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23.裏切り

ある休日、昼下がりの居間。


「ねんねんねんねー、ねんねんねー」


子守り歌とも言いがたい拙いメロディを唱えながら、幼いモモが更に幼いサクラを寝かしつけようとしていた。

小さな手でゆっくりそっと布団を叩いて拍子をとりながら、添い寝するモモ自身もウトウトしている。

だんだんと弱々しくなっていく幼い声を聴いていると、体の内側がソワソワとくすぐったくなって、落ち着かないような心地良いような、不思議な幸福感が頬を緩ませる。

少し離れて縁側から見守っていたカヅキとニナは、鏡など見なくとも互いの顔を見れば自身もまた同じ表情になっていると自覚できた。


「最近のモモは寝かしつけがマイブームだね。あんなに小さいのに、もうすっかり優しいお姉さんだ」


「ふふふ、わたしやカオルちゃんにも毎日のようにしてくれるんです。眠くないときでも隙あらば引っ付いてきて……でも、本当に寝るときは必ずモモちゃんが先に寝ちゃうんです。とっても可愛くって、毎日メロメロにしてもらっています♡」


「上の子は下の子によく嫉妬すると言うけど、うちは全然そんな気配も無いようだ。母親がそれぞれにいるおかげで、取り合う必要がないからかな? 平和で安心するよ」


「取り合うより分け合うようにできていますから。カオルちゃんはモモちゃんのことすごく可愛がってくれるから、わたしもサクラちゃんのことすごく可愛いがろうと張り切っちゃうんです。お互いの小さい頃をお世話してるみたいだね、なんて言ったりもして」


「確かに、モモはニナにそっくりだ。サクラの方はまだまだ顔が変わっていく途中で、どちらとも言えないかな。でも2人とも本当に可愛い娘だ。……アヤコさんのところは先週男の子が産まれたばかりだけど、向こうはどう育つんだろうな……」


カオルコの姉アヤコの産んだ子供は、今の恋人の息子ではなく前の恋人の息子だ。

アヤコに似ればまだしも、もし前の男に似たなら今の相手が愛情を抱くのは難しそうだ。

そんなことをカヅキが考えていると、いつの間にかモモがすぐそばまで来ていた。


「ママ、ねんねっ。パパ、ねんねっ」


「はいはい、みんなでお昼寝ね〜」


「ははは、こんなに可愛い誘いを断るわけにはいかないな」


膝にタッチしながら促す愛娘の誘いに、両親は揃って応えようとした。

だがそのとき、カヅキはカオルコが庭に出ている姿に気付き、つい縁側に留まってしまう。

カオルコは長い黒髪を珍しくポニーテールに結い上げて、服も珍しくノースリーブを着ている。

ワンピースのフレアを軽やかに揺らして歩く姿は、瑞々しく美しい。

太陽の位置と塀の高さを見て日当たりを考えたり、歩数を数えて大まかな広さを把握しようとしているようだ。


「やあ、カオル。何をしているんだい?」


「!」


カヅキが声をかけると、ポニーテールをパタリと揺らしてカオルコが振り返った。

カオルコは気まずそうにカヅキの奥のニナを見たが、モモを抱えたニナはニコリと笑って居間の奥へ下がっていく。

一方、カヅキはすぐに庭へ出てカオルコの隣までやって来たので、カオルコは観念してその相手をする。


「……少し前に、ニナと家庭菜園を作ろうかという話をしたんです。それで、実現できそうか確認していたところです」


「へぇ、それは良いことだ! 外に出れば気分転換にもなる。最近のカオルは部屋に篭りきりで心配してたんだよ。勉強熱心なのはいいけれど、根を詰めすぎるのは良くないからね」


「平日はそこまで篭りきりでもないですよ。ニナにばかり子守りを押し付けられませんから。カヅキさんのいる休日は、人手が足りるので任せておけるんです」


カオルコの声は素っ気無く、目線もこちらへ向けようとしない。

やはりニナの手前、自分を避けているのだろう。カヅキは溜め息を吐く。


「……あまり露骨に気を遣われては却ってニナも窮屈だろうよ。君たちだけのときは仲良くやれているんだろう? 僕に対しても自然体になってもらわなくてはね」


「これが今の自然体です」


「頑なだな。まあいい……家庭菜園を作るんだろう? 育てる物は決まってるかい?」


「まだ決めていないので、ここの土でも育てやすい物を探します」


「この土じゃ畑には向かないよ。とりあえず煉瓦を積み上げて区画を作って、そこに園芸用の土を入れるのがいいと思うな」


「……お詳しいんですね⁇」


「実はこういうことには少し憧れていてね、以前やり方を調べたことがあるんだ。任せてくれ♪」


菜園作りの知識が無いカオルコに豆知識披露を挟みつつ、カヅキは子供のように夢中になって計画を立てていった。


***


同日、夕方。


ガラガラガラ……


「……今日は助かりました、カヅキさん。正直、私だけでは家庭菜園の準備にこれだけ手間がかかると知った時点で諦めていたと思います。改めて男手の必要性を理解しました。悔しいですが……本当にありがとうございました」


「どういたしまして。悔しがる必要なんてないから、これからもどんどん頼ってくれ。僕たちは家族なんだから」


「家族……そうですね。今はあの家で暮らす皆で家族ですよね」


カヅキの引く荷車を後から押しながら、カオルコは納得したような声で言った。

2人はカヅキの知り合いの大工工房の親方を訪ねて、余っている資材を只で譲ってもらったのだ。

色や形の不揃いなたくさんの煉瓦に、使いかけの目地材。大人2人でも重たい量だ。

次の休日はこれらを組み立てる作業となるが、カオルコには向かないので当然カヅキが担当する。

荷車は借り物で、明日の出勤時にカヅキが返却することになっている。


ガラガラ……ガコン!


