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8.視察デート(その1)

ダイヤの月、初週。地の国辺境の半獣人居住区、市場近く。


「ジャンさーん! お久しぶりですぅ〜♡ 今日ジャンさんお休みの日だから探しちゃいましたー」


「はぁ……なんでお前がまたここに⁇ それにその制服……」


「じゃじゃーん! 火の国公認魔脈管理士ネリアちゃんですっ⭐︎ 今期、すぐそこの採掘場を中心にこの辺り一帯の魔脈管理を任されて来ちゃいました〜。よろしくでーす♪」


階級を示す飾り葉が縫い付けられた帽子とベスト……火の国公認魔脈管理士の制服。

ネリアはそれに私服のオフショルダーブラウスとショートパンツを合わせて、前回得意げに靡かせていた長髪を今日は後ろでスッキリ纏めてある。

最高12枚の飾り葉は既に6枚……彼女の年齢から考えると破格の昇進速度だ。御家柄パワーというやつか。


「通りで見た目の割に強そうな気配がしてたわけだ」


「きゃっ♡ それって私が守ってあげたくなるような可憐な美少女に見えながらも、ただならぬ有能魔導士のオーラを隠し切れていなかったってことですかぁ? ジャンさんったら褒め上手〜」


「そんなことは言っていない……が、その類稀なる自惚れっぷりには恐れ入る」


「えへ〜♡ だってジャンさん、生真面目にツッコミ入れてくれそうな気がして、ついウザ絡みしちゃいたくなるんですもんー……って、そんな死ぬほど嫌そうな表情しないでくださいよぅ。謝りますからっ! 本当にごめんなさいっ!」


よく喋る女だ。せっかくの休日にちょっと買い物に出ただけのはずが、何故こんな面倒な人間の相手をしなければならないのか。

ジャンは己の不運を恨んだ。ネリアは上機嫌に喋り続ける。


「実際は弱い魔物相手に護身できる程度には魔法が使えるってだけで、ガチ戦闘職の軍人さんたちと比べたら全然なんですけどねー。魔物のいる場所にもよく行きますけど、私の仕事は魔力の流れを調査して整えることですから。あっ、それでもこの歳でこの階級はなかなかなんですよ? まあ最近は超優秀な後輩ちゃんとかいて、速攻追い抜かれそうなんですけどー……っていうか、ジャンさんも私が声かける前から気配に気付いて振り返ってましたよね! 強そうです!」


「別に。オレたち半獣人配達員は避けたり逃げたりする能力が高いだけで、基本的に戦闘はしない。さっきはただ、お前の匂いがしただけだ」


「に、匂いですか……」


ジャンの冷たい視線に晒されながら、ネリアは顔を火照らせてもじもじと体を縮こめた。

全くの恥知らずというわけでもなく、それなりに羞恥心はあるようだ。


「何を今更恥じらう? ここに赴任するなら当然説明されてるはずだろ。人間の居住区と違って、半獣人の居住区ではオレたちの嗅覚は制限無くそのままだ。……だから普通の人間はここに派遣されるのを嫌がるはずなのに、なんでお前みたいな金持ちの、しかも若い女が……」


「そりゃあ愛しのジャンさんとお近づきになるためですよー! 他に希望する管理士がいなかったんで、立候補したら即決まりました♪ 本当は半獣人居住区内で寝泊まりできたら便利なんですけど、残念ながら最寄りの人間居住区に用意された宿舎から通勤なんですよねー。今日のジャンさん、前回より口数多めで嬉しいです〜! 打ち解けてくれたってことですよねー! これからデートついでにこの町を案内して、できれば泊めてくださ……」


「断る」


「そんな食い気味に即答しないでくださいよぅ!」


纏わりついてくるネリアを振り払い、ジャンは早足で離れようとした。

その直後……


「管理士のお嬢さん♪ 町案内なら俺たちがしてあげるよ〜」


「人間族の若い女が独り歩きなんて危険だぜ? 俺たちが守ってやんよw」


軽薄そうな男たちの声がネリアを呼び止めた。

思わずジャンが振り返ると、屈強な半獣人の大男2人が左右からネリアを挟むように肩や腰に手をかけている。


「〜〜っ‼︎……わかった! オレが案内する! あんたたちは退いてくれ……」


ジャンは慌てて駆け戻ってネリアの手を引いた。

すると男たちはあっさり手を離し、「最初から素直にそうしとけばいいのに」「仲良くしねーと本当に奪っちまうぞー」とニヤニヤしながらジャンたちを見送った。

お節介半分、下心半分といったところか。


「わー……びっくりしたぁ。私、咄嗟に身体強化魔法使っちゃってました。すごく大きな方たちでしたねー。近くの採掘場の鉱夫さんでしょうか?」


男たちの姿が見えなくなるほど離れてから、ネリアは緊張感の無い声でそう言った。

落ち着いて考えてみれば、人間族の女とはいえ魔導士だ。男たちの方が命拾いしたとも言えそうである。

ジャンは余計な役を買って出たかと少し後悔し始めたが、ネリアは嬉しそうに腕を絡めてくる。


「それにしても、半獣人と一纏めされてる中にかなり色々な方がいますよねっ。人間と同じく髪や肌の色の違いは勿論として、角があったり関節の位置が違ったり身長が2メートル以上あったり、体の作りそのものがかなり多様で驚きました。私は今までジャンさんみたいに耳や尻尾に特徴があるくらいの方しか見たことなかったので」


