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9.子供の過ち

10年ほど前。大陸のとある外国人村。


「おれはしょーらい、セカイイチのボウケンシャになるっ‼︎」


「「…………」」


ちょうどいい木の棒を手に入れた少年コテツは、それを振り翳して意気揚々と宣言した。

そんなコテツの期待に反し、彼と同じ島国の血を引く幼馴染少女2人の反応は薄い。


「どんなマモノもぶったおして、どんなダンジョンもコウリャクして、すっごいおたからゲットして、サイキョーでサイコーのボウケンシャになるんだぞっ! スゴイだろ⁉︎」


「えっ……あ、うん。すごい、ねぇ? コテツくん……」


コテツが棒を振り回しながら更に熱弁すると、大人しい少女モモは戸惑いながら同意した。

しかしその隣、コテツの母方の従姉でもある生意気な少女サクラは鼻で笑う。


「ばっかばかしい。コテっちゃんのいうことなんかムシしよ、モモちゃん」


「なんだと、サクラ! ユメってのはダイジなんだぞ! ヒトのユメをバカにするほうがバカなんだからな! バーカ!」


「だって、そんなユメかなうわけないじゃん。セカイイチとか、サイキョウとか、サイコウとか、なんでも1ばんっていいたいだけで、どうやってなるのか、なにがそうなのか、ぜんぜんグタイテキじゃないもん。コテっちゃんはおこちゃまだなぁ」


「むむっ! じゃあサクラはどんなグタイテキなユメがあるっていうんだよ? いってみろよ、グタイテキに!」


「わたしのユメはふつうのオヨメさんだもんっ。おりょうりやおさいほうをがんばって、おんなのこらしくカテイテキであたりまえのコウフクをてにいれるの。いつかホワイトドラゴンにのったやさしくてイケメンのおうじさまがむかえにきてくれて、おはながいっぱいのステキなおしろでエイエンのアイをちかうんだから!……どお? カンペキなけいかくでハンロンのヨチもないでしょ!」


「ツッコミどころがおおすぎてわけがわかんないぞ……」


得意気にふんぞり返っているサクラに、コテツは憐みの目を向けた。

それから、その隣でオロオロ困っているモモへと目を移す。


「モモは⁉︎ モモのユメもおしえてくれよ!」


「ふぇっ⁉︎ モモ……⁇ え〜っとぉ……モモはねぇ…………えっとぉ……」


「モモちゃんはわたしたちより1さいオトナだもんね。おこちゃまのコテっちゃんにはむずかしいユメなら、おしえてあげなくてもいいとおもうなー」


「ええー⁉︎ そうなのか、モモ⁉︎」


「そっ、そんなことないよぅ……モモは……モモのユメはぁ……」


じぃぃぃ〜〜っっ


「はぅぅ……」


年下幼馴染2人から期待の眼差しを一身に浴びせられ、気弱なモモはすっかり萎縮してしまった。

顔を赤くして俯き、口ごもる美少女モモ。そんなモモの顔を無理矢理覗き込んだコテツは、潤んだ桃色の目と目が合った瞬間、全力で勘違いしてしまう。


「よぉーし、わかった! じゃあいまからもりへタンケンにいって、おれがしょーらいリッパなボウケンシャになれるってショーメイできたら、モモのユメをおれにだけおしえてくれ! サクラにはいわなくていいから!」


「えぇ〜〜っ! なにそれ、かってにきめないでよ⁉︎ モモちゃんのユメ、わたしもしりたいもんっ」


「ジャマするなよ、サクラ! サクラなんかほっといて、モモはおれとふたりでタンケンにいこう! どんなマモノがでても、おれがぜったいモモをまもってやるから!」


「えっ……あのっ……」


コテツはモモの手を引っ張って、ズンズンと歩き出した。

すると、サクラもすぐその後に付いてくる。コテツをバカにする割には、探検ごっこに興味津々なのだ。


「サクラはくるなよ!」


「コテっちゃんじゃなくてモモちゃんとあそびたいだけだもんっ。ねっ、モモちゃん! わたしもいっしょにいっていいよね?」


「あっ……う、うん……」


空いてる方の手もサクラに掴まれ、モモは反射的に頷いた。

モモの返事に満足したサクラは、コテツに負けじとモモの隣にぴったり並ぶ。


「ほらっ、モモちゃんもいいっていってるもん! わたしもいくからね!」


「しかたないなー。サクラもきていいけど、あしでまといにだけはなるなよなー?」


こうして木の棒を携えた小さな勇者コテツは、可愛いヒロインと小煩い従姉を連れた3人パーティで、近所の森へと大冒険に赴いたのである。


お淑やかで優しく可愛らしいモモに対して、コテツは以前から特別な感情を抱いていた。

いつも一緒にいたい、できれば独り占めにしたい……モモを自分のお嫁さんにすれば、それが叶うはずだ!

