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27.雨降って、

翌早朝。

よく眠れたとも思えないのに目が覚めてしまったニナは、まだ薄暗い室内を見回して瞬きを繰り返す。

わかっていたことだが隣に夫の姿は無い。きっと今朝は遅くまで部屋から出て来ないだろう2人を思うと胸が詰まった。

ぐっすりと眠って起きる気配の無い娘たちを置いて、ニナはコップ1杯の水を飲みにそっと部屋を出た。

喉の渇きは実のところ自分で自分を騙す言い訳で、台所まで行けば少しは2人の気配がわかるだろうか、逆にこちらの気配に気づかせて急かすことはできないだろうか、そんな考えが意識の裏側には隠れていた。


「え……?」


ふと話し声が聞こえた気がしてニナが庭を見ると、家庭菜園の前にカヅキとカオルコの姿が見えた。

結局一睡もできなかった2人は、寝巻き姿のまま大雨の被害確認をしに出てきていたのである。

同じ髪の色、同じ肌の色、程良い身長差……ニナの目には2人こそがとてもお似合いの夫婦に見えた。


「手に持って出る分の荷作りは済みましたので、残りは後で運んでもらう分ですね。はぁ……ニナにはどう謝ればいいのか……」


「僕もなんと言えばいいのか……ニナだけでなく、きっとモモも寂しがるだろうな……」


「待って‼︎‼︎」


考えるより先に、ニナは縁側から素足のまま庭へ降りていた。


「待って……お願い! 捨てないで‼︎」


「ニナ⁉︎」


そのまま無我夢中でカヅキの腕に縋りつくニナ。

雨上がりの泥濘んだ地面を泥を跳ね上げながら駆け寄ったので、白い寝巻きはすっかり汚れてしまった。

髪は寝癖でボサボサ、目には薄っすら隈ができてしまっている。


「わ、わたしっ……1番がいいなんて贅沢は言いません……! 家事も育児も、命じられればそれ以外のことでも、な、何でもっ頑張ります! だ、だから……妾でいいから、傍に居させてください……お、お願いっ……お願いします‼︎ どうか! どうか……っ」


ニナの全身は酷く震えて、声は上擦り、異様に見開かれた目からは大粒の涙が止めどなく溢れていた。

今までに見たことのないその様子を目の当たりにし、カヅキは自分の短慮がここまでニナを追い詰めていた事実に愕然とする。


「ニナ! 落ち着いてくれ。君は何か誤解している……僕は君を1番に愛しているし、2度と離れるつもりは無い」


カヅキは言いながら、それらの言葉が自分の今までの行いから全く信用されないものであることに気が付いた。

なんということだろう。事実、ニナの顔には安心が戻るどころか不安ばかりが色を濃くしていく。


「でも……でもっ……カヅキさんは今、カオルちゃんと出て行く話をして……」


「誤解よ、ニナ。出て行くのは私とサクラだけ。以前から住み込みで手伝わないかと言われていた病院に、いよいよご厄介になる決心がついたので。といっても、まだ先方には伝えていないのですが……数日前にもその話題を繰り返し振って頂いたばかりなので、心配はいらないと思います」


「え……⁇」


そこでやっとニナは自分を見つめる2人の心配そうな表情に気付き、カヅキの腕を離して後退った。

今の自身が2人の目にはみっともない珍獣のように映っていると思えたのだ。


「あ……あのっ……ごめんなさい、わたしったら! こんなに取り乱して……だ、大丈夫ですから! す、すぐにお、おちっ、落ち着きますからっ……! あ……い、今はそのっ、寝起きだし、寝ぼけて、急に走ったりして……それで……あああ、あのっ! どこも、その、おかしいとこなんてありませんから! せ……精神は、ちゃんと安定してて…………えっと………………」


取り繕おうと言葉を紡げば紡ぐほど、自らの異常を露呈してしまう。

ニナはいよいよ自らに絶望した。


「……嫌わないで……」


両手で顔を覆って俯きながら、ニナはとうとう泥濘んだ地面にへたり込んでしまった。

あまりの出来事に呆然としているカヅキの前で、カオルコが先にニナへと歩み寄る。


「ニナ……まず最初に言っておきますが、カヅキさんと私は一晩中話し合いをしていて、あなたが思うようなことはしていません。もうそういう関係ではないのです。とは言っても、言葉だけで信じてもらうことが難しいのはわかっています。だから……」