「人間の居住区に入っていいのは、比較的魔獣の血が薄くて人間に近い奴らだけだからな。人間は自分に馴染みのない特徴がある者を過度に気持ち悪がるから、そういった配慮も必要なんだろう」


「えー? 私は皆さん個性的でカワイイって思いますよ。人間とは違う色んな魅力があって、見てて楽しくて飽きないです♪ ジャンさんのことも、カワイイって思ってますよ♡」


「かわいい……⁇」


「そんな不満そうな顔しないでくださいよー。私、可愛いって言葉好きなんです。対象に愛しさを感じる。愛せるってことは幸せを願えるってことで良いことじゃないですか。たくさんのものに言えたらいいなって思います♪」


「オレは言われたら嫌な気分だ。そんな言葉、お前たちにとって脅威にならない下の立場のものにだから使える言葉だ。生殺与奪が自由なペットとかな。弱者に可愛いと吐くことで、強者の自惚れに酔いたいんだろう」


「むー……そんな考え方、かわいくないですっ」


「可愛くなくて結構だ。実際、人間と近い容姿の半獣人でも能力は人間とまるで違う。だから人間の身の安全とプライバシー保護の為、人間の居住区に入る半獣人は魔術刻印で身体能力や感覚を制限される。例外的に、魔物が出る区間を担当するオレみたいな配達員は、魔物から荷を守る為、能力制限を免れたまま人間の居住区にも出入りしている。それでも一応、人間の居住区内で仕事する間は特殊なマスクで嗅覚を低減させることにはなってる……守らない奴も多いが」


「ジャンさんは真面目ですもんね! 私はジャンさんにだったら嗅がれても嫌ではないですよ? 恥ずかしくはありますけどー……」


再び顔を赤らめて思わせぶりに見つめてくるネリア。反比例するようにジャンは顔を青くして目を逸らす。


「お前は気付いてないだろうが、さっきからかなり注目集めてるぞ。人間族で、新任の魔脈管理士で、若い女で、なぜかオレみたいな半獣人を好いている……そりゃ皆も気になるからな。お前のせいでオレも巻き添えだ。個人差は大きいが、基本的にここの住民たちは聴力も視力も人間よりずっと高い。その分慣れててスルー力も高いが、お前みたいな余所者は常に言動を見張られてると思え……って、なんで更に引っ付いてくるんだ⁇」


「だってそんな話聞いたら益々ジャンさんに守ってもらうしかないじゃないですか! さっきみたいに私が知らない男性たちからナンパされてもいいんですか? 真面目で責任感の強いジャンさんの寝覚めが悪いことになりません?」


「…………」


ジャンはいよいよこの厄介なストーカーの術中にはまっている現状に嘆息した。

それを降参と受け取り、ストーカーは満足そうに笑みを向けてくる。


「これまでの任務中、魔物相手に気配を隠さないといけない場面は少なくなかったですからね。完璧にとはいきませんが、魔力消費を抑えた簡単な風魔法で匂いや物音を誤魔化すくらいは私もできます。とはいえ街中でそれを使ってると却って怪しまれそうなんで、どこか2人きりになれる場所へ行きません?」


「町案内が希望だったろ? 若い女魔導士がデート中にプライバシー気にして魔法使うくらいは察してもらえる。2人きりになる必要は無い」


ジャンはネリアがさっさと飽きてくれることを願いつつ、市場での買い物に同行させることにした。

役場だの駅だのは本人も既に行ってあるし、採掘場に関してはジャンは門外漢である。

華やかな娯楽に溢れた都会とは違い、百貨店も劇場も無い辺境の無骨な鉱山町……普通に考えて火の国中央区の御令嬢が楽しめる場所ではないはずだ。


それだけではない。ここは地の国でありながら、技術提供を建前に共同採掘権をもぎ取った火の国が実質的な支配権を握っているのだ。

危険な採掘作業をさせるために半獣人たちをこの辺境にかき集め、ここを半獣人居住区の1つと定めたのさえ火の国だ。

そうした始まりは過去の話とはいえ、種族の問題抜きに考えてもやはりネリアは歓迎されないはずだ。きっとすぐに後悔するだろう。



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