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10.願いごと

星見祭りの翌朝。温泉宿、居住棟。


「ほらほらモモちゃん、早く早く! モモちゃんに見せようと、徹夜で用意してたらしいよ!」


「勝手に撤去しようとしたダーリンなら、カオルちゃんがしっかり叱ってくれたから安心よ〜♪」


「……私たちの中に反対者はいません。あとはモモちゃん自身が決めることですよ。頑張って」


「え〜……なあに〜⁇」


疲労と気まずさで遅めに起きてきたモモは、居間の端で縮こまっている父の前を横切り、サクラたちに促されるまま縁側へ出た。

中庭を見ると、終わったはずの星見祭の笹飾りがまだ立てられてあり、笹の隙間を埋め尽くして反対側が見えなくなるほど大量の短冊がぶら下がっている。


「モモさんっ‼︎」


「ひゃあぁっ⁉︎」


ガサササッ……


不意に目の前の笹飾りが喋ったかと思うと、その後ろから土台を抱えたコテツが現れ、笹飾りをよりモモの近くへと押し出した。

昨夜の一件後、モモは心配して迎えに来た両親と共に帰宅することになり、村長へ魔物の報告に行ったコテツとは浜で別れてしまった為、落ち着いて会話をするのは一晩振りとなる。

今日はちゃんと切り替えて平静を装うつもりでいたのだが、このように不意打ちを喰らってしまうとそれも難しい。

オロオロして表情の整わないモモを、コテツは熱血漢の真っ直ぐな眼差しで見つめる。


「俺の願い、星ではなくモモさんに叶えてもらいます‼︎ よろしくお願いします‼︎」


「⁇⁇」


ガサガサと目の前で激しく主張してくる短冊を確認してみると、どれも見慣れたコテツの筆跡だとすぐにわかる。

その内容は『モモさんを幸せにしたい』『モモさんと結婚したい』『モモさんと新居で暮らしたい』『毎日モモさんの笑顔が見たい』『モモさんと生涯連れ添いたい』『毎晩モモさんと同じ布団で眠りたい』『モモさんの水着写真が欲しい』などなど……

モモに関することばかり、中にはちょっと人目を憚るような欲望がだだ漏れているものも散見する。


「好きです、モモさん! 生涯愛し続けることを誓います! 浮気なんて絶対しないと断言できるし、妻の気持ちを大事にする良き夫で居続けます! だから、今俺が建てている家が完成した暁には、俺と結婚して夫婦としてそこで一緒に暮らしてください! 診療所へは今より遠くなりますが、モモさんの研究室兼書斎を広く作ったり、庭に薬草用の畑も用意したり、満足してもらえる家に仕上げてみせます! 子供はたくさん欲しいですが、それについてはモモさんの心と体を優先します! 必ず幸せにします‼︎ 俺を信じてください‼︎」


「ええええぇぇ〜〜っっ」


敷地外まで筒抜けになりそうな大音声でプロポーズされ、モモは火傷しそうなほど顔を真っ赤にして狼狽えた。

居間では娘を手離すのを惜しむカヅキが何か口を挟みかけたが、コテツをモモの伴侶に推す妻たちが視線で黙らせてしまう。


「モモさん……っ」


中庭のコテツは縁側に立つモモの手を左手で取り、懇願するように見上げる。

すると、そんなコテツの頬にポツポツとモモの目から温い雫が降りかかる。


「コテツくんは優しいからぁ、同情でモモのこと好きになろうとしてくれてるんでしょ〜? モモのこと赦してくれて、それでもモモが苦しんでるから救おうとしてくれて、自己犠牲で結婚までしようとしてるならぁ、モモはそんなの辛いだけだよぅ……」


「同情や自己犠牲のわけないです! なんでそんな風に言われるのか、俺には訳がわかりません!」


「だってコテツくん、本当はモモのこと苦手だもん〜っ! 引っ越した後久しぶりに会ったら急に敬語になってたりぃ、モモが話しかけると目を逸らしたりぃ、モモが触ったらビクッてしたりぃ……」


「それはモモさん好きすぎて緊張のあまり挙動不審になってただけですってば! だからその辺もちゃんとしようと思って、今回村に来てからは俺なりに努力も……」


「だからぁ、その努力って無理して好きになろうとしてるだけでしょお?……モモのせいでコテツくん利き手無くなっちゃって、世界一の冒険者の夢どころか人生だって台無しにされて、そんなの本心から赦せるわけないもんっ……モモのことなんか、素直にキライでいいよぉ! そんなことでコテツくんが悪いことにはならないもん。モモが悪いだけだもん……」


