9.視察デート(その2)
数時間後、道端。
「……お前、本当にお嬢様か⁇」
「はい、まあ一応そうなりますかねー…………ん〜っ、これはシンプルな味付けで素材の良さが活きてますね! 肉汁たっぷりで大満足ですー♪ 調理した店員さんにも、育ててくれた農家さんにも感謝〜」
もぐもぐもぐ……
屋台で買った肉串を夢中で頬張るネリアを眺めながら、ジャンは自分が騙されているのではないかと疑っていた。
「お嬢様がなんで魔脈管理士なんてやってる? こんなところで護衛も付けずに。そもそも最初に会ったのはここより田舎の農村だ」
「えー? 配達局で局長さんにもお話しした通り、あのときは休暇中で友人の家に泊まってたんですよー。あの村には一昨年仕事で滞在しましたからね。そのときは私の他にもう1人魔脈管理士が一緒だっただけなんですけど、今回のお仕事中は護衛として自国の軍人さん数名に付いてもらうことになりました。でも今日は午前中役所で用事を済ませたら、午後は町の中を見るだけでしたからね。せっかくのジャンさんとのデートチャンスに護衛は連れてきませんよ⭐︎」
「はぁ……お嬢様ってのは安全に守られた環境で傅かれて、子を成す以外の肉体労働とは無縁の生活を送るものだろ。なんでよりによって魔物に襲われる危険に晒されながら、山や森を歩き回るような役を選ぶ? 同じ魔脈管理士だって、安全に囲われた範囲内だけを担当する奴もいるのに」
魔法だけでなく剣術も鍛えてあるのだろう。しっかりと帯剣しているネリアを見て、ジャンはつくづく理解に苦しんだ。
「まあ私もパパも中央区の中じゃ変わり者なんで。それに、魔脈管理士の才能ってなかなか貴重ですからね、あるのに活かさないのは損失ですよ。私たちの生活を支える魔力、その供給源である魔脈は扱いを選ばないといけない大事なものです。悪用する人物の手に落ちる確率を下げるためにも、より多くの正しい心の持ち主が魔脈管理士になった方がいいんです」
「フン……人間の言う正しさなんて当てにならないし、オレはお前を信用できない。お前がオレに対して好意があるように振る舞うのも、半獣人を見下してるから揶揄ってるだけとしか思えない」
「勝手にこちらの悪意を捏造しないでくださいっ。被害者意識も行き過ぎると繊細な人じゃなくて悪意を捏造する人ですよ!……とはいえ、そんなふうに繊細になっちゃうくらい実際これまで悪意に傷付けられてきたせいだとは察します。でも、皆さんのことを尊重しようという人だってたくさんいます。人間たちは半獣人の為の政策だってちゃんと……」
「お前は自国の政治家たちを信頼してるのか?」
「ええ、まあ。必ず全て〜ではないですけど、それなりに。火の国では政治家って教会の補佐で基本的に無償奉仕ですからね。一応国民の平均年収額までは報酬を貰っていいことになってるんですけど、なる人は中央区のお金持ちたちなので辞退するのが通例です。彼らの多くは時計教の云う『オーバーフローの災厄』を避ける為、お金を有効に使いたい人たちですから」
法の教会、武の軍、金の財閥……火の国を運営する三大権力。
教会が決め、軍が動かし、財閥が支えるといった役割で、それぞれ欠けてはならない協力関係だ。
政治家は財閥出身の者が多く、優秀な魔導士たちを抱える軍を後ろ盾に得ながら、教会を通じて神託と国民の意思を取り入れる形で活動する。
各区の運営は区毎の税金だけでも最低限のことはできるが、新しい運河や橋の工事など、政治家は自腹を切ってそれ以上のことをしてくれる。
オーバーフローの災厄とは時計教が伝えた世界の理の1つで、資産が神の定めた上限額を超えた者に神罰が下るというものだ。
過去に何人かの大富豪が突然発生した魔穴に呑まれ、同時に彼らの資産にも異変が起きたことがあり、現代の富豪たちもこの事象を恐れている。
資産を一族の者に分けるにしても限界はあるし、個人ではなく企業の資金にしていても何らかの計算式で神から判定を下されるというので、彼らは企業のイメージアップも狙いつつ国の事業に進んで出資したがるのだ。
