プロローグ 悪夢の始まり
宜しくお願いします。
[魔王復活す!]
三年前、突如知らされたニュースに世界は大混乱となった。
魔王を中心とした魔王軍は人類に宣戦布告すると、蹂躙の限りを尽くした。
世界中の国々は紛争を止め、力を合わせ魔王討伐を発表した。
世界中から選りすぐりの精鋭を掻き集め、魔王討伐隊が結成された。
討伐隊の中心となるのは、勇者を筆頭とする10人の勇者パーティー。
神託により選ばれた勇者エリクソン、聖女ミッシェル、そして選抜された賢者ハリスと精鋭の戦士7人。
彼等の活躍に世界は沸いた。
魔王軍を忽ち押し返す、彼等は人類希望の星であった。
...しかし、それは賢者と戦士達の活躍による物が殆どだった。
「勇者は?」
戦いが終わり、戻って来たラクスが勇者パーティーの営舎で1人寛ぐ賢者ハリスに聞いた。
彼の装備は血まみれだが、怪我をしている様子は無い。
小柄な身体のハリス。
いつも分厚い黒のローブとフードを纏い、顔すら見せようとしない。
声も甲高く、まるで少年のようだった。
「向こうで寝てる」
興味無い様子のハリスが顎で奥の部屋を差す。
ハリスは何事にも興味を示さない男。
どれだけ魔族を倒そうとも、どれだけ味方に被害が出ようとも。
「そうか」
ラクスがハリスの隣に置いてあった椅子に腰を下ろす。
疲れきったラクスには勇者の事等どうでも良かった。
「随分と疲れてるな」
「まあな」
ハリスが少しだけ興味を示した。
珍しい態度にラクスは驚くが、今はそれ以上の興味を持てない。
「怪我をしてるじゃないか」
「かすり傷だ」
ラクスの腕から流れる血に気づく。
彼の右腕には包帯が巻かれていた。
「見せてみろ」
「いいよ」
「いいから」
強引にハリスはラクスの腕を取る。
痛みに顔をしかめるラクス。
魔獣に噛まれた傷は骨まで達していた。
「ヒール...」
傷口に手を翳し小さな声でハリスが呟く。
忽ち傷が消え、腕は元通りになった。
「ありがとう」
「あまり無理はするな、もう少しで終わるんだから」
「そうだな」
ハリスに頭下げるラクス。
フードから見えるハリスの素顔に少し驚く。
大きな瞳、長い睫毛、少し小さな鼻に、引き締まった口元。
それは正に美少年だった。
「なあラクス」
「なんだ?」
ラクスは平静を偽りながらハリスに向き直る。
「終わったら、お前はどうするんだ?」
「どうするとは?」
ハリスの言葉にラクスが首を傾げる。
意図する事が分からない。
「だから国に帰るのか?」
「当然だ、お前もそうだろ?」
「そうか...そうだよな」
ハリスは寂しそうに俯く。
ラクスは小国であるナラム王国から討伐隊に参加した。
ハリスは大国であるアンゴラ王国から。
アンゴラ王国は世界の列強国。
魔王が現れる以前は、近隣の国々との紛争に明け暮れていた。
その中にはナラム王国も含まれていた。
「...早く帰りたいか」
「ああ、婚約者も待っているしな」
「そうか...」
ナラム王国に婚約者を残して来たラクス。
この戦いが終われば結婚する。
相手はナラム王国の第二王女サラ。
別に親しい間柄では無かった。
討伐隊の選抜に選ばれた事による、報奨の様な物。
末端貴族のラクスにとって、サラの美しさを含め、どうでも良かったが、サラはラクスを気に入った様だった。
「ミッシェルはどうした?」
いつもラクスと来ていたミッシェル。
美しいブロンドの髪と女神と見紛う容貌。
いつも微笑みを浮かべ佇む姿は、聖女と呼ぶに相応しかった。
「兵士達の救護にあたったてるよ、今日は怪我人が多くてな」
戦場から戻って来たミッシェルは、そのまま討伐隊の救護を始めた。
疲れた身体を引き摺り、死を待つ兵士の手を握り涙を堪え、安らかな死を祈る。
そんなミッシェルの姿にラクスは堪えられなかった。
「魔力は?」
「もう尽きた様だ」
聖女である筈のミッシェルだが、彼女の魔力量は少ない。
普通のシスターと比べても大差が無かった。
「だろうな」
その事はもちろんハリスも知っている。
同じアンゴラ王国で育ったハリスとミッシェル。
二人は昔から顔馴染みだった。
「ミッシェルは帰ったらどうなるんだ?」
「どうにもならないさ、聖女は勇者と結ばれる。それだけだ」
勇者と結ばれる運命のミッシェル。
聖女である彼女に選択肢は無い。
ましてや、勇者であるエリクソンはアンゴラ王国の王太子なのだ。
ミッシェルが狡猾にして、好色なエリクソンを毛嫌いしていても...
