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16.俄雨

湖上の庵。


「すみません、ニナさん。僕がお誘いしたばかりに……」


「いいえ、自然のことは人間の手に余りますもの。カヅキさんが謝ることではありません。それに、わたしはここに連れてきていただけて本当に嬉しいと思ってますから」


カヅキは岸よりも近かった湖中央の小島へ小舟を着けたが、そこの庵へ逃げ込んだときには2人とも既に下着までびっしょり濡れていた。

庵の半分は流し台と透かし彫りの長椅子が数脚残っているだけの土間で、もう半分は座布団すら残っていない小上がりだった。

事前に最低限の掃除だけはさせてあったから埃っぽくはないものの、全魔動洗濯乾燥機も無ければ着替えも無いしタオルすら無い。


ニナはスカートの裾をたくし上げて絞っているところで、顕になった白い太腿の表面を水滴が幾筋か流れ落ちていく。

ワンピースの下半身はペチコートで守られていたものの、上半身は薄い布がぴったりと肌に張り付き、淡いブルーのレースと肌色が透けて胸の形がくっきりと浮き上がっている。

その姿にカヅキが釘付けになっていると、ニナは手提げバッグからあるものを取り出す。


「バッグの中は濡れなかったので、持ってきていたタオルは無事でした。1枚しかないのでカヅキさんが先に使ってください」


「いや、それではニナさんに悪いですよ。ニナさんが先に……」


「い、いえ! まだ綺麗なうちにカヅキさんが使ってください!」


「でも……」


再度断りかけたカヅキだったが、ニナの使用済みタオルを自分が使うのは変態のようで嫌がられるかもしれないと思い至り、受け取ることにする。


「では、頭だけ拭かせてもらいます。体は脱ぎながら服で拭くので」


「ふくでふく、ですか。ふふふ……」


「ははは、駄洒落のようになってしまいましたね」


薄桃色のタオルは清潔な香りがしてふんわりと柔らかく、触れるとニナ自身に触れているような気分にもなったが、カヅキは何気ない風を装って手早く顔と髪の水分を拭き終えた。


「ありがとうございました、ニナさん。助かりました」


「は、はい。お役に立てて良かったです……っ」


カヅキがタオルを返した直後、ニナは急に真っ赤になって背中を向けた。

思い当たることは相手側にも自分側にもあるので、カヅキもニナ以上に慌てて背中を向ける。

その直後、少し離れた背後から「くしゅんっ」と可愛らしいくしゃみが聞こえてくる。


「い、いくら夏とはいえ、早く濡れた服を脱がないと体が冷えてしまいます。長椅子の背もたれに掛けて乾かしましょう。ぼ、僕はこちらの壁側の長椅子を使わせてもらいますので、ニナさんは座敷側をどうぞ。僕はニナさんの許可が無ければ絶対に振り返らないので、信用してくださいっ」


「は、はい……」


やはり少し離れた背後から可愛らしい返事があって、カヅキは昂る感情を無理に抑えながら紳士でい続けることに努めた。

カオルコから水の国の貞操観念の厳しさについては重々注意を受けていたため、今日まで接吻すら我慢してきたのだ。

流れに任せて無体なことをするわけにはいかない、とカヅキは何度も己の心に誓った。


ニナの音を気にしまいとさっさと脱衣して服を絞り、干す準備を整えるカヅキ。

その少し離れた背後から衣擦れの音に加えて「んっ……んっ」と小さな呻き声が聞こえてくる。

気にしまいと思えば思うほど、外の雨音だけは遠ざかって室内の僅かな音に意識が集中してしまう。

とんだ生殺しだとカヅキが心の内で嘆いていると、不意にニナの呼ぶ声がする。


「カヅキさん……あの、実は服が体に張り付いて脱ぎにくくて……ファスナーも引っかかってるみたいで……すみませんが、脱ぐのを手伝っていただけないでしょうか……⁇」


「⁉︎……い、いいんですか……⁇ 本当に僕がお手伝いしても……」


「はい……カヅキさんなら、いいです……」


「そ、それでは……」


信頼に応えるべく、カヅキは意を決してニナの方へ振り向いた。

ニナは真っ直ぐ後ろを向いているが、カヅキ自身は既に服を脱ぎ終えた状態で、無防備な背中に近寄るだけでも途方も無く恐れ多いことに感じた。

ニナは濡れた髪を首の前に避けていて、後れ毛がしっとり張り付いた白い頸と、下着の透けた細い背中が丸見えになっている。


「……お願いします……」


見入りながら躊躇っていたカヅキに、ニナが促した。

カヅキが震える指でニナの背に触れると、ニナの細い肩が微かにピクリと揺れる。

カヅキはそっと慎重に、ワンピースのバックファスナーを首から腰の方へ下ろしていくが……


「すみません、ニナさん……これ以上は僕に手伝えません……これ以上は、我慢できなくなってしまいます」


ブラジャーのバックベルトを通り過ぎたところで、カヅキは手を止めて顔を背けた。しかし……


「……お願いします……」


ニナは再びそう繰り返した。


「本当に……いいんですね⁇」


カヅキが尋ねながらニナを見ると、真っ赤になった横顔が小さく頷く。

そうして……2人はもう時間が経つのも忘れて、ただただ恋に溺れた。


***


「あ、あの……カヅキさん……」


「はい?」


「その…………わたしが学校を卒業したら……そしたら……」


「僕と結婚してください、ニナさん」


「えっっ……ええ⁉︎…………は、はいっ……はい! 喜んで!」


「良かった……ニナさんが夏季休暇で御実家へ帰られるときに、僕もご挨拶に伺っていいですか?」


「はい! 勿論です! ああ、幸せ過ぎて夢のようだわ……」


いつの間にか服も乾いて日が傾きかけていた。

雨に洗われた綺麗な空の下、空の色を反射した美しい湖を渡り、2人は将来の話をしながら手を繋いで山荘への道を戻っていった。

急がないと日が暮れてしまうとわかっていても、2人で居られる時間が名残惜しくてついゆっくり歩いていると、山荘の方から従者の1人が灯りを手に駆け寄ってくる。

気遣いのできない無粋者だとカヅキが残念がっていると、従者は顔面蒼白で息を詰まらせながら声を絞り出す。


「カ、カヅキ様……つい先程、本家の方からカヅキ様にご連絡があって……それで……」


「なんだ?」とカヅキは顔を顰めた。

今日ここへ来ることは秘密にするよう命じていたはずなのに、従者が自分を裏切っていたのだと知って腹立たしかった。

しかし、そんな些細なことを気にする余裕はその一瞬だけで、続く言葉はカヅキを先程までの優しい夢から強烈に揺り起こす。


「ア、アトリ様が……本日視察中の魔石鉱山で落盤事故に遭われて……お亡くなりに……」


「……………………」


「え……? アトリ様って、カヅキさんのお兄様で……カオルちゃんの婚約者様の……⁇」


ニナの不安げな呟きも全く耳に入っていない様子で、カヅキはただ目を見開いたまま正面を向いていた。

繋いだ手はブルブルと震えて痛いほど強く握りしめられ、ひんやりと冷たく硬くなっていくのをニナは感じた。



ここまでで半分は過ぎたはず?

今月も来月も忙しいので続きはたぶん11月末とか

遅くとも年内にはこの話を終わらせたいです……

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