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3.クリソベリルと旅人

翌朝、切り身の正体を知った魔獣はやはり泣き出した。


「おいおい、泣くな。せっかく釣りを教えてやろうとしてるのに」


「だって魚、動いてるにゃ……生き物にゃ……」


「動くものがそうだって言うなら、植物だって動いてるさ。ほら、あそこの花、昨日は蕾だったのが今日は咲きかけてる」


「花はきっと妖精が動かしてるんだにゃ……生き物は殺したら死んじゃうにゃ……」


「やれやれ……他者を傷付けるのを躊躇える思慮深さは美徳だと褒めたいところだが、お前のは過ぎてて面倒だな。そんなに優しいなら、逆にお前が餌になるかい?」


「そ、それも嫌にゃっ……でも、でも……」


「……ほら! 本当に可哀想かどうか、コイツの話を聞いてみろ」


人間は今朝早く川辺に作った簡易生簀から1匹掴むと、愚図る魔獣の眼前に突き出した。

魚はピチピチと尾を振り、パクパクと口を開閉させている。


「にゃ……⁇ わからにゃいにゃ……」


「だったらもう、気にするのはやめたらいい」


「言葉が通じにゃいからって、そこにある心まで無視できにゃいにゃっ!」


「僕は昨日、お前が話せる相手でなかったら、すぐには殺さないまでも抵抗できない程度に弱らせて、お前の権利など全く無視して調べ尽くしてやるつもりだったよ。最終的には解剖だってしただろうね」


「ひっ、酷いにゃ! 人間は悪魔にゃっ!」


「悪、か……うむ。では、ちょっとズルをして、他の人間たちは知らない話を教えてやろう」


旅人は魚を生簀に戻すと、魔獣の逆立った毛を宥めるように撫で付け始めた。

魚はパシャパシャと気持ちの良い音を立てながら、狭い生簀を元気に泳ぎ回る。


「実はこの世界の魚や虫というのはね、異世界のそれらの模造品なんだよ。真似た動きを設定してあるだけで、自分の意識で体を動かしてはいないんだ。魂の無い空っぽな物体……まあ元の世界の方でもそうだったのかもね。でも、あっちに魔力は無いらしいけど、こっちのは宿された魔力で動いてる。ただ魔力を宿しているだけで、魔物のように魔力を操作できないけどね。非常に儚い存在だけど、単純だから神たちにとって増産しやすい。だからそこら中に発生してる」


キョトンと見つめてくる魔獣に、人間は更に続ける。


「それだけじゃなく、実は魔物にも空っぽは多くいる。彼らは襲えば反撃してきたり、痛めつければ苦しそうにするけど、本当は何も思ってはいない。敵という条件に攻撃という反応、痛みという条件に苦しむという反応を設定されてるだけなんだ。ごく稀に、そうした空の器の中にも魂が生じる例はあるけどね。……そもそも昔は人間だって空っぽだらけだったんだ。最近はやっと大体のものに魂が入っているけど……まあ、世界が作り変わってからもう長いから……」


人間の言葉は次第にボソボソとした独り言に変わっていったので、魔獣はすっかり困ってしまう。


「⁇……もっとわかるように話してほしいにゃ。説明が下手にゃのか、教える気がにゃいのか、どっちなのにゃ?」


「ははは、そうだな。説明が下手なら頭が悪いと嫌われ、教える気が無いなら心が悪いと嫌われる。どうやら僕はお前に好かれないらしい」


「にゃにゃ⁉︎ そんにゃことにゃいにゃっ」


「実際、僕はどちらも悪いらしい。それでもお前に好かれることはしたいからね。今知っておいてほしいことに絞ろう。つまり、生きているように見えて魂の空っぽなものもいるから、お前のように面倒な者にも食べられるものはたくさんあるよ、ということさ。もちろん、魂の無い物ならどう扱ってもいいというわけではないから、大事なものは大事にしないといけないけどね」


魔獣は耳をペタンと伏せて俯き、もじもじと後めたそうに呟く。


「……魚の切り身は美味しかったにゃ」


「そうだろう。じゃあ今から釣り方を教えてあげよう……」


人間は魔獣に竿を持たせると、針先に芋虫を刺して釣り糸を生簀へ垂らした。

いきなり川で釣ろうとするより、先に簡単なもので慣れさせようと考えていたのだ。

ところが魔獣はというと……


パシャパシャ……


ザブーーーーン‼︎……バシャバシャバシャ……


生簀の魚が釣れるのを待たず、川の魚の跳ねる音を追って勝手に泳ぎ始めてしまった!


