでは無いのか。


「――美味しいものは、ごめんなさい。僕は夕飯抜きなの。温かい場所しか君にあげられない」


「お主はこの家の大事な跡継ぎでは無いのか。私は花の蜜があればいい」


「跡継ぎでも、……勝手をしちゃいけないの。盗み食いが見つかったら――」


 少年がぼそぼそと私に謝罪の言葉を紡いだのは、今までに己が受けて来た体罰と言う名の虐待を思い出したからのようだ。だが、彼は途中で歯を食いしばって言葉を止めた。

 私の中に少年の葛藤が流れてくる。

 小さなトカゲを守れるのは自分しかいない?

 人間から庇護心を向けられるとは私には侮辱だが、私達一族をこのような姿にした「勇者」とやらの心根を覗いたようで小気味良さを私は感じてしまった。


「蜂蜜でいいんだね」


 なんとこの人間は、私の為に暴力を身に受ける覚悟を決めたのか。

 私の体にほんの少しだけ温かみが戻る。


「蜂蜜を所望だ。我が友よ」


 加護は竜こそが人に与えるものだ。

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