神による脅迫様様、神罰様様である。
勿論、それらの異常現象を神罰ではなく魔導士による暗殺と考える者たちも多いが、神罰にせよ暗殺にせよ、脅迫効果にそれほど違いはないようだ。
時計教が国教化する前は軍人を現人神として祀っていた時代もある国だから、仮に軍の魔導士の仕業だったとしてもそれを神罰と言ってもいいのかもしれない。
「彼らは国の為にどんな事業をしたいか、自分がどれだけ資金を出せるかを示し、国民たちからの許可を得ます。必要なら不足分のお金を集めるときもありますが、それで果たすべき仕事を果たせなかった場合、事情にもよりますが基本的には国民に借金をしたということで返済を請求されますね。彼らは気前良く人気を買う、国の為の奉仕者です。お金持ちがお金無い人からお金取ってちゃ本末転倒ですもん。そしたら彼らこそが倒すべき敵になっちゃいますからね」
「で、その人間たちの政治家はオレたち半獣人に何をしてくれてるって?」
「人間たちとは違う半獣人の特性を活かせる仕事を紹介したり、居住区を管理したりしてるじゃないですか。半獣人だって人間と同じく大切な国民です。現に半獣人居住区を支えるためのお金だって国から毎年出ているし、その増額のために活動している人間もいます。災害時には支援金だって……」
「お前は何も知らないのか、こっちが何も知らないと思ってるのかどっちだ⁇」
「え……」
ジャンから明確に怒りを感じ、ネリアはたじろいだ。
「その半獣人居住区の役人どもは、お前ら人間族が送り込んできた人間なんだぞ? 国であいつらの仲間がオレたちをダシにお人好しから金を募って、それで増額された分があいつらの手元で抜かれるだけ。オレたち半獣人の手元には届かない。役所の人事なんか区長の愛人やその連れ子や隠し子だぞ? 奴らは高い給料貰って偉ぶるだけで碌な仕事はしない。この町を見て思わなかったか? 役所や人間の屋敷以外はどこもかしこも随分ボロいんだな、と」
「それは……はい。文化の違いかなとか、力が強くて物を壊しやすいのかなとも思ったんですけど……違ったんですね。……あの、えっと……人間族の役人の中に、半獣人の味方になり得る人物はいなかったんですか⁇」
「過去に味方ぶって独自の正義に酔った奴も居たが、そいつは半獣人呼びを禁止して亜人呼びに変えると主張していた。そいつは『半獣人』という『蔑称』を無くすことに拘っていたが、オレたちが変えてほしいのは呼び方より扱われ方だ。半獣人を蔑称じゃなくしてみせろ。半獣人に魔獣の血が流れている事実を無視してどうなる? 結局、魔獣の血が流れている半獣人を人間は対等だと認められないんだろ」
「わ、私は対等だと思ってます……!」
「お前は自国の人間居住区で働いている半獣人を見たことがあるか? 戒めの術式を込めた首輪を着けられて、まるで奴隷みたいだとは思わなかったか?……人間同士の雇用とは明らかに違う。半獣人の人権は言葉だけの飾りで、人権を無視していい相手に人間はどこまでも非情になれる。半獣人なんか食用の無知性魔獣と同じに扱える、家畜だ」
「で、でも……私が見てきた範囲では、そんなことは……」
「なら信じるな。聞いただけで信じるのは危険なことだし、どうせオレの話はお前にはどうでもいい話だ…………お喋りは終わりだ。駅まで送ってく」
ネリアがすっかり萎縮してしまっているのを感じ、ジャンは口撃を止めた。しかし……
「ジャンさん! 待ってください……確かに私は勉強不足の世間知らずです。なので! まずはジャンさんが知ってる半獣人差別問題について、詳しくお話を聞かせてください。その後で自分でも調べてみようと思います。私は……今までの私の態度が信用されないものだったことは謝ります。これからちゃんとするチャンスをください。お願いします!」
ネリアはジャンの手を掴み、真剣な顔を向けた。
ジャンは深く溜息を吐いて、苛立ちながらも冷静に努める。
「変に煽ることになりそうで他の半獣人にも聞かれたくない。場所を変えるぞ」
魔法や神の介入がある世界だと金持ちより魔法使いの方が立場強そうかなと思ったり