1.花笑みの少女
遡ること10年以上前……
大陸から東の海に浮かぶ小さな島国で、カオルコは女学校に通う生徒だった。
1年生の秋。校舎裏。
「あらやだ。まだ掃除時間は終わってないのに、カオルコさんったら1人でもう休んでる」
「お嬢様は掃除なんてしたことないんでしょうね。こんなのは使用人の仕事だと見下してるのよ」
「今日もゴミ捨てはカオルコさんに行かせましょう。少しは庶民の苦労を知るべきだわ」
ヒソヒソ……
掃除時間開始から黙々と竹箒で掃き掃除を続けていたカオルコは、見える範囲の落ち葉を集め切ってようやく一息付いたところだった。
それだというのに掃除時間も終了間際、やっと担当場所に来た女学生たちはカオルコに向けて聞こえよがしに陰口を叩く。
いっそ面と向かって言ってくれれば言い返す機会にもなるのだが、陰険な卑怯者どもは言い返されればしらを切り、剰え言い掛かりを付けられたと被害者面するつもりでいるのだからタチが悪い。
然し乍ら彼女たちの結束は欺瞞によって成り立った見せかけのものに過ぎず、親分格の1人が欠席した日には残りの者たちは真面目に清掃に励み、こちらに対して気遣う言葉までかけて自らゴミ捨てに行くのだ。
「いつもの態度は本意ではないので、自分たちは言いつけないでくれ」と、言外にそう滲ませながら。
今日のところはいつものようにさっさと帰ってしまうので、仕方ない。
「木端役人の娘風情が調子に乗ってみっともないこと」「ゴミから生まれたゴミ子さんはゴミに近づき過ぎてはゴミへ還りかねないのでしょうね」などなど……腹の内では饒舌に罵りながら、無口なカオルコは集めた落ち葉をゴミ袋にまとめ、1人で焼却炉へと向かう。
教育内容の刷新に時間がかかる学校で、時代遅れな授業を有象無象に合わせた進度で受けることに、家庭教師から個人的に習う以上の価値などあるのだろうか?
社交性や協調性を養うためにしても、忍耐力を試される内にますます性格が歪むことだってあるだろうに……
そう恨みながら歩いていく間にも、学校裏の落葉広葉樹林から落ち葉が降り込み、カオルコの足下でクシャリと音を立てる。
まったく忌々しい!……無性に腹立たしさを覚えたカオルコは、足を捩って枯葉をバラバラに踏み潰した。
そのとき……
「あっ……ふふふ。また会えたねぇ」
先に焼却炉の前へ来ていた隣の組の生徒が、腰まで伸びたブロンドヘアーをふわふわと揺らしながら振り返った。
育ちの良さを思わせるたおやかな仕草。天然な性格の表れたおっとりとした甘い声。
白い肌に艶黒子。青いタレ目に長い睫毛。スラリと伸びた長い脚。制服がはち切れんばかりの豊満な胸……
類稀なる美少女。水の国からの留学生ニナだ。
彼女も自分と同じような不遇を受けていることは、カオルコもなんとなく見聞きして察していた。
単に異国人だからというだけでなく、恵まれ過ぎた女であることが彼女の孤立を手伝ってしまうのだろう。
弱者は全てが平等ということにしないと居場所が無いから、平等ではない圧倒的に優れた者を逆に劣悪で間違ったもののように扱って保身したがるのだ。
流石に気後れする相手ではあるが、愚痴のひとつでも溢してくれれば、傷の舐め合いをする相手になるかもしれない。
「……あなたも毎日ゴミ捨て当番を押し付けられて嫌になるでしょう。わざわざ留学までしてこの国に幻滅しないか心配だわ」
ところがカオルコの期待に反し、ニナはにこにこして首を横に振る。
「わたし、嫌だなんて思ったことないよ? 毎日じゃなくて代わってくれる日もあるし、それに……ほら!」
ニナに促されるままカオルコも裏山を見上げると、強い風が林を揺らした。
様々に色付いた木々がザワザワと音を立てながら、秋晴れの高い空の下、形も濃淡もそれぞれ異なる彩を放っていく。
放たれたひとひらの彩をニナは器用に空中で捕まえ、真っ赤に染まった楓の葉をカオルコの胸ポケットに挿して微笑む。
「この辺りだけ紅葉のタイミングが遅かったみたい。きっと今が1番の見頃だわ。この国に来て、今日ここにゴミを捨てに来たおかげで、こんなに美しい景色をあなたと一緒に見ることができたの。わたしは本当にラッキーだし、ますますこの国が大好きになったわ」
落ち葉の舞い散る中を花が綻ぶように笑うニナは、どんな絶景さえ霞むほどに美しかった。