「仮の聖女でもか?」
「ああ偽聖女と偽勇者でもだ」
本当は聖女では無いミッシェルと、勇者では無いエリクソン。
王国の秘密を口にするハリス。
公爵令嬢であったミッシェルはエリクソンの求愛を断り、修道院に入った。
諦めきれないエリクソンは教会に多大な賄賂を払い、無理矢理聖女に仕立て上げたのだ。
聖女が神託された、世界中に流布され、最早ミッシェルに逃げ場は無かった。
そしてエリクソンも自らを勇者を偽った。
本来ならば神をも畏れぬ愚行。
しかし本当の勇者と聖女が神託されぬ現実に、教会は屈した。
人々の希望の為に勇者と聖女は必要だと迫るアンゴラ王国に。
「残酷だな」
ミッシェルの心中を思いラクスが呟く。
例え聖女としての能力が無いとしても、ミッシェルの献身はラクスを始めとする、討伐隊の希望だった。
「それは私もだ...」
「何か言ったか?」
聞き返すラクスにハリスは小さく首を振った。
「そろそろ行くよ、ハリスありがとう」
「ああ」
ラクスが席を立つ。
残されたハリスはラクスの背中に呟く。
「バカ...ミッシェルはお前の事が...私もか」
その声は誰の耳にも届かなかった。
翌朝、営舎から出た勇者パーティーを筆頭とする討伐隊は魔王軍、最後の拠点に向け進軍を始めた。
疲労が激しい討伐隊。1人を除いて...
「遅れるな!!」
白馬に跨がったエリクソンが叫ぶ。
装飾が施された豪華な甲冑に聖剣を模して造られた剣。
見た目だけは立派な勇者である。
「退くな!!行け!勝利は我の手に!!」
魔王軍との戦闘が始まった。
追い詰められた魔王と幹部達。
さすがに抵抗は激しく、討伐隊はその数を減らして行く。
「糞...」
ラクスが吐き捨てる。
視線の先に1頭の魔獣の姿があった。
「...ヒュドラか」
ハリスにも焦りの色が。
魔王軍が使役する魔獣の中にヒュドラか居るとの情報は聞いて無かった。
知っていたなら討伐隊の増員と、充分な休養を取っていただろう。
「怯むな!たかがヒュドラごときに!!」
遥か後方から聞こえるエリクソンの叫び声。
ヒュドラの被害にただ1人前線を離脱したのだ。
「勇者様、ここは一旦退いて建て直しを」
「うるさい!魔王を取り逃がしたんだぞ?
その上、逃げる事など出来るか!!」
忠言する兵士を蹴りあげるエリクソン。
魔王軍の主力は既に逃げており、このまま戦っても意味は無い。
だがエリクソンの目は血走り、冷静な判断力は既に失われていた。
「キャ!!」
「ミッシェル!」
ヒュドラの尾がミッシェル達を打ち払う。
吹き飛ばされたミッシェルの身体は宙を舞う。
「役立たずが!」
エリクソンの怒鳴り声が響く。
ラクスはミッシェルの前に立った。
「止せラクス!」
ハリスが叫ぶ。
「の...野郎!」
ラクスの剣が5つあるヒュドラの首1つを切り裂く。
「フレーム!」
素早くハリスが切り裂いたヒュドラの傷を焼く。
これで再生はされない。
「すまんハリス!」
ラクスはハリスに礼を叫びながら次の首を切り裂いて行く。
素早い動きにヒュドラの吐く毒は当たらない。
見事な二人の連携に皆息を飲んだ。
「よし...もう少しだ」
残された首は1つ。
さすがのヒュドラも苦しそうに呻く。
「よくやった、あとは任せろ」
いつのまにかラクスの後ろにやって来たエリクソン。
馬から降り、その腕に気を失ったミッシェルを抱いていた。
「バカ!」
ミッシェルはグッタリしている。
ヒュドラに止めを差し、良いところをミッシェルに見せようと考えたのだろう。
「え?」
ヒュドラの目が光る。
瀕死のヒュドラだが、無警戒の人間を易々逃がす筈が無い。
ヒュドラの口から猛毒の液体が吐き出される。
万が一浴びてしまったらなら、身体は爛れ、腐り落ちてしまう。
「な...何故だ?まだそんな力が...」
足元を震わせたエリクソンが立ち尽くす。
恐怖で動けないのだ。
「畜生!」
ラクスがエリクソンの前に立つ、正確にはミッシェルの前に。
「止めてラクス!!」
ハリスが叫んだ。
「アアア!」
ヒュドラの猛毒を浴びたラクスが叫ぶ。
全身から立ち上る煙、ラクスの全身が焼け爛れて行く。
「...はは一挙両得だ...これでラクスも終わりだぜ!!」
「馬鹿野郎!!」
討伐隊の1人がエリクソンを殴り飛ばす。
意識を失ったエリクソンが地面を転がり、ミッシェルはその場に倒れた。
「糞!」
毒を吐き終わったヒュドラを残された討伐隊がズタズタに切り裂く。
力無くヒュドラはその場で殺された。
「ラクス!死なないで!!」
フードを取り、ハリスがラクスの元に駆け付けた。
討伐隊の視線が集まるのも構わずハリスは必死の形相でヒールを掛け続ける。
その目から涙が溢れていた。