今日の探検ごっこ中にモモにカッコイイところを見せられれば、照れ屋なモモでも気持ちを抑えられなくなって「コテツくんのおヨメさんになりたい♡」とハッキリ言ってくれるに違いない!

自分はヒーローでモモはヒロインなのだから……無謀にも夢を信じる幼い心で、コテツは根拠も無く全てが理想通りになると確信していた。


一方のモモはというと、魔物が出るかもしれない森へ子供だけで探検に行くことが、内心怖くてたまらなかった。

それでも他の2人に対して水を差すことができないほど、当時のモモは気が弱い子供だったのだ。

本当は将来の夢など考えたことも無く、ただただこの状況に困窮し切っていた。


***


同日、夕方前。暗い森。


「ねー、もー、あきたよ。おなかすいたし、はやくかえろー?」


「ぐぬぬ……こんなはずでは……!」


出発から数時間……子供たちだけの小さな大冒険は、魔物との戦闘も宝物の発見も無く、ただただ草の茂ったでこぼこ道を歩き疲れただけで、打ち切りを迎えようとしていた。


「つまんなかったけど、やっぱりマモノにはあわなくてよかったよ。モモちゃんも、もうかえりたいよね?」


「うん……あ、あのねぇ……モモ、いいにおいのクサみつけたから、たからさがし、これでまんぞくだよぅ?」


「ハナよりもクサがいいなんて、モモちゃんかわってるね」


「へんかなぁ?」


「それでいいよ。モモちゃんがきにいったものなら、きっとステキなたからものだもん。それに、やくそうならおかーさんもあつめてるよ」


「うんっ……いえにかえったら、カオルコさんにみせたいんだ〜。やくそうだったらいいなぁ」


親し気に話すモモとサクラを横目に、コテツは木の棒で草むらを叩いて不貞腐れていた。

結局モモには何ひとつ良いところなど見せられず、時々発せられるサクラの小言にプライドを傷付けられるばかりだったのだ。

かといって、これ以上引き留めて何の成果も挙げられなければ、余計に失望されて格好がつかない。


何か出てきてくれれば良かったのに……

不謹慎にもそんなことを思いつつ、コテツも引き返そうと踵を返したときだった。


ガサガサガサガサッ‼︎


突然、風も無いのにコテツの背後の草むらが大きく音を立てて揺れ出した。


「なにかいる‼︎」


緊迫したコテツの声にモモとサクラが振り返ったその直後、草むらからゆらりと鎌首をもたげたのは、全長2メートル近くあるジャドージャだ!


「ッッにげろぉ‼︎‼︎」


コテツは叫んだ。見た瞬間、敵う相手ではないことを悟らずにはいられなかった。

それは他の2人も同じで、3人はすぐにその場から逃げ去る……はずだった。


「ひっ…………あ、あぁ…………」


しかし、ジャドージャの鋭い眼光に捉われたモモは、恐怖で身が竦んで動けなくなってしまう。

逃げ遅れたモモに狙いを定めたジャドージャは、ぬるりとした動きで素早くその前までやって来ると、すぐには襲い掛からず、モモを見下ろしたまま、何かを探るように二股の舌を繰り返し出し入れしている。

モモには時が止まったかのように長く思えた、その数秒間の後……


バキィィッ‼︎‼︎


「モモからはなれろォォッッ‼︎‼︎‼︎」


動けないモモに気付いて駆け戻ってきたコテツが、ジャドージャの頭に力いっぱい木の棒を叩きつけた。


「モモ‼︎ にげるぞ‼︎」


コテツは折れてしまった木の棒を投げ捨て、モモの背中を押す。

次の瞬間……


ブシャアアァァーーッッ‼︎‼︎


「ぎゃああああ‼︎‼︎‼︎」


「コテツくんっ‼︎‼︎‼︎」


ジャドージャの口から勢いよく噴き出した毒液が、コテツの右手にかかった。

ギトギトした毒液は悍ましい臭いを放ちながら、幼いコテツの薄い皮膚の内側へと浸透していく。


「あああああ‼︎ ううッッ‼︎ にげろにげろにげろおおお‼︎」


焼けるような激痛に悶えながらも、コテツはもう一方の手をしっかりモモと繋ぎ、がむしゃらに森を走り抜けた。

森の入口では先に逃げたサクラが呼んだ大人たちが待っていて、コテツはすぐに診療所へと運び込まれた。


「これは酷い……手はもう無理だ‼︎ これ以上毒が広がる前に、一刻も早く切り落とすしかない‼︎」


診療所には当時まだ見習い中のカオルコもいて、他の保護者たちもすぐに駆けつけた。

気絶するまