第1話 始まるらしい
「ふぁ~。よく寝たぜぇ」
つい一時間前にテレポートで飛んで来て、すぐに公園のベンチで横になった。
便利だけど疲れるのがこいつの悪いところらしいのだ。
今、俺がいるのは地球だ。
正確に言えば、太陽系第三惑星・地球の日本だな。
俺はここで生まれ育ち、そして死んだ。
つまるところ、前世に戻って来たって訳。
ここに来た理由は単純で、単にイメージがしやすかったからだ。
地球に生まれて、育った記憶がある分、他の星に行くより想像しやすいってだけ。
まあ、これが記念すべき第一回目なわけなんだし、まずはここからスタートってことで、ね。
「さて、どうするか?」
取り敢えずは、現状の確認だろう。
公園のゴミ箱から新聞でも漁るとしようじゃないの。
えーっと、……おっ! あった、あった。どれどれ?
『流石の国産大砲! 堂々の満塁ホームラン!』
これ、スポーツ新聞じゃねぇか。
まあ、いいや。まずは日付だ。……え、令和!? 年号変わったのかよっ!!
見た目は若返ったのに、すっかり時代に取り残されちまった。
ショックを受けても仕方ない。
間違いないなく日本なのは確かなんだし、仕事に取り掛かるとするか。
ちょうどよく、子供達が公園に来た。
俺は物陰に隠れて、腕時計型のデバイスを起動させ、スーツを纏う。
頭の天辺から足の爪先まで覆う、このメカニカルなスーツは、いわば着る宇宙船。あらゆる環境に適応する万能服で、宇宙での活動を想定して開発された代物である。
当然のことながら、着用者に合わせてサイズが変化してくれる優れものだ。
デザインも悪くないし、機能性も高いので気に入っている。
俺はステルスを使用して、子供達に近づく。
当然気づかれる事はない。
腕に仕込んだDNA採取キットを子供達に打ち込む。
蚊の針よりも存在感の無いそれは、痛みを与える事も無く体内に潜り込み、遺伝子情報を抜き取る。
針は一度使う毎に生成されるので、非常に衛生的で小さなお子様にも安心してご利用できます。
抜き取った遺伝子情報をスーツの解析装置にかける。
DNA配列パターンはまさしく人間そのもの。
これでよし。
後は、このままスタコラずらかるだけだ。
初回の仕事ならこんなもんだろう。
その後も、いくつかサンプルを回収した。
基本的には若いDNAが欲しいから、二十代が目安。場合によってはそれ以上。
ただ折角、前世の地球に戻って来たんだ。ちょっと楽しむくらいはいいだろう。
金はゴミ箱漁りで二千円札を手に入れたしな。まだあったのね、コレ。
じゃ早速、飯にするとしますかね。目指す場所は、そうだな。
せっかくだし、あの店に行こう。
らーめん屋。
『らっしゃいませー』
昭和を感じさせる店内に、客は数人しかいない。
奥のカウンター席に座り、注文をする。
「味噌ラーメン、大盛り。トッピングでチャーシューとメンマ増量ね」
『あいよっ!!』
店主は元気に返事をして調理を始める。
久々のラーメン屋だ。
たまに無性に食べたくなるんだけど、向こうじゃラーメン自体無いんだもの。
あぁ、この匂い。待ち遠しいぜ。
「お待たせしました」
その瞬間、俺は目を奪われた。
ラーメンに、じゃない。
目の前に現れた女店員にだ。
艶やかな栗色の髪に、パッチリとした目。
スレンダーな体つきをした、超絶美人の女だった。
「あの、お客さん? どうかなさったですか!」
「い、いえ! 何も! あ、あぁ美味しそうだなあ」
こちらを見て、首を傾げる姿が可憐だった。
思わず見惚れてしまった。
前世に戻って早々、幸先がいいじゃないか。
俺は自分の幸運に感謝しながら麺をすすり始める。
ぱぁあ、旨ぇ!
ラーメンも良ければ、店員もいい。
最高じゃねえの、おい!
スープまでズズっと完食し、勘定を終えた俺は、トイレを借りた。
とはいえ、それは建前だ。
本当の目的は別にある。
店の奥のトイレに入るフリをした俺は、本日二度目のスーツを起動する。
そう、俺の目的とはあの娘のDNAを採取する事だ。
だって一目惚れしたんだから仕方ない。
特権だよ、特権!
スーツの力で透明化した俺は、そのまま彼女の背後に回る。
そして、先程と同じ要領で腕に針を突き刺して、DNA抜き取って行く。
ヨシっ!!
俺は再び店の奥へ行くと、白々しく用を足した風を装う。
そして何事も無かったかのように、店主へと話かける。
「いや~美味しかったですぅ。ご馳走様でした」
「ありがとうございます。また来て下さいね」
「えぇ。店員さんも可愛い娘だし、いやさすっかり気に入っちゃいましたよ」
「え、……。あ、あぁ。俺の子供なんですが、うちの看板みたいなもんでね。評判なんですよ。ありがたい事でして。へ、へへ」
「へえ、そうなんですか。確かに綺麗な子ですね。それでは失礼します」
「ありがとうございましたー!」
可愛い声に見送られながら、俺は店を後にする。
いやー、本当にええ仕事したわ。
これは、常連になるしかないな。
俺はランラン気分のまま、新しき我が星へと帰った。
「なあ、さっきのお客さん。お前の事……」
「お父さんがこんな格好させるからでしょう。お母さんのお下がりだって言ったって、ぼく……」
「いいじゃねぇか。夢見させてやれるぐらい似合ってるってこった」
「もう。そのうち何かあったって、ぼく知らないからね!」
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