「俺の人生、勝手に台無しにしないでください! 叶わなかった夢よりも、今はもっと叶えたい夢があるんです!」


コテツは左手で引き寄せたモモの手に右手の義手を重ね、力を込める。


「確かにこれまで色々失敗して思い通りじゃないことも多いですが、そんな今だって俺には大切に築いてきた誇らしい今なんです。世の中全ての不幸に価値があるなんて暴論は言いませんが、少なくとも俺は俺自身のあの出来事について納得しています。あの経験が無かったら、慢心してもっと多くを失った可能性だってありますし。それに、あの時のことで『俺はいざという時、大切な人の為に動ける人間なんだ!』って自信が付いたんです…… 俺の世界の中心はモモさんで、モモさんに認めてもらうことこそ俺にとっての世界一なんです!」


「……う、嘘ぉ〜……コテツくんの本当に1番大切な人は、モモなんかじゃないもん……っ」


「何故そこまで頑なに信じないんですか⁇ 俺の現状数少ない不幸や後悔といえば、モモさんがあの出来事で俺以上に傷付いていること、心を閉ざしていることです。こんなに言葉を尽くしているのに、まだ足りないなんて…………」


意地を張り続けるモモに、困り果てて溜め息を吐くコテツ。

しばらくの沈黙の後、モモがポツリと声を出す。


「お手紙ぃ…………」


「えっ」


「モモには、たま〜にちょっとしか、くれてなかったもん……サクラには、しょっちゅうたくさん、くれてたもんっ」


「あ……」


涙目のモモがぷいっと背けた横顔は耳まで真っ赤で、膨らませた頬は美味しそうな果実の桃を思わせる。

珍しく吊り上げた細い眉。拗ねた子供のような怒り顔……モモのこんな表情を、コテツは初めて見た。


「モモさん、それでヤキモチを……?」


「モモ、嫉妬なんかしないよぉ。コテツくんと付き合ってないし、モモにそんな権利ないもんっ」


モモはすっかり後ろへ顔を向けながらも、コテツの手は振り解こうとしない。

ぷるぷると小刻みに震えている姿は、溢れ出そうとする感情を必死に堪えている様でいじらしい。

コテツは確かな手応えを感じつつ、あと一歩、せっかくなのでカッコいい決め台詞を思案してみる。

そんなとき……


「モモちゃんっ! これ、わたしの代わりに捨てといて!」


ドサァァッッ‼︎‼︎


たった今部屋から抱えて戻った風呂敷包みを、サクラは居間の中央へ雑に落とした。

落下の衝撃で結び目が解け、詰め込まれた中身が勢いよく畳の上にぶち撒けられると、モモはコテツの手を離れてそちらへ行ってしまう。


「あっ、おい、サクラ! 邪魔するなよ‼︎…………って、あ、あれはまさか……⁉︎」


憤慨して縁側へ上がり込んだコテツだったが、居間でモモやその家族たちが拾い上げて読んでいるものに気付くと、急速冷凍されたが如くその場に硬直する。


「ず〜っと邪魔だったんだけど、モモちゃんは見たいかもしれないから一応残してたの。はぁ〜、これでやっと引き出しが空く……」


「あらあら、まあまあ……どれを読んでもモモちゃんの名前が出てくるわぁ♡ これなんてモモちゃんの良いところ百選ですって〜。わたしもダーリンで書いてみようかしら〜」


「こちらは両面書きと思ったら、モモちゃん用の下書きの裏を再利用したようですね。偶像崇拝が過ぎて狂気の域にも思えますが、時間と気力を費やした分、想いはより強固に本物となっていくとも言えます。……純愛系ホラーですか」


「よく見たら封筒も便箋も、今までモモが貰ってたのと全然違う……? モモにくれるのは、いつももっとお洒落で良い香りも付いてたし、書かれてる字も全部綺麗だったよぅ……⁇」


居間にて一家の目に晒されているのは、コテツがそれまでサクラに宛てた夥しい量の手紙であった。

内容は専らモモのことで、近況を詳細に尋ねたり、贈り物の相談をしたり、恋敵の排除を望んだり、次に送る手紙の添削を頼んだり、とめどない萌え語りであったりする。


「コテっちゃんがモモちゃんの前で不自然なのって、わたしがローレンさんの前でぶりっ子するのと似たようなものなんだよ。好きな人の前だから、自分を取り繕ったり、いっぱいいっぱいになっちゃったり。普通じゃないんだよ、特別だもん」