「カオルちゃん……⁇」


カオルコは自らも汚れるのに構わず地面に膝を突き、両手でニナの顔を包み込むようにしながら上げさせた。

そうして顔を覆っていたニナの手を耳の辺りまでずらすと、露わになったその唇に自身の唇を重ねる。


「⁉︎……⁇⁇……んっ……っっ…………〜〜っっ」


「お、おい! カオル⁉︎⁉︎」


思いも寄らないカオルコの行動に、カヅキも思わず素っ頓狂な声が出た。

そのカヅキ以上に驚いているニナは声も出せず、ただ目を丸くして親友の顔を見つめるばかりだ。

そんな可愛らしい想い人に対し、カオルコは諦めたようにフッと微笑んで、ゆっくりと抱きしめる。


「ごめんなさい、ニナ……本当は私、ずっとあなたにこうしたかったの。ずっとずっと好きだった。いつまでだって愛しているわ。私の人生でたった1人、私が恋した人……願わくば、ずっとあなたの傍に居たかった……けれども……気持ち悪いでしょう? 無理矢理こんなことされて、吐き気がするほど嫌で嫌でたまらないでしょう? 答えなくてもわかっているわ……私も男からされるとき、本当はいつも気持ち悪くて嫌で辛くて堪らなかったんですもの。でも、これで信じてくれるでしょう?」


「カオルちゃん、は…………これから、どうするの……?」


「さっき話した通りですよ。サクラを連れて病院に住まわせてもらいます。この家はちゃんとあなたたちに譲るので安心して。幸いアヤコ姉さんは大らかとは言えなくとも大雑把な人ですから、そのことであなたたちを責めたりはしませんよ。安心してください」


「……カオルちゃんは、男の人を好きになることは無いの?」


「ええ、きっと。この先も男性を恋愛対象と思えることは無いでしょう。既に嫌な思いをし過ぎた。そのことを自覚してしまった。私にとって、あれはもうどうやったってそう思えるものではないのです。それでもまた必要とあらば、私は男性とそういう関係を結ぶこともあるかもしれません。心を使った恋はできなくても、体を使うことはできます。そうやって相手を騙して利用する……結局、私は卑怯者の生き方だって選べてしまう人間ですから」


カオルコは困惑するニナから身を離し、立ち上がる。


「私たち、すっかり泥だらけになってしまいましたね。お風呂は先にニナが使ってください。私はこのまま庭を片付けて時間を潰します。娘たちはカヅキさんにお願いしますね、そろそろ起きてきそうで心配です」


「あ、ああ。わかった」


指示に従いカヅキは急いで母屋へと帰っていく。

カオルコも、ニナに背を向けてカヅキとは反対方向へ歩き出す。

ニナは……


「待って‼︎」


再びそう叫んだ。だが、今度は立ち上がるとカヅキではなくカオルコの手を掴む。


「ニナ⁇⁇」


驚いているカオルコを縁側まで引き連れて行くと、同じく驚いているカヅキに向かって、ニナは言い放つ。


「カオルちゃんはわたしの愛人にします。わたしだってカヅキさんがそうしようとしたのを認めたんですから、カヅキさんだって認めてくれますよね?」


「えっ⁉︎ あっ⁇ えっと……あの、はい⁇⁇」


カヅキは訳が分からないまま、ニナの謎の気迫に押されて頷いていた。

ニナはパアっと満面の笑顔を輝かせ、カオルコへと振り返る。


「やったぁ! カオルちゃん、これでこれからもずっと一緒だね♡」


「ニナ……あなた、本気……⁇」


「ほら、カオルちゃん! わたしたち、こんなに泥だらけだよ? 早くお風呂一緒に入ろ♡」


「なっ⁉︎ なんだって⁉︎」


再びカヅキが素っ頓狂な声を出し、救いを求めるようにカオルコの顔を見た。

それまでただただ困惑の表情を浮かべていたカオルコだったが、カヅキと目が合った途端、勝ち誇ったように歪んだ笑みを浮かべる。


「ふふ……わかったわ、ニナ♡ これから女同士水入らず2人っきりで、ゆっくりじっくりしっぽり温め合いましょう♡♡ さて、床が汚れるから縁側より風呂場に近い玄関から上がりましょうか……」


