13.カヅキとイブキとハツハル
引き続き回想。
この島国は魔脈の恩恵を受け難い位置に在るせいか、大陸ほど魔導士が生まれない。
そのため昔から腕力の強さが幅を利かせやすく、そこに妊娠出産における女性の不利さも加わるので、国全体が男尊女卑傾向にあった。
とはいえ今時あれほど露骨にそれを口にする男がいたとは、同じ男として恥じずにはいられない。
女だけでなく、庶民に対する考え方も略奪者の思考で恐ろしかった。
当たり前に庶民を踏み台にして、地に足が付いていないことも自覚せず、穢れきった心で思い上がっているとは。
まったく不愉快である。
3人は嫌な気分のままお開きにするのも残念に思われて、小雪の舞い始めた夜空の下を散歩していると……
「私は絶対に浮気なんて必要の無い完璧で唯一無二の女性を得て、生涯その人だけに真実の愛を誓いたい」
出し抜けにイブキがそんなことを言った。カヅキも頷いて続く。
「その通りだ。幾人も女性を侍らせるより、最愛の1人を本気で愛する人生の方がずっと充実して価値がある。高潔な魂でいてこそ真の幸いは得られるものだ。妥協していい加減な恋愛ばかりするから、浮気者どもは虚しいのだろう。寄ってくるのも金目当ての打算的な女ばかりのはずだ」
そんな2人の真面目顔を、年下のハツハルは笑い飛ばす。
兄弟揃ってカヅキに劣らぬほどの美男子だが、穏やかで上品な兄とは対照的に、派手好きで目立ちたがりな弟である。
大勢の集まる場所で壁の花となりかける兄を、弟が強引に中心へ引っ張っていく場面も何度かあったくらいだ。
「妥協と打算は結婚の極意とも言うけどね。高過ぎる理想は手に負えない。手の届かない果実を酸っぱいと決めつけるのが愚かなように、甘いと決めつけるのも愚かだよ。妥協して質を量で補ったっていいじゃないか。恋愛は楽しむものさ。昔は性欲と恋の区別も無かったらしいし、進化した人間の贅沢だよ。兄上たちももっと気楽に、自身の肉体を酔わせて相手の肉体を楽しめばいい。肉体だけでなく感情がくれる刺激をありがたく楽しむんだ。己の感情を遊ぶんだよ」
「ハツハル君は、さっきの男たちの意見に賛成だと言うつもりなのかい?」
「ご心配なく。あいつらと違って、僕はちゃ〜んと女性側も大事にしているよ」
「どこがちゃんとですか。ハツハルは節操が無さ過ぎます。聞くところによると、既に相手のいる女性にまで声を掛けているそうではないですか」
「勿論、声をかける相手はちゃんと選んでるよ。夫や恋人に浮気されて自信を失くしている女性に、僕は『あなたは魅力的な女性だ』と気付かせてあげたいんだ。それで向こうが乗り気じゃないなら、無理に迫ったりはしない。僕が軽い男なのは周知されてるし、純愛を誓って裏切るより誠実で優しいよ。悪いことはしていない。仮に悪いとしても小悪党止まりで、大悪党にはならないのが僕さ」
「相手の相手はあなたを許しませんよ。自分がされて嫌なことを他人にすること、どうして躊躇しないのか。開き直りすぎでしょう」
「僕の話、ちゃんと聞いてた? 先に相手の相手が浮気している場合だよ? 自分がされて嫌なことを女性にしているのは向こうの男が先なんだ。怒る資格ある? 兄上やカヅキさんが掲げたような、最愛で唯一の女性には僕も手出ししないよ」
「ハツハル君自身は何股も掛けているそうだけど、逆に自分の相手が浮気してもいいのかい?」
「割り切った遊び相手ならご自由に。托卵の問題さえ無ければ、女性にも自由恋愛を楽しむ権利があっていいと思うけどね。流石に妻にする女性には確実に僕の子を産んでほしいから、浮気されては困るな。だから僕の自由恋愛を気にせずにいてくれて、尚且つ本人は浮気を必要としない、気丈な女性を妻にするよ。そしてその不平等は、しっかり稼いで良い生活を提供することで埋め合わせる。傷付けるのは好きじゃない。僕は上手くやる。誰も不幸にしない結婚をするよ」
怪訝そうな年上2人を前に、ハツハルは自信に満ち溢れた表情で宣言すると、更に続ける。
