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第8話 ついてないらしい

 着いた先は森だった。目の前は鬱蒼とした深い緑の森が広がっており、後ろを振り返れば岩壁が広がっている。空を見ると太陽は真上にあった。

 あれ? ここはどこだろうか? 所詮イメージを頼りに飛んで来ている訳だから具体的な場所なんて分からないもんだ。とりあえず歩き回るしか無いか。

 いつものように栄養ドリンクを飲んで、草っ原をかき分けながら進むとした。




 しばらく歩き回ってるうちに、森の奥が明るく見えてきた。

 少しばかり足を速めて奥に進むと、そこには開けた空間が広がっていた。

 木々の隙間から光が差し込み、その中心には泉があった。澄んだ水は底が見えるほどに綺麗で、魚が泳いでいるのも見える。


 ごくりっ。


 喉が渇いていたこともあり、早速手を突っ込んで水を掬う。これがまた、冷たい水が心地よく、口をつけると、乾き切った身体に染み渡る気分だ。

 俺は我慢が出来なくなり、泉に直接顔を漬けてゴクゴクと喉の奥に流し込む。


 ぷはっ、うめぇ!


 ついでに空になったドリンクのボトルに水を汲んで、腰を下ろした。

 ふぅー……っと息をつく。


「あ~あ、空気が旨い」


 久しぶりの経験だぜ。

 故郷にいた頃は、大都会で自然とはなかなか縁が無かった。

 まだ、名前すらついていない新惑星には手付かずの自然が沢山あるが、実を言うとそいつをまだ堪能出来ていない。

 今度、スーラ君でも誘ってピクニックにでも行ってみるかな? 偶にはそういうのも良いだろう。


「さてと……」


 気を取り直して、これからの事を考えないとな。

 まずは何よりも人のいる場所を目指さないと行けない。とはいえだ、今回は別に主要人物に会う必要も無いだろう。元々会う必要なんて無いんだが、そこら辺の一般人の遺伝子でもなんら問題無いのだから、今回はかるーく済ませて後は好きに過ごさせてもらおうじゃないの。

 

 そうと決まれば、さっさと移動しよう。

 俺は立ち上がり、左腕の腕時計型多目的デバイス『FZコマンダー』を起動させ、スーツを着込んで、背中のバーニアを吹かして大空へと飛び立つ。

 最初からこうやれば良かったなんて野暮だろう。足で動いてこういう泉みたいな隠れ家的な場所に辿り着くのもまた一興じゃないか。




 しばらく飛んでいると、大きな通りと砦のような物が見えてきた。砦の前に人は勿論、馬車が列を作っている。

 ここは、あれだ。関所だろうな。こりゃいい、ここなら色んな人間が通る。遺伝子集めには持って来いだろう。

 ステルスを起動させ、静かにホバリングして近づいていった。

 

 最後尾から採取キットの針を打ち込んでいく、俺の好みで美女を基準にしてな。これも特権なんだから仕方ない。


 一通り終え掛け、関所の門番の前にきた辺りで、唐突にスーツのナビゲートシステムが起動した。


『ステルスモードの連続使用時間が三分を経過、安全の為、解除』


(はぁっ! え、何? 連続使用時間!?)


 突然の事に戸惑っていると、周囲に溶け込んでいたスーツがあらわになる。


「な、なんだ貴様は!」


 当然のように見付かった。いきなり全身メカニカルスーツみたいな奴が居たら怪しさ満点だわ。

 科学の無いこの世界だ。露出一切無しの鎧がかたかた歩いてるようなもんじゃん! そりゃ、警戒されるわ。

 後ろには関所に来た一般人が沢山並んでる。そして俺の存在でざわざわパニックが起きてるのは言うまでもない。

 どうするか? 三十六計逃げるに如かずだろ!