「あとは物置に入れるだけですので、せめてそれくらいは私がやっておきます。ニナも待っているでしょうし、一番風呂はカヅキさんがどうぞ」


ようやく家へ帰り着くと、カオルコはカヅキに一礼して物置へ向かった。

鍵を開けて中に入り、置くためのスペースを確保して、入口に戻る。


「!」


ガッ‼︎


出る直前、ふっと立ち塞がった影に嫌な予感がしたカオルコは、咄嗟に扉を閉めようとした!

だが、力の差は歴然で、扉はいとも簡単に開かれ、そして……入り込んできた者の手で内側から閉じられる。


ガタン!


「……何のつもりですか? カヅキさん……」


「カオル、まだ君と2人きりで話がしたい。僕は……」


「嫌……聞きたくない! 言わないでください!」


カオルコが耳を塞いだ両手を、カヅキの大きな手が包み込み、強引に剥がして引き寄せる。


「カオル……! 聴いてくれ、僕は今でも君が愛しい……!」


「どうして……どうしてなんですか? どうしてまだ私にそんなこと言うんですか⁇ 今のあなたにはもうニナがいるのに……ッ」


「どうしてだって? それなら君こそどうして僕の子供を堕ろさなかった? どうして修道院まで付いてきた? どうしてあの日、荷馬車から降りた後しばらく僕に抱きついていたんだ? カオルだって、本当はずっと……」


「抱きついたなんて誤解です! あの時は本当に具合が悪かっただけ……付いていったのは私もニナに会いたかったから……子供は……あなたとは関係なく、産んでみようと思っただけです……」


「今日のその格好は? 君らしくない……その髪型も、服装も……僕を誘惑しているようじゃないか……」


「髪は、今朝ニナが結ってくれたんです……服は、先週姉さんのとこへ行ったときに貰った古着で……」


『カヅキさーん? カオルちゃーん? 帰ってきてるのー?』


「「⁉︎」」


不意に、母屋の方からニナの呼ぶ声がした。

物音に気付いて窓から見回しはしても、赤ん坊たちがいるので外まで探しに来るのは難しいだろう。

思わず息を潜めたカヅキとカオルコだったが、一呼吸置いてカヅキが返事をする。


「ああ、今帰ったよ! でも荷物を片付けるのに時間がかかるから、ニナは風呂の準備をしておいてくれ!」


『はぁーい!』


遠くなっていく声に安堵したカヅキは、カオルコの汗ばんだ首筋に顔を埋める。


「カヅキさん、ダメ……痕を付けたらニナに知られてしまう……」


「だったら見えないところに付けよう……」


「やめて‼︎」


服を脱がせようとしたカヅキを、カオルコは精一杯押し返す。それでも距離は変わらない。


「ほんの1年くらい前は風呂だって一緒に入ってたのに、今や一緒に住んでいても寝床は別々。君の裸だって久しく見ていない。こんな生殺し、もう我慢の限界だ。僕は今すぐカオルが欲しい……」


「私は!…………私は、今のままでいいんです……今の日々が大切。これ以上なんて望まない。今のニナとの友情を壊したくないんです。私にはそれが1番大事なものだから…………今日のことは全部忘れて無かったことにします。カヅキさんも……こんなことはもうこれきり最後にしてください」


カオルコは祈るように跪いた。


***


カラカラカラ……カタン!


玄関の方で物音がしたと思うと、足音はすぐに風呂場へ向かった。

2人が帰ってきたと思ったニナはすぐに音の方へ向かおうとしたが、その途中、庭の隅にしゃがみ込んで手元を見つめている夫に気付いた。


「あら? カヅキさん、そんなところにいらっしゃったんですか? ということは、今お風呂にいるのはカオルちゃんの方なんですね」


「ああ、今日は2人とも汚れてしまったからね。家の中まで余計に汚したくないから、カオルが出るまで僕は外で待つよ」


「そういうことだったんですね……わかりました。それじゃあ、モモちゃんっ。モモちゃんは夜ご飯の後、ママと2人で入りましょうね〜」


「はぁ〜い」


おんぶ紐に支えられたモモは、母の背から可愛らしい挙手をした後、ふと、その手を父に向けて振って見せる。


「パパ、バイバイ」


「…………」


見透かすような娘の目にギクリとして、カヅキはカオルコの髪が絡んだ指を後ろ手に隠した。

その晩、疲労を理由にカオルコは夕飯の席には現れず、カヅキはその食べる姿を見られないことを人知れず残念に思った。



そもそもこの話を書きたいと思ったきっかけが10年以上前の伝説の某エロゲ原作ドロドロ三角関係アニメだったので必然的にカヅキがクズに

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