1.破って生まれて
パリ……パリパリ……
「にゃーー。にゃーー」
昔々ある森で、1個の不思議な卵の殻を破り、1匹の不思議な魔獣が現れた。
体の大きさは既に小柄な大人くらいあったので、殻もそれくらい大きかった。
「ふにゃあ……」
そこは春の光が美しい陽だまりで、魔獣は温められた柔らかな草の上に寝転がった。
しばらく緩やかな風に毛並みを撫でさせていると、ふと大きな三角耳に水の音が聞こえてくる。
生まれたての魔獣には、何故か最初からそれが水の音であることがわかっていた。
「にゃ♪」
喉が渇いた魔獣は後ろ足で立ち上がり、さくさくと草を踏む音を楽しみながら山道を進んだ。
***
二足歩行の魔獣が斜面を下っていくと、谷間の川へと辿り着いた。
水の音は川のせせらぎだったのだ。
ぴしゃぴしゃ……ぱしゃぱしゃ……
「にゃ?」
川で喉を潤した魔獣が顔を上げると、対岸の斜面に四足歩行の別種の魔獣の群が見えた。
別種の魔獣たちは、平たい歯で一心不乱にその辺の草をすり潰しながら食べている。
「……」
二足歩行の魔獣は、やっぱり自分も前足を使って歩くことにした。
試しに草も食べてみたが、あまり美味しいとは思わなかったのですぐにやめた。
そういえば最初に目覚めた場所に食べ物の用意はなかったのかしら?
そう思った魔獣は引き返すことにした。
***
「にゃにゃっ⁉︎」
「「「みゅみゅっきゅー!」」」
最初の場所に戻った魔獣は驚いた。
さっき見かけた魔獣たちとはまた別種の毛むくじゃらの小さな魔獣たちが数匹、自分の卵の殻をどこかへ運んでいこうとしていたのだ!
『あの、あの……それはワタシの卵の殻にゃ……』
『まだいる?』
『ええと……まだ使い道がわからにゃくて……』
『ちょうだい、ちょうだい。これ、シュシュたちのお家の壁材に混ぜたら強度が得られそうなの』
『シュシュ?』
『自分たちの種族名。あんたなあに?』
『ワタシは……わ、わからにゃいにゃ……』
『お名前はあった方が便利なの。そういえば今この山に人間が来てるの』
『人間?』
『仲良くなったらお名前以外にも色々教えてくれるかもなの。……ねぇ、いいこと教えてあげたからこれ貰っていい?』
『にゃ?……ど、どうぞ……』
『ありがとー!……気をつけてね。もし人間に嫌われたら、殺されちゃうかもしれないから』
『にゃ‼︎⁇』
各々にゃあにゃあ、みゅうみゅう、きゅうきゅう……と、だいたいそんな内容の異種間会話を交わしたのだった。
シュシュたちが逃げるように殻を持ち去っていった後、独りぼっちの魔獣は人間について色々訊きそびれたことを嘆いた。
知りたいことはたくさんあるが、殺されるくらいなら会いたくないと思った。
***
その後も森を彷徨いながら幾種類かの魔獣の群や巣を見かけたが、自身と同種には出会えなかった。
そして……
ギエエエエエエエエーーッッ…………
夕刻の迫った森に突然何かの断末魔が響いた。
何があったのだろう? まだ助けられるかしら? どんな敵がいるのだろう? ひょっとして人間かしら?……
どうしても気になった魔獣は、様子を確かめに恐る恐る声のした方へ向かってみた。
そうしてすぐに後悔した。
血の匂いと咀嚼音のする茂みの向こう……大型の肉食魔獣が、別の魔獣をギザギザの歯で食い破いているところだったのだ!
「ッ‼︎」
ふと肉食魔獣と目が合った気がして、覗いていた魔獣は走り出した!
4つの足でしっかりと地面を蹴って走るのは、後ろ足で立っていた時よりもずっと速く走れる気がして、昼に見た四足歩行の魔獣に感謝した……さっき食べられていたのがそうであった気もしつつ。
***
ガササササッ‼︎ ズザァーーーーッッ……
「ぎにゃあ⁉︎」
闇雲に駆け続けた魔獣は、生い茂った長い草のせいで小さな崖を見落とした。
落ちた勢いでごろごろと転がって、怪我はしなかったものの、毛皮はボサボサで汚れまみれだ。
川の音がする……せっかく近くへ来たのなら中へ浸かって洗おうかしら?
長い毛に絡んだ葉っぱを前足で器用に除きつつ、魔獣は川の方を見た。すると……
「お前は何者だ?」
凛とした良く通る若い声の二足歩行者が、杖を構えて真っ直ぐに魔獣を見据えていた。
魔獣にとっては初めて会う生き物のはずなのに、何故か一目見ただけで人間であることがわかった。
茶色いローブに身を包んだ黒髪黒目の人間は、毅然とした態度でもう一度問う。
「お前は何者だ?」
「にゃにゃにゃ……ワ、ワタシ、ワタシは……」
「!」
魔獣は人間に合わせるように、自分ものそのそと後ろ足で立ち上がってみせた。
途端に人間が表情を険しくして、杖の先に魔力を集める。
『人間に嫌われたら、殺されちゃう』
シュシュと名乗った毛玉魔獣の言葉を思い返し、臆病な魔獣はぺたりと耳を伏せてぎゅっと地面に丸まった!
次の瞬間……
バシュゥゥ……‼︎
グオオアアアアアアーーーーッッ‼︎‼︎
ズシーーン‼︎
魔獣の頭上を衝撃波がかすめ、背後から咆哮に続いて地響きが伝わってきた。
「にゃ? にゃんにゃ⁇」
「…………」
震える魔獣が丸い目で見上げる横を、人間はスタスタと通り過ぎて奥の茂みへ消える。
ガササッ‼︎
「お前、こいつは仲間じゃないんだね?」
「にゃ?……ニャッッ⁉︎⁉︎⁉︎」
人間に話しかけられた魔獣は、茂みの向こうを覗いて悲鳴を上げた。
そこにはさっき見かけた肉食魔獣の、より大型な個体が倒れていた。
頭部を砕かれ、既に絶命している。
「お前にはいくつか確かめたいことがある。でもその前に、これを運ぶのを手伝っ……おい⁉︎」
人間は魔獣を振り返って、呆れた。
恐怖が限界に達した魔獣は、泡を吹いてひっくり返っていたのだ。
「やれやれ……かえって運ぶものが増えたじゃないか……」
人間は溜息を吐くと作業に取り掛かった。
体毛の色は迷っちゃって決められなかったのでご想像にお任せします。
換毛期の度に色を変えられる設定なのでたぶん各話変わってます。