(七)夢の蝶とクリスマスの思い出
「夢を探すのって、むずかしいなあ……ん?」
高く伸びた大きな木が見えた。
木のうしろは黄昏の空。おおきく広がった枝葉の隙間からたくさんの明るい星が透けている。
「へえ、クリスマスツリーみたいだ」
「るっぷりい、その通り! ここはクリスマスの夢の国ですもの!」
クリスマスツリーの木に近づくにつれ、その枝葉が緑一色ではなく、全体には虹色の光の粒がちりばめられたかのごとく彩られているのが見てとれた。
「なるほど、光る飾りも付いているんだね」
「いいえ、あれがクリスマスの夢なのです!」
シャーキスがブーンと木の方へ飛んでいくと、虹色の点々がいっせいに揺れて離れて、空中へと舞い上がった。
まるで無数の虹のカケラを、黄昏色の空というキャンバスへぶちまけたように。
「るーっぷりいッ! 飛んでいく、飛んでいきますよ、ご主人さま! あの蝶々たちを捕まえないのですか?」
「え、どうして?」
「るっぷッ! あの蝶々さんたちこそ、ご主人さまの探していた『最高のクリスマスの夢』の結晶ではありませんか、ぷいッ!」
そういえば、シャーキスはそう言っていたっけ。そのために虫取り網まで持ってきたのに、なにをやっているんだ、僕は!
「わーッ、待ってくれ〜ッ!!!」
僕は必死で蝶々たちのいる方へ走った。
だけど、蝶はすごく高いところを飛んでいるので、網を振るったってとうてい捕まえられない。
「あー、飛んでいく……」
かぞえきれない蝶々は空高く舞い上がり、四方八方へ飛んでいった。
「シャーキス、クリスマスの夢がいってしまった……」
「いいえ、ご主人さま、必要なクリスマスの夢は、ほら、来ましたよ!」
その暖かな紫と金色の大きなアゲハチョウは、虫取り編みの柄を握る僕の右手の甲へ、しずかに留まった。
羽の色がチラチラと虹の七色に変化する。なぜだか僕にはとても懐かしい色に思えた。
「この蝶は……?」
「もちろん、ご主人さまのクリスマスの夢ですよ、るっぷりい!」
蝶はさっと飛んで、僕の上を周りながら、羽ばたいた。
キラキラ、燦めく蝶の羽の鱗粉が空中に飛んで、僕へとふりそそぐ。
すると、僕は家の居間に立っていた。
豪華なクリスマスツリーがある。
でも、今年のクリスマスじゃない。親方と森へ木を切りにいくのは明日の予定だ。
これは、僕が親方に弟子入りをした始めの年のクリスマスだ。
日本から来たばかりの頃、僕はクリスマスどころか、異国の生活習慣をほとんど知らなかった。
この年のクリスマスの準備は、親方とおかみさんで全部やってくれたんだ。僕は教えてもらいながら見ていただけだった。
親方とおかみさんは、僕へのクリスマスプレゼントまで用意してくれていた。
僕は来たばかりだから、贈り物を準備しなくて良いといってくれた。
でも、僕だって何か贈り物をしたかった。
だから毎月もらっていたお小遣いを貯めた中から、おかみさんには小さな香水瓶を、親方にはとびきり上等なコーヒー豆を買ってきたんだ。お二人はとても喜んでくださった。
この初めてのクリスマスは、僕にとって特別だ。生まれて初めてという以上に、心に深く残る思い出なんだ。
それから毎年のように僕は、すばらしい冬の休暇を、クリスマスの日を過ごさせてもらっている。
クリスマスは毎年やってくるけれど、同じ時間は一つとしてない。
ひとつひとつの思い出はぜんぶちがって、すべてが大切なんだ。くらべることなどできやしない。
鱗粉が飛んでこなくなって、夢は終わった。蝶は羽ばたき、僕の右手の甲から飛び去った。
僕は右肩に担いでいた銀の網を下ろした。
「クリスマスの夢を捕まえることなんか、できないよ」
少し離れたところに浮かんでいたシャーキスが、ブーンと飛んで戻ってきた。
「ご主人さまならできますよ! だって、ここはクリスマスの夢の世界ですもの!」
「でも、クリスマスの夢をたったひとつの魔法のオモチャに形作るなんて、僕にはとうてい無理だ」
クリスマスはすてきな夢に溢れている。
輝やかしいツリー。その下に並べられたいくつもの贈り物の箱。
ぐっすり眠る子どもたちが夜空を駆けるトナカイの夢を見ているあいだに、世界中に贈り物を配って回るたくさんのクリスマスの妖精や精霊たち……。
「るっぷりい!? そうなのですか?」
「うん。僕には作れない。もし作れると思えるアイデアを考えついたとしても、それは僕だけが最高のクリスマスだと思い込んでいるだけで、他の人の最高じゃないかも知れないから」
僕は鼻水をすすり上げた。悲しいわけではないのに、紫と金の蝶々が見せた昔のクリスマスの幻が心の中に居座って、なぜだか涙が出てくるんだ。
「るっぷりい! でも、ご主人さまは魔法玩具師です。魔法のオモチャを作れますよ?」
「でも、わかったんだ。最高のクリスマスの夢を何かに封じ込めるなんて、とうてい不可能だって」
「るるっぷりい!?」
めずらしくシャーキスがびっくり仰天して、逆上がりみたいに足を跳ね上げ、後ろ向きに一回転した。
「るっーぷ! でも、ご主人さま、クリスマスの贈り物にクリスマスの夢は必需品のはずです。いったい、どんなものを作るつもりなのですか?」
「うん、それは……。何を作ろうかな」
僕は右手の袖で、ぐいと顔をぬぐった。
泣いてちゃダメだ。考えないと。