2.弁当
次の配達日、ピアの家の前。
「先日は本当にありがとうございました! あのっ……これ、受け取ってください!」
「仕事中だ。そういうのは規則で受け取れない」
「ええ〜〜っ⁉︎ そんなぁ……」
別の区間の配達と交互で回るため隔日で村を訪れるジャンは、その朝、先日助けた少女ネリアに待ち伏せされていた。
差し出された布包みを拒んで通り過ぎようとするが、ネリアは素早く回り込んで強引にジャンの手に包みを押し付けてくる。
「助けていただいたお礼に、友人に習ってお弁当を作ってみたんです! お口に合わなかったら捨ててもいいですから、どうか私の想い受け取ってください!」
顔立ちは幼いが、背はやや高めで胸は大きい。先日は緩い部屋着姿だったが、今日は胸の大きく開いたブラウスとミニスカート。
いかにも男ウケしそうな容姿が、硬派なジャンを却って辟易させる。
ただ、見た目以上に力が強く動きも素早い点から、冒険者か何か戦闘経験がありそうな気配だ。
「……今日だけだ」
しつこく粘られるのも面倒なので、ジャンは渋々弁当包みを受け取ることにした。
持参の硬い黒パンと酸っぱい林檎には飽き飽きしていたし、そう悪い物は入っていないだろう。貧しい半獣人にとって食糧は貴重品だ。
「やった! ありがとうございます♪ あのっ、私ネリアって言います! あなたのお名前も教えてください」
「……ジャン」
「ジャンさんですね! 素敵なお名前です! 実は私、この村には……」
「急いでいる。お喋りに付き合う暇は無い」
「わわっ⁉︎ でしたらこれを!……後で絶対読んでくださいねー‼︎」
去り際、ジャンはネリアからコートのポケットにメッセージカードを押し込まれた。
その日の昼食休憩、弁当を食べながらカードのことを思い出したジャンは、予想外なメッセージにいよいよもって頭を抱えることとなる。
『先日は助けていただき、ありがとうございました。突然ですが私、あなたに一目惚れしちゃったみたいです。まずはお友達からでもいいので、これからいっぱい仲良くしてください。あなたのネリアより♡』
………………何が「後遺症も残さず」だ、あの医者め。思いっきり頭おかしくなってるじゃないか!
ジャンはカードを握りつぶした。
***
更に次の配達日、再びピアの家の前。
「ジャンさ〜ん♡」
「はぁ……」
「あれあれ〜? なんだかお疲れ気味ですねー。今日もお弁当作って待ってたんで、これ食べて元気になってくださいね♪」
また出た。予想通り今日も待ち伏せて弁当を押し付けてくるネリアに、ジャンは顔を歪めながらも空になった先日の包みを突き返す。
「迷惑だ」
「えっ? 前回の美味しくなかったですか……⁇」
「そういう問題じゃない。オレに付き纏うな」
「メッセージカード読んでくれましたよね? 私はジャンさんのことが好きですっ!」
話の通じない奴だ。これが男女逆だったら……いや、それより種族が逆だったら、どれほど罪の重い事案として扱われることだろうか。
それなのにこの人間族の女ときたら、厚かましくもこちらの手を握り、本日の弁当包みを持たせてくる。
ジャンは心底疎ましく思ったが、弁当を落とすわけにもいかず、振り払うことはしなかった。
「何が一目惚れだ。こっちはずっとマスクしてたし、あんたは意識朦朧としてただろうが」
「それでもだいたいの様子はわかりますし、抱えてくれた腕の力とかにもドキドキしたんですっ。ジャンさんってばワイルド&セクシー&クールって感じで、乙女心ガッツリ掴まれちゃったんですよー。それに一目惚れって実は合理的だと思うんですよねっ。家柄や肩書きみたいな付属物に惑わされず、本能的に遺伝子の相性が良い相手を嗅ぎ分ける能力って考えたら。そう思いません?」
「……思わない。人間は見た目で中身を偽る奴、見誤る奴の方が多いだろ。服とか化粧とか」
「なるほど、制服フェチの人とかいますもんねー。あっ! 改めて見ると配達員の制服ってアクセントでチェック柄の切り替え布入ってるの可愛いですねー! チェックの黄色と黒のバランスもちょうど良い感じで、このさりげないキュートさがカッコいいジャンさんとの相性抜群って感じです〜」
ネリアは落ち着き無く遠慮無く、その視線をジャンの全身に纏わりつかせてくる。
その振る舞いはまるで好奇心旺盛な子供で、対するジャンは玩具にされた気分だ。
「半獣人だからと見下して遊んでるだけだろ。こっちはあんたを助けたせいで、時間に遅れて減給処分くらったんだ。これ以上オモチャにされるつもりはない」
「そんなっ⁉︎ ごめんなさい……私のせいで……」
「……仕事、急ぐから……」
急にしおらしい様子を見せたネリアにジャンはつい動揺して、結局新しい弁当の方は返しそびれてしまった。そして……
***
更にまた次の配達日、再びまたピアの家の前。
「おはようございます、ジャンさん。わたしはピアと言います。先日はネリアさんを助けていただいて、本当にありがとうございました」
「あ、ああ……どうも」
ネリアに代わって待っていたピアから深々と頭を下げられ、ジャンはたじろいだ。
気品のある清楚な村娘ピアはすっと姿勢を正すと、見覚えのある弁当包みを差し出してくる。
「お仕事中ですので手短かにお話ししますね。ネリアさんは急用ができたそうで、昨日帰国されました。急にお弁当がなくなってはジャンさんが困るのではないかと気にされていたので、僭越ながら今日だけはわたしがご用意させていただきました」
「……わざわざどうも」
「ネリアさん、きっとまたすぐに会えますよ。容器と包みはネリアさんのなので、そのときにお返しください」
「え?」
「それでは、お元気で」
呆然とするジャンにピアは穏やかな笑顔を向けて、再び一礼すると屋内へ姿を消した。
その日の弁当は昨日までのものより確実に出来が良いものだったが、その美味しさとは裏腹に、ジャンはどこか物足りなさを感じて胸がざわついた。
帰国ということは外国人だったのだろう。そんなことも知らなかったのだ。