「ま、跡取りは実子がいいけど、養子だろうと懐いてくれるなら大切にするさ。子供っていうのは大事な手駒だからね。それこそ、カヅキさんの一族なんかはその手駒での戦略に長けている。子を良家に縁付けるだけじゃない。子に他家の子を誘惑させて良縁を妨害し、また別の子でその良縁を横取りしたりもしてきたそうじゃないか。手駒を増やすために迷子を騙して拐ったなんて噂もあるね。手懐けるために本人には親に捨てられたと思い込ませたとか……」
「おい! やめないか、ハツハル!……すみません、カヅキ君。気分を悪くしてしまいましたね」
「いや、僕自身もあの家のそういう汚さにはうんざりしているんだ。家出してしまいたいと何度思ったことか……しかし、ハツハル君。子供を手駒扱いは聞き捨てならないな。家の利益の為なら子供を犠牲にしていいと考えているのかい?」
舌を巻きかけたカヅキだったが、なんとか言い返した。ハツハルは動じない。
「誰も不幸にはしないって言ったでしょう? 政略結婚させるにしても、子供にとって釣り合う相手を慎重に選定するさ。例えば僕が娘の立場で考えれば、上り詰めた金満好色爺の第二夫人よりも、将来有望で誠実な若人の第一夫人がいい。そのくらいの思慮はある。そういう意味での妥協ができるんだよ、僕は。変な拘りが無くて柔軟。望みすぎない。バランス感覚に優れていると自負するね。器用に世渡りするし、子供にもそうさせるさ」
「はぁ……割り切って大人な考えのあなたから見て、夢見がちな私たちはさぞ幼稚なのでしょうね」
不貞腐れた様子の兄に対し、弟は嫌味たっぷりにニッコリと笑いかける。
「フフフン♪ 兄上が拘ってお嫁さんを厳選すること、僕が責めるつもりはないよ? もしも兄上が早くに死んだ時は、僕がばっちりその最高の未亡人を引き受けて差しあげますからね⭐︎」
「なっ⁉︎ なんてことを言い出すんですか! いくら弟でも言っていい冗談ではありませんよ!」
「家の財産や情報が他家に流れないように当然の策でしょう?……もー、そんなに怒らないで。本家の跡取りなんて窮屈で面倒だし、兄上のことは好きだから長生きしてほしいと思ってるよ!」
流石に揶揄いが過ぎたかと反省し、ハツハルは弟らしさを出し始めた。
生意気なところもあるが愛嬌があって憎めない青年で、イブキもカヅキも度々口先で彼にやり込められることはあっても、本気で嫌いになることはない。
「あーあ、アトリ様が死んでカヅキさんがカオルコと結婚してくれればいいのになー」
「えっ」
唐突なハツハルの言葉に、カヅキの胸はギクリとした。
「ハツハル! そういうことは口に出すべきではないでしょう!」
すぐに青ざめた兄がその肩を強く引いたが、ハツハルは飄然とした態度で続ける。
「でも兄上、言わないけれどカオルコだってそれを望んでいるに違いないよ。正しく僕らの妹は家のための犠牲だね。あの子がアトリ様に恋を覚えたことなんて一度も無いだろうよ。それにさ……あの家の頂点に立ったカヅキさんっていうのも見てみたいじゃないか? 人っていうのは抑圧された不自由な状態ではなく、自由に選択する権利を得ているときこそ本性が現れるものだしね」
「……カヅキ君。ハツハルの言葉は忘れてください。ただ……妹がアトリ様に嫁いでそちらの家の人となったら、私たちの代わりに家族として妹を守ってあげてください。よろしくお願いしますね」
真剣な表情のイブキから妹を託され、カヅキは力強く頷いた。
***
あれから数年が経ち、イブキは占いを信じて唐突に幼妻を迎え、年明けには第一子が誕生予定だ。
ハツハルはというと、既に第二夫人を迎え、第一夫人とも同じ屋根の下で良好な関係を築かせている。
両者の身内からは非難もあるそうだが、妻たち自身は不満も無く、ハツハルの宣言通り幸せに暮らしているようだ。
彼らに続いて自分もニナとの結婚を実現させよう!
カヅキは逸る気持ちをどうにか抑えながら、愛しい恋人の卒業する日を待っていた。
年が明けて春になり、カオルコとニナは女学校の最終学年を迎える……