 大忙しでバーニアに火を入れ、空高く飛翔する。


「ま、待てぇ!!」


 そんな声を無視して、一気に加速した。


「逃げたぞ!」


「追え、絶対に逃すなぁ!!」


 背後から聞こえてくる怒号と共に槍やら弓矢やらが飛んでくる。当たったところで傷一つ付きやしないが、このままじゃ騒ぎが大きくなる一方だ。

 俺はその勢いのまま、元の惑星へとテレポートで逃げ切った。



 ◆ ◆ ◆



「おい、ステルスに時間制限なんて聞いてねえぞ! どうなってんだ!!」


 帰ってきた俺は、疲れを無視して整備室に飛び込んだ。

 どういう訳か中にいたのは一人だけで、その一人もやたら気怠げに応えてきた。


「あれえ? 言ってませんでしたっけ?」


「全く聞いてねえ!」


「ああ、それはすみませんでしたねぇ」


 俺とは対照的に軽いノリで謝ってきたこいつは、タライヤ・アティチュード。自称整備室の期待の星だ。

 歳は十七で俺の三つ下の少女だ。長い金髪を後ろで束ねた髪型に、幼さが残りつつも整った顔立ちをしている美少女だが、俺の事を舐めてる節がある。


「いやですねぇ、どうもステルス機能に欠陥が見つかりましてね」


「欠陥? いったいなによ?」


「長時間使用すると、スーツの炉心に負荷が掛かり続けるんですよ」


「炉心……って事はつまり……」


「ええ、最終的にはスーツを中心に半径五〇キロが消滅します。あ、これはあくまで最小限の被害であって、もっと広範囲に被害が及ぶ可能性もありますが……」


「ふざけんなっ!! 俺ぁ今まで一時間とか二時間とか普通に使ってたんだぞおい!?」


「いやあ、運が良かったとしか言いようがありません。ラッキーボーイですね」


「てめえ、よくもいけしゃあしゃあと……」


「まあまあ、そう言わずに。だから制限を設けさせてもらった訳でして。ちなみに再使用には一時間程かかります。これも安全の為、ご容赦下さいね」


 抑揚の無い声で、さらっと謝りやがって……。

 まあいい、過ぎた事だし今は良いだろう。それよりも、今度からはしっかり説明してから使えという方が先決だ。


「ちっ……それで? 今後はその欠陥とやらは治るんだろうな?」


「いえ、根本的に解決する方法が見つからず、残念ながら。いや困りましたね」


「この、野郎……」


「私は野郎ではありません。れっきとした女の子です。女の子なので美容には気をつけなけれなりません、ではこれにて……」


「おい、どこ行く気だ!」


「昨日は徹夜だったので眠くてしょうがないんです。寝かせてください」


「お前、俺の話を聞いてなかったのか! 今度からどうしろってんだよ!?」


「そうですね、はいはい。はいはいわかりましたから、これにてはいはい」


 全く聞く耳持たず、適当な返事をして部屋から出て行ってしまった。




「ああもうくっそ、やってられっか!!」


 ストレスが溜まった俺は、整備室を出て居住区へと向かった。

 タライヤとの遣り取りで上乗せされた疲れにどっと襲い掛かられながらも、なんとか部屋まで辿り着く事が出来た。

 しかし、この疲労感は異常だった。肉体的ではなく精神的にきている感じだ。

 原因は間違いなく、あのタライヤにある。あいつは俺を舐めきった態度で話してくる。俺がいくら怒鳴っても全く堪えないのだ。まるで子供を相手にしているような扱いを受ける始末だぜ。

 やってらんないよもう。


「あれ? 今日は早いですね、何かあったんですか?」


 ドアが開くと、あのソプラノ声でスーラ君がお出迎えしてくれた。

 心配そうな瞳が俺の心に染みてくる。


「何も無かったとも言えるし、何かあったとも言えるし……取り敢えず今までで一番疲れたかな」


 俺は溜め息混じりに呟いた。


「何があったか知りませんけど、元気を出して下さい! 僕お風呂沸かして来ますね」


「ああ、ありがとうな……」


 スーラ君が風呂場に向かうのを見届けると、俺はジャケットを脱いでベッドに倒れこんだ。

 目を瞑れば、すぐにでも眠れそうだ。このままゆっくり休んでしまおうか……。

 スーラ君には悪いが起こしに来てもらおう。俺は目を開けるのも億劫になり、そのまま意識を手放した。


 …

 ………

 ………――


 そこは、一体どこか?

 一面白い色で埋め尽くされた上下左右もわからない、謎の空間どこまで広いか、それとも狭いのか? まるで何もわからない。だから怖い。

 不安に駆られながらも、モナーガは当たりを忙しなく見渡す。

 何かこの腹の底から込み上げる気持ち悪さ、いっそ嘔吐でもしたくなる忌避感。

 そんな感情に振り回されているとき、空中に奇妙な線を見つけた。

 まるで、数学上の太さの無い線。しかし、それは可笑しい。太さが無いという事は認識する事が出来ないという事だ。だが、何故かそうとしか言いようが無いのだ。理解は出来ないが、それ以外の認識を持てなかった。

 

 するとどうか、その線に動きが見られた。

 裂かれるように、一つの線が二つに増え、上下に広がっていく。

 

 そして、その二つの線の真ん中に現れたものは……。



 

『みたなミタナ見多那みタナミた那見タな』




 一面の白い景色は途端に鮮血の赤へと変貌する。

 その刹那、モナーガの肉体が赤の景色に溶け込んでいき、その意識にナニかが流れ込む。

 他に表現が到底出来ない、ナニか以外に言い表せないそれが、モナーガの全てを飲みこ――。




「ばばばびびびぶぶぶべべべぼぼぼぼぼぼぼ」


 現実のモナーガの体は、目から、鼻から、口から、全身の穴から体液をまき散らして小刻みに痙攣を続けた。


「だっだだだだだ、大丈夫ですかあッ!?」

「かっ……か……」


 慌てて駆け寄ってきたスーラの声に反応して、ようやく我を取り戻す事が出来たようだ。

 しかし、体の震えが止まらない。歯がカチカチと鳴り響き、手足が痺れて動かせない。


 ようやく落ち着いたのは、それから十分程経ってからだ。




「ふぅ……」


 大きく深呼吸をする、いや、なんとか落ち着いたぜ。


「良かったぁ……。凄い汗ですよ、大丈夫ですか?」


「……えぇっと。うぅん、多分」


「一体何があったんですか?」

 

