(五)魔法玩具師という職業
「さて、ニザくん。なにかアイデアは考えられたかね?」
しかし、どんな素材を使ってもかまわないということは、作れる魔法玩具のアイデアも無限にひろがるということだ。
いまの僕に与えられたとっかかりは『最高のクリスマスの夢』というキイワードだけ。これはなかなか難問だぞ。
でも、そこで僕は思いついた。
「シャーキスがクリスマスの夢を取れる所へ連れて行ってくれるなら、その夢を封じ込めて魔法玩具にしようと思います」
とにかく何かを始めないと、先へ進めない。だったら、材料が純粋に『夢』でもいいじゃないのかって。
それを聞いた親方とおかみさんは、驚いた顔になった。
「なんと、夢の中へ本物の夢を取りに行くとはなあ……。たいしたもんだ」
「ぬいぐるみ妖精は器用なことができるのねえ。それにしても、初めて見る夢の世界へいこうなんて、ニザさんは勇気があるわ」
親方によると、魔法玩具師とはたしかに魔法使いに分類される職業の一種だが、夢の中から形ある物をそのまま持って帰ってきたという話は聞いたことがないそうだ。
「まあ、シャーキスは魔法のぬいぐるみ妖精だ、嘘はつかん。何事も経験だと思ってやってみなさい。で、それは、どんな魔法玩具にするのかね?」
親方のつっこんだ質問に、僕は言うべきかを一瞬迷ったが、考えついたことを正直に言う事にした。
「良い夢を見るには良い眠りが必要です。必ず楽しい夢を見られるような、そんな魔法の作用があるクリスマスのシンボルと音楽をイメージしたオルゴールです」
蓋を開ければクリスマス・メロディーを奏でる魔法のオルゴール。その中には、夢の世界から取ってきた本物の『クリスマスの夢』を閉じ込めて。
そのメロディーを子守歌代わりに眠りにつけば、クリスマスのすばらしい夢を繰り返し見られる魔法玩具だ。
「……というものですが、まだデザインは決めていません」
まだ迷いもある。
本当に魔法のオルゴールでいいのか。
だって、箱形オルゴールならクリスマス・メロディー用の部品もたくさん在庫があって、すぐに組み立てられるんだ。
この短期間でそこそこの魔法玩具を作るなら、このアイデアでもじゅうぶん良いはずだ。……と、僕のなかで、僕自身を説得しようとしている僕がいる。
僕は僕に問いかける。
制作に使える時間の短さを、手を抜く言い訳にしていないだろうか。
僕は、魔法玩具を注文したお客様の希望を、本当は理解していないのではないのかと……。
そんな不安がずっと消えなくて、憂鬱な気分がどんどんふくらんでいく。
今夜は眠れるかな……。
「ふうむ、夢を封じ込めたオルゴールか。ようはオモチャに魔法を封入する技術の応用だ。問題はないだろう」
親方がつぶやいた。
「さっきからやけに悩んでいるようだが、目の付け所は悪くないぞ。じつに面白いアイデアだ。なにせ夢は捉えどころが無いとされているからな。しかし、オモチャのアイデアは魔法があろうとなかろうと、夢のように自由でかまわないんだよ。形のないものを形にするには技術も必要だが、なにより大切なのは工夫だ。ニザの腕なら、材料が夢でもなんとかなるさ」
僕らの会話が一段落すると、台所でおかみさんを手伝っていたシャーキスが、ブーン!、と風を切って飛んできた。
「ではさっそく夢を取りに行くのです! ご主人さま、早く夢を捕まえる用意をして、夢のお国へいきましょう!」
ボクの腕を両手で掴み、ぐいぐい引っ張る。
「まだ眠くないよ。それに用意って、何が必要なんだい?」
「もちろん、虫取り網です!」
シャーキスは台所からおかわりのココアのお盆を持ってきたおかみさんの方へ飛んだ。
「るっぷりい! おかみさんにお願いがあるのです。おかみさんがこの夏に作った銀の虫取り網を貸して欲しいのです!」
おかみさんはすぐに虫取り網を取ってきて、快く貸してくれた。
どうしておかみさんが虫取り網を持っているかだが、魔法玩具工房ではハンカチや布巾や小さな布製カバンみたいな、ちょっとした小物も販売している。
それらはおかみさんの作品だ。そうとわかるように、どこかに小さな蝶々のモチーフが刺繍されている。そのモチーフの参考にする本物の蝶々を捕まえるため、虫取り網を手作りしたのである。
「この網のこと、よく覚えていたね、シャーキス」
「るっぷりいッ、この夏には蝶々を捕まえるお手伝いをしましたもの!」
そういえば、夏には僕も、庭でおかみさんが蝶々を追いかけているのを見たことがあった。
おかみさんは捕まえた蝶々を観察してスケッチしたら、その日のうちに放してやっていた。おかみさんと虫取り網と蝶々を見たのはそれっきり。印象が弱くて忘れていたんだ。
「月蜘蛛の糸で編んであるの。とても軽くて柔らかくて、蝶々の羽を傷つけないのよ」
細い竹の棒は持ちやすい。薄い銀色の網を軽く振ったら、網の糸がキラキラ光った。
「シャーキス、捕まえた夢の蝶々はどうするの?」
おかみさんはレース編みで作った小さなカゴに入れて観察していたけれど、夢の蝶々はレースのカゴに入るのだろうか。
いや、その前に問題がある。この虫取り網もそうだが、そのレースで編んだ虫カゴをおかみさんから借りたとして、夢の中へ持って行けるのだろうか。
「るっぷーい! もちろん、夢の蝶々はこの現実へ持って帰ってくるのです! ご主人さまが蝶々を入れた網をしっかり持ったままで目を覚ませばいいのです!」
シャーキスはポーンと高く飛んで、空中でクルクル回った。
「そんなの、まるで魔法じゃないか。夢の中から何かを現実へ持って帰ってくるなんて、常識ではあり得ないよ」
正直なところ、僕はまだ半分シャーキスのいうことに疑いを持っていた。夢の世界へ行くなんて、夢を見るだけのことをおおげさに言っているのだと思っていたのだ。
この網だって、ふつうの虫取り網だ。……たぶん。ときどき光の加減なのか月光色にキラキラ光るすごくきれいな網だけど。
「るっぷりい! ご主人さまは魔法玩具師です。すごい魔法使いではありませんか!」
シャーキスが胸を張っていうので、
「そうなんですか?」
僕は親方に顔を向けた。
「これこれニザくん、そこでどうしてわしに訊くのかね?」
「だって、親方は魔法使いですし。僕よりは魔法に詳しいはずですから」
「わしはただの魔法玩具師なのだよ。どこにでも転がっているおとぎ話の、無茶苦茶な魔法使い連中とはまったく違う堅気な職人だからね。そこは混同しちゃいかんのだぞ」
親方は太い眉を眉間によせ、お得意のすごいしかめっ面をしてみせた。