「確かに、ここにある手紙は量的にも内容的にも異常ですね。サクラはよくこれに耐えたものです」


「あらぁ、カオルちゃん厳しい〜」


母子たちは和気藹々とプライバシー侵害を楽しんでいる。

そんな中、他の紙とは違うピンク色の紙が紛れ込んでいるのを見つけてしまったのは、よりによってモモの父カヅキだ。


「この紙は他と様子が違うな。えーと、なになに……『春を待つ柔らかで繊細な蕾を開かせるかの如く、俺の指でそっとモモさんの温かな……』……んん⁉︎⁉︎⁉︎」


ズザザザーーーーッッ‼︎‼︎


「おあーーーーっっ⁉︎⁉︎⁉︎ ななななんでこれがこんなところに⁉︎」


コテツは畳の上で全力スライディングを決め、カヅキの手からピンクの1枚を奪取すると、サクラを見た。


「こっちが知りたいわよ。そそっかしいコテっちゃんのことだから、どーせ間違って混入しただけだろうけど。せっかく無かったことにして返信で触れないでおいたのに、結局裏目に出ちゃったかー」


サクラ宛の封筒にうっかり混入していたピンクの紙……それは、コテツがモモに会えない心の慰めに、しこしこと書き溜めていた妄想小説の1ページであった。

それも、よりによって年齢制限のかかるような場面。


「コテツ君ッッ‼︎ 君が僕の娘でこんなものを書いていたなんて……ッッ‼︎」


「いや、あの、その、書きましたけど、かいてませんっていうか……そのページに関しましては、ずっと行方不明で、俺の手元に無かったもので……えーと、何卒ご容赦くださいますよう……」


「問答無用ッ‼︎」


カンカンに怒ったカヅキが立ち上がり、わなわなと震える手でコテツへ掴みかかろうとした。

だが、それより早く2人の間にモモが割って入り、今度はモモからコテツの手を握る。

すべすべと柔らかなモモの両手が、コテツの両手をふんわりと包み込み、グッと胸の前へ引き寄せる。


「コテツくんっ! あの……あのねっ、モモ、きっとコテツくんの理想通りじゃないとこも多いよぉ? サクラが手紙でモモのこと良く書いてて、それで期待してるだけなら、これからいっぱいガッカリするよぉ?」


「そんなことありません! 寧ろ、言葉では伝え切れていなかったモモさんの生の魅力が理想も期待も超えていって、会う度ますます夢中になってるんです! 俺はモモさんの虜なんです!」


「本当に本当っ⁉︎ モモっ、モモねっ、年上だけど全然頼りないよぅ? それでもい〜い? モモ、コテツくんにいっぱいいっぱい甘えちゃってもい〜い?」


「はい! 喜んで‼︎」


「わぁい♡ モモ、コテツくんのお嫁さんになる〜」


むぎゅうううう‼︎


コテツの返事にモモは歓喜の抱擁を返す。


「えへへ〜……モモ、女のコにはよく抱きついてたけど、男のコの体ってやっぱり全然違うねぇ……硬くてゴツゴツしてるぅ〜……ねぇねぇ、コテツくぅん? モモ、男のコとどうやって恋愛したらいいかまだよくわからないからぁ、これからコテツくんがモモに色〜んなコト教えてねぇ♡」


「………………」


「あれぇ⁇ コテツくぅん、お返事は〜⁇」


ゆっさ、ゆっさ……


「モモちゃん、コテっちゃん気絶してるよ。刺激が強すぎたんだよ」


「えぇ〜〜⁇ なんでぇ⁇ モモ、そんなに強く絞めてないよぉ⁇」


「あらあら、うふふ〜♡ こっちはダーリンが動かなくなっちゃったわぁ♡」


「モモちゃんは若い頃のニナにそっくりですし、特にショックが大きかったのでしょう。見苦しい父親ですね」


モモの背後では、妻2人に取り押さえられたカヅキが放心していた。

居間がそんなことになっている間、厨の方ではローレンとティアが弁当を作っていてくれて、朝食を食べ損ねた者たちも各々それを持って職場へ向かう。


広場でモモたちと別れ、コテツはひとり、今日も村の南地区で新居の建設に取りかかる。

心に描いた青写真は昨日よりもキラキラと煌めいて、その実現する日も近いだろう。



両想いだから良かったものの片想いだったらヤンデレストーカー化確実なのがコテツ。

コテツ編は次のカオルコ編の前振りでもあるので、コテツにはカオルコ編の男たちと逆な要素を多く詰め込んであったりします。


カオルコ編は確実に長くなる上に現実の用事も色々あるので次回更新時期は未定です……

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