「………………」


数分後、呆然とする人間の元へ魔獣は両手と口に獲物を捕らえて戻り、重くなった毛を振るって盛大に水飛沫を撒き散らした。

ずぶ濡れになった人間が牙から魚を抜いてやると、魔獣は得意気に言い放つ。


「ワタシは人間に魚の獲り方を教えてあげるにゃん♪」


人間は笑って降参した。


***


人間は魚の骨の取り方、焚き火の作り方、肉食魔獣の避け方、毒キノコや薬草の見分け方など色々なことを魔獣に教えてやった。

魔獣は一生懸命覚えながら、やはりこれほど物知りであるなら人間は自分について本当は何かもっと知っているのではないかという気がしてきた。


「にゃあ? ワタシ、本当は何者なんだにゃ? 人間は何か知ってるのに隠してにゃいかにゃ?」


「おや、疑うことを覚えたのは成長だね。でも僕はお前の期待に答えられないよ。この世にたった1匹生まれたばかりの魔獣のことなんて、僕が知っているわけないんだから。とはいえ種族名も個人名も無い魔獣では不便だね。他と区別するように、僕がお前に名前を付けてやろうか?」


「にゃん♪」


人間の提案に、名無しの魔獣は大きな丸い目玉をキラキラ輝かせて頷いた。

人間はそんな魔獣の左右の目を交互に見比べて思いつく。


「そうだな……クリソベリル、というのはどうだい?」


「どういう意味の言葉にゃ?」


「宝石の名前さ。金色だったり緑色だったりするんだ。お前の目は金と緑のオッドアイだからちょうどいいだろう……と言っても、百聞は一見に如かず。現物を見せてやろう」


旅人は荷物の中から小さな布袋を取り出し、さらにその中で個別に布に包まれていた石を数粒、魔獣の前足の肉球へ載せた。

魔獣は落とさないように用心しつつ、石を熱心に見つめたり嗅いだりしてみる。


「気に入ったかい?」


「にゃ! とっても綺麗だにゃ! ワタシの名前、この石の……えーと……」


「クリソベリル」


「にゃ! クリソベリル……クリソベリルにするにゃ!」


「そう。名前が決まって良かったね、クリソベリル」


「にゃんにゃん♪」


クリソベリルは自分と同じ名前の石を人間に返すと、人間がまだそれを片付け終わらない内にトコトコと駆け出した。


「おい、待て、クリソベリル! どこへ行く気だ?」


「にゃ! にゃ! あっちの方からたくさんのクリソベリルの気配がするにゃ!」


「なんだって⁉︎ いつの間にクリソベリルの仲間が生まれてたんだ⁇ まさか魔穴から大量発生……」


「ちーがーうーにゃ! クリソベリルはクリソベリルでも、クリソベリルじゃなくてクリソベリルの方だにゃ!」


「なんだかわけがわからなくなってきた……」


「とにかくこっちだにゃ!」


人間がクリソベリルに導かれるままに追っていくと、山を降りて漂砂鉱床へ辿り着いた。

人間が唖然としている内に、クリソベリルはその辺をガリガリ引っ掻いて岩の塊を掘り出してくる。


「にゃ♪ にゃ♪ この中にクリソベリルがあるにゃ♪ これだけじゃなくてこの辺いっぱいあるにゃ♪ クリソベリルに似たような石もたくさんあるのにゃ♪」


魔獣クリソベリルは宝石クリソベリルの原石を人間に渡すと、また新たな原石を掘りに駆けていった。


「驚いたな……こいつはとんだ招き猫を拾ったようだ」


「にゃ? 何か言ったかにゃ?」


「いや、なんでも。お前の好きなだけ掘ってきなさい。爪を痛めないように気を付けるんだよ」


「にゃ〜♪」


夜、掘り出したたくさんの原石を鑑定しながら、人間はクリソベリルに色々な宝石の名前を教えた。

クリソベリルが人間にも人間以外の名前があるのかと訊ねると、人間は『旅人』と名乗った。



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