8.初デート
翌日、カオルコの部屋。
「カオルちゃん、その話は本当かい……?」
「ええ、本当ですよ。ニナもカヅキさんのこと、随分と気に入った様子でした。ですので次の休日、2人で会ってきてください。ニナには私から話しておきますので」
「いきなり2人きりだなんて警戒されないだろうか? 異国の箱入りお嬢様なんだろう? 彼女も僕と会いたがっているだなんて、カオルちゃんが誤解しているだけってことは……」
「大丈夫ですよ。ニナと私は親友ですから。今後も色々聞き出して、私が仲を取り持ちます。その代わり、何があったか毎回詳細を報告してくださいね? どこへ行って、何をしたとか、どんな話をしたとか」
カオルコの兄に会いに来たという建前で早速ニナの情報を聞き出しに来たカヅキに、カオルコはニナがカヅキに一目惚れしたことを伝えた。
どうせいつかは誰かに奪われてしまうなら、自分が信頼のおける相手が安心だろう。
仲立ちとして役立つことで、将来も恩人として親しくい続けようという狙いもあった。
2人を1番近くで応援しながら、自分には叶えられない理想の恋愛を投影することにしたのだ。
***
休日、喫茶店前。
「お、お待たせしましたっ……すみません、わたしったら時間を間違えていたようで……」
「い、いえ! 僕が早く来すぎてしまっただけで、まだ約束の半刻前ですからっ……」
清楚な白いワンピース姿で現れたニナは、正しく天から舞い降りた女神のように見えた。
カヅキはその眩いほどの美しさに圧倒されながらも、なんとか言葉を返した。
カヅキの姿を見つけて小走りで駆け寄ったために、ニナは少し息を切らせている。
その乱れた呼吸も、恥じらって抑えようとしている様子も、なんとも可憐で愛おしい。
汗が滲んだ真っ赤な顔は、小走りだけが理由じゃないというのも既に知っている。
熱視線から逃げるように伏目がちなニナの潤んだ目が、時折チラチラと上目遣いで探ってくる度、カヅキは体の奥がキュッと掴まれるような不思議な感覚が起こる。
「あ……あの、いつからお待ちに⁇」
「僕もついさっき着いたところです。ニナさんをお待たせしないで済んで本当に良かった」
「わたしも、カヅキ様を長くお待たせすることが無くて安心しました……」
軽く握った拳を口元に運んで、ニナは控えめに微笑んだ。
そのすぐ下へ視線を向ければ、少女には似つかわしくない肉感的で大人びた体つきに釘付けになりそうになるが、カヅキはニナに不快な思いをさせまいと堪える。
先程駆け寄ってくる時には、布の下で暴れるその質量を目の当たりにして、危うく理性を吹き飛ばされるところだった。
一方で、あの光景を見られたなら敢えて店外で待った甲斐があったのも事実だ。
「様は大袈裟で落ち着きませんよ。カオルちゃんだって僕に様なんて付けません」
「は、はい……カヅキ、さん……えっと、わたしもカオルちゃんと同じで年下ですから、カオルちゃんみたいに……その……」
「敬語ではない方がいい、かな?」
カヅキが尋ねると、ニナは微かに曖昧に頷く。
「あ、あと…………」
もじもじと言いにくそうにしているニナの様子に、カヅキもハッと察する。
「……ニナ、ちゃん……⁇」
「‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
自分から求めておいていざその言葉を聴くと、ニナは恥ずかしさが爆発して顔を覆った。
カヅキまですっかり釣られて、元々熱を帯びていた顔がいよいよ湯気の出そうな程熱い。
「ははは……いや、やっぱりニナさんと幼馴染のカオルちゃんとは勝手が違いますよ……しばらくは逆に緊張しそうです」
「そう、ですか……」
ニナはホッとしたようなガッカリしたような複雑な気持ちになりながら、照れ臭そうに微笑む。
そんなニナに道行く人々の誰もが振り返るのは、外国人であること以上にその魅力的な容姿が理由だろう。
父や兄の愛人たちの中にも、これほどの女性は見たことが無い。こんな美人が自分に好意を寄せているなんて俄には信じ難いが、彼女の好意はその態度から明白だ。
今すぐにも告白したくなる気持ちを抑えながら、カヅキは目の前の繊細な女性を傷つけないように紳士的な振る舞いを誓う。
「さあ、外は暑いのでそろそろ中へ。ここの味も流行の甘味処に負けていませんよ」
「はい。カヅキさんとカオルちゃんのお勧めのお店、楽しみにしていたんです」
カヅキは恭しく扉を開けてニナを通し、ニナは大人びたカヅキの振る舞いをますます好ましく思った。
先にカオルコと下見兼練習をしていた成果である。
「あの甘味処のものと全く同じとはいきませんが、この店にも餡蜜パフェがあるんですよ。あのときカオルちゃんと食べそびれてしまったなら、頼んでみてもいいかもしれません。勿論、全然違うものを頼むのもいいと思いますよ」
「は、はい……」
席についてからも、ニナはカヅキとまともに目も合わせられずに口数少なくいた。
それはカヅキも似たようなもので、何か彼女の意に沿わないことをして幻滅されるのではないかと恐れていた。
カオルコと来た時には互いに別のものを頼んで分け合ったりもしたのだが、ニナとはそういうこともできそうになくて同じものを頼んだ。
性格は大人びていても年相応の容姿なカオルコと違い、成熟した体で大人の色香を纏わせたニナを、カヅキは年下扱いし難かった。
しばらくぎこちない時間が流れた後、2人分の餡蜜パフェは届いた。
ニナがひと匙をその小さな口に含んだ途端、艶黒子の添えられた桃色の艶やかな唇が緩み、長い睫毛に縁取られた青い目は大きく見開かれてキラキラと輝く。
可愛い人だ。そのあどけない様子にカヅキも思わず笑みが溢れる。
「ふっ……ニナさんは本当に美味しそうに食べますね」
「!……だって、本当に美味しいので……」
緊張が解けたカヅキはカオルコの助言を思い出し、ニナに留学の理由を尋ねてみることにした。
そうして話を聞いていくうちに、カヅキはニナの高い教養と感性にも驚かされることになった。
ニナは学問にも芸術にも真摯に向き合いながら、気取って鼻にかけるようなところは全くなく、ただ純粋に好きなものに夢中になっている少女で、そんな内面にカヅキはますます惹かれていった。
ニナの方も、昔から小物作りが趣味だったというカヅキの話に興味を惹かれ、2人の会話は弾み、次は一緒に工芸品展に行く約束も結んだ。
それから更に数回のデートを重ねた後、カヅキの告白をニナが受け、2人は正式に恋人同士となった。