(九)完成した魔法玩具
目が覚めると、窓から朝日が差していた。
僕は、銀の網の柄をしっかり抱えたまま、ベッドに寝ていた。
夢の中で夢の蝶々から形作った七つの部品は、僕の枕の横に垂れた網の中に入っていた。
シャーキスによると、この銀の網があるから、夢の蝶が変身した部品を、形在る物として現実へ持ち帰れたのだという。
おかみさんが朝食に呼びに来て、僕は顔を洗って普段着に着替え、銀の網をおかみさんへお返しした。
夢の中で蝶々を追いかけたり魔法玩具の部品を作ったりしていたので、眠れた気はまったくなかったけど、僕はとても元気だった。すごくお腹が空いていた。
パンのフォカッチャを、ふだんは三切れしか食べないのを、今日は五切れ食べた。ベーコンのシチューのおかわりをたっぷり二杯もらった。
僕はおかみさんを手伝って朝食の片付けを終えると、おかみさんと親方へ夢の中から持ってきた夢の蝶の変身した部品を見せ、これから作ろうとしている新しいアイデアの魔法玩具の説明をした。
なぜって、お二人の手を借りないと、僕一人の力では期日までに作れそうになかったからである。
できたオモチャは箱に入れる前に、引き取りに来るお客様に見せなくてはならない。
お客様は正午より三十分早く到着された。
問題は無かった。
僕と親方は完成したオモチャを引き渡す準備はとっくに終えていたからである。
テーブルには三つの作品が置いてあった。
ひとつはスノードームだ。透明なガラスボールの中に水が入っていて、ひっくり返すと細かく白い紙吹雪が雪のように降り落ちる。そこにあるのは氷の王城。トナカイが飛び、ユニコーンがたたずむその庭で、雪に見立てた白薔薇のなか、白いスマートな道化師と銀の姫君がよりそっている。
そしてライオンと象とキリンの彫刻。サバンナの木で彫刻された、世界に二つとない精巧な木彫りの像。
最後に三四枚の『クリスマスの風景』。お客様が写真の仕事を始めてから毎年過ごしたクリスマスの思い出。その夢の蝶の羽から夢の魔法で変化した写真を、特殊なガラスプレートへ焼き付け直した。
僕は写真を拡大して見られる幻灯機を作った。オルゴールの箱のような形で、写真を焼き付けたガラスプレートをセットすると下から光が当たり、蓋の部分に写真の光景が大きく映し出される魔法玩具である。
僕がやってみせると、しばらく何も言わなかったお客様は、ぽつりと言った。
「どうしてこれを……。こんな写真はこの世に存在しないはずだ」
「クリスマスの夢の中から、探し出してきたんです」
僕は答えた。
「でも、不思議だ。この景色をどうして君が知ってるんだろう?」
まさか、お客様のクリスマスの夢を覗いたなんて言えない。
「僕は魔法玩具師ですから」
お客様はスノードームを手に取り、ひっくり返し、またテーブルに置いた。
無数の白薔薇が雪のようにきらめきながら、白い道化師と銀の姫君へ降りそそぐ。
これはこのお客様が見てきた百貨店のディスプレイの中で、最も美しいと心に焼き付けていた思い出の光景だ。いつか家族にも本物を見せてやりたいと願いつつ、遠い外国の百貨店だから現地へ行くことは叶わない夢だと思っていた。
お客様がまた黙りこんでしまったので、僕は不安にかられた。
「あの、気にいりませんか? やはり、もっと魔法で動いたりする魔法玩具の方がよかったでしょうか?」
お客様はハッと瞬きして、僕を見た。
「あ、いや、すまない。ちょっと驚いただけだよ。まさしくこれらは、家族に見せたいと思っていたクリスマスの夢の贈り物に違いないよ。ありがとう」
お客様は約束の代金を払い、大事そうにプレゼントの箱を抱え、軽やかな足取りで帰っていかれた。
窓から見える夕闇の空には、金色の星が瞬いている。
親方は、しっかりと魔法玩具工房の、表玄関の戸締まりをした。
これで新年が明けるまで、魔法玩具工房は冬の休暇だ。
「親方、不思議なんですが、あのお客様はどうしてニコラオさんと知り合いだったんでしょう?」
あの人は魔法を知らない普通の人だった。写真家という職業も、魔法とは全く無縁で、まったく当たり前の、人間の写真技師だったのだ。
「それなんだが、あの人はその写真でニコラオと知り合ったようだね。ほら、これがその証拠だよ」
僕が昨日まで作業していた机から、親方は一枚の写真をつまみあげた。
幻灯機の、ガラスプレートの試作品だ。
ただの写真立てでは芸がないので幻灯機にしたが、夢の蝶が変化した写真からガラスプレートへ画像を焼き付けるのは初めての試みだった。なので、いくつか試作品を作ったのである。
「それはどこかの国の、サンタクロースですね。トナカイとソリも本物そっくりだし、精巧な人形かも。……あれ? この顔は……。もしかして、ニコラオさん本人ですか!?」
てっきり百貨店のディスプレイ飾りか何かだと思っていたのに、仕事中の本物のサンタを撮影した写真だったとは!
「良く撮れた写真だからと、あの写真技師はニコラオに住所を尋ねて、あとで本人に送ってきたそうだよ。ニコラオの格好やソリにトナカイも、まるで理想そのもののサンタクロースで感銘をうけたという、熱烈なメッセージ付きでね。今回の件は、その写真のお礼に、ニコラオがあのお客様にうちを紹介したってことらしいぞ」
「はあ、なるほど。一枚の写真のお礼が、うちの魔法玩具の注文だったんですか……」
僕はそんな事情はからっきし知らなかったわけだが、はからずしもお客様のもっとも大切な写真を使った魔法玩具を制作できたわけだ。
宵から降り出した雪はだんだんふぶいてきた。今夜は大雪になるだろう。
シャーキスが作業場を片付けてくれたので、僕はおかみさんを手伝い、ご馳走の仕上げをした。
いまごろはあのお客様も、家族と一緒にクリスマスイブのご馳走を食べているにちがいない。
僕らは暖かな食堂で、ちょっとしたお祝いをした。良い仕事ができたことに。今日までの一年を無事に過ごせたことに。
明日はクリスマスだ。
〈了〉