 心配そうな顔でスーラ君が聞いてきた。

 しかしながら、一体何の話をしてるんだ?  ……なんだ、まるで心当たりが無いぞ。


「何かって何? えっ、ごめん何かあったっけ?」


「いや、だって。急に声を上げて苦しんでたんですよ!? びっくりしますよ!」


「俺が? ……ていうか臭っ! この部屋! 俺もなんかスゲぇ汚ぇ!! な、なんだよこれ!?」


「えっ、今頃気付いたんですか? と、とりあえずお風呂入りましょう。部屋は僕が掃除しておきますから」


「お、おう……」


 スーラ君はそう言うと、部屋の掃除を始めた。俺はそれを横目にしながら、バスルームへと足を向けた。

 しかし、俺の部屋はなんであんなに汚れてたんだ? あの臭い、まさかおねしょ? それだけじゃねえ、糞まで垂れ流してたのか俺。……うっそぉ、それをスーラ君に片付けさせてるって事? マジ? 俺がスーラ君の立場だったら、間違いなく自殺するね。どう、謝ったもんか。……どうしよう、まるで言葉が浮かんでこない。


 とりあえず言われた通りに、風呂で頭と体を洗う事にした。しかし臭いな俺。




「いや、本当にすまん! どう詫びたらいいか……。何かして欲しい事ない?」


「いえ、そんな……別にいいですよ。それよりもモナーガさんの体の方が心配です。本当に大丈夫なんですよね?」


 風呂から上がり、土下座で謝罪をした。

 そして、恐る恐る許しを請うたのだが、スーラ君は特に気にしていない様子で逆に申し訳なさげにしていた。なんて良い子なんだ……。


「あ、ああ。うん、もう平気だよ。多分」


「なら良かったです。でも、何も覚えてないんですよね? 不思議です。物凄く苦しそうに見えましたけど……」


「あぁ、それがぁ……ベッドに倒れた所までは覚えてるんだけどその後がさっぱり。余程酷い夢でも見てたとか、かな?」


「夢、ですか。でも、それだけであんな風になるのかなぁ? やっぱり心配ですし、今日はゆっくり休みましょう?」


「そうだな。うん、わかった。これ以上迷惑かけるわけにもいかないからな」


 スーラ君の申し出に甘えることにした。まぁ、確かに今日の俺はおかしいかもしれん。自分じゃ分からないが、相当精神的に参っているのかもしれない。


「それでは、僕は御飯の準備をしますので。モナーガさんの部屋、まだ臭いが取れてませんし僕のベッドを使って下さい」


「悪いね、何から何まで。お言葉に甘えさせてもらうよ」


「はい。じゃあ、お夕飯が出来たら呼びますから。ゆっくり休んでて下さい」


「ありがとう。よろしく頼むよ」


 そう言って、スーラ君はキッチンへと向かっていった。一人になった部屋の中で、改めて自分の体を見渡してみる。


 全身くまなく洗った筈なのに、まだ体中から嫌な汗の臭いが漂ってくる、ような気がしてくる。


「あー、クソッ! 最悪だぜ!」


 悪態をつきながら、ベッドに寝転がった。

 しかし仕事は上手くいかないし、タライヤの奴には相変わらず舐められるし、

スーラ君には痴態を晒すし、マジで良いことねえな今日一日。



 ◆ ◆ ◆



 その日の夜、駄目になったシーツ類を破棄し、臭いの染みついたジャケットを洗濯しようとした時の事。スーラはポケットの中の物を取り出している時にある物を発見する。


「あれ? このボトル、蓋は開いてるのに中身はいっぱいだ。途中で飲むのを止めたのかな?」


 それは、栄養ドリンクが入っていたボトル。一度飲み干したボトルに、あの泉の水を汲んだものだ。しかしながら、当然スーラがそれを知る由も無い。

 スーラは疑問に思いつつも、それを一旦テーブルの上に置いた、後で冷蔵庫へと入れる為に。


 スーラは、中身を全て空にしたジャケットを持って洗濯機のある脱衣所へと向かった。





「お邪魔しますぞ」


 今朝方、同僚たちに袋にされた研究員、ドランが、チャイムも押さずに部屋へと入ってきた。

 しかし、モナーガは寝ていて、スーラは洗濯の為に席を離れている。返事が返ってくることはなかった。


「ロックも掛けて無いとは不用心ですな。私で無ければ窃盗のし放題ではありませんか」


 勝手に部屋に上がり込んでおきながら、ぬけぬけと言い放つ。

 そんなドランは、テーブルの上に置いてある栄養ドリンクを見つけ、手に取る。


「ちょうど切らしていたんでした。折角ですからお借するとしますか。モナーガ殿には、後日新しいのを用意すればよいでしょう」


 そう言うと、図々しくもボトルを勝手に懐に入れ、そのまま部屋を後にした。

 結局、何をしにやって来たのか? 家主に会えなかった以上、それを語る事は無かった。


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