ちーーがーーうーーだーーろーー⁉︎⁉︎……と、カヅキは声は出さずに口の動きだけでカオルコに抗議したが、カオルコはただ舌をベーッと突き出して見せると、さっさとニナを連れて行ってしまった。

ちょうどそのとき夫婦の寝室の襖が開き、中から出てきたモモが不安そうに父の脚に抱きついてくる。


「パパ〜……」


「ああっ、本当にもう起きてきた……」


「ママ……⁇ カオルちゃ……⁇」


「えっと……ママたちはお風呂に入るから、出てくるまでパパと待ってようね〜」


「モモ、ムシムシたべう」


「はいはい、モモの好きな蒸しパンだね。ちょ〜っと待っててくれよ〜」


「ふにゃあああ!」


「ああっ⁉︎ サクラももう起きた‼︎」


それからカヅキはサクラを抱えてあやしながら、モモと共に居間へ向かった。

茶箪笥から菓子入れを取り出してモモの前に置くと、モモは自分で蓋を開けて中身を掴み取る。

手が汚れるのですぐに濡れタオルを用意すべき状況だが、カヅキは風呂場の様子が気になってそれどころではない。


「パパ、あーん」


……もぐもぐ……


「パパ、いーこ、いーこ」


芋蒸しパンの芋だけ穿り出して食べたモモは、残りのパンを次々と父の口に押し込んでくる。

カヅキはそれを叱りもせず受け入れながら、「向こうに混ざりたいなぁ」などとばかり考えていた。


***


そうして現在……


「今朝はダーリンが行ってきますのキスしてくれなかったー! だから今夜はカオルちゃんの部屋で寝るんだもん!」


「謝るから機嫌を直してくれ、ニナ……今朝はちょうど家の前を人が通ったから仕方ないだろう?」


「ニナを傷つけるなんて酷い男。あとで私が調合した永久脱毛剤をカヅキさんの枕に染み込ませておこうかしら」


「相変わらず陰湿だな、カオル……」


「大丈夫よ、ダーリン! ダーリンの毛根が死滅しても、わたしのダーリンへの愛は不滅だもの♡」


「ニナもこう言ってますし、被験体になってもらってよさそうですね……」


「よくない‼︎」


「ま〜たやってるぅ……お母さんたち、仲良いなぁ」


「あれでも一応自重してるつもりなんだろうなぁ」


すっかりわがままボディそのままの振る舞いを身に付けたニナに、溺愛されながらも振り回される日々を送るカヅキ。

それを間近に見せつけられながらも、隙あらば親友以上の特権を振るおうとするカオルコ。

そんな両親たちを見守る娘たちのうち、モモは母親たちにも女同士の友情を信じているが、サクラは自身の母親が持つ友情以外の感情に薄々勘付いている。

……サクラは母たちの寝室にこっそり聞き耳を立てたこともあるが、結局そのときはカヅキに関する愚痴と惚気を延々喋り続けているのが聞こえただけだった。


手が届きそうなところに叶わない願いがぶら下がっていると、ついそれに執着してしまう。

ならばいっそ、叶わない願いへの執着を鎖としてしまえばいい!

実のところニナには、自身を裏切る心配のなくなった親友を囮にすることで、夫の興味が外の女性に移らないようにする狙いがあった。

当てつけとして親密ぶりを見せつけるのも、女同士だと却って夫が興奮することに気付いているからだ。


カオルコがカヅキを利用してニナを繋ぎ留めたように、カヅキがニナを利用してカオルコを繋ぎ留めたように、ニナもカオルコを利用してカヅキを繋ぎ留めることにしたのである。



なんとか年内に一区切りつきましたが色々やらねばならないことが蓄積しまくってるので来年は半年くらい間が空きそうです。

次回はジャン(本編未登場)とネリア(本編サブヒロイン)編予定、ラストがレミと3人のヒロイン(内1人新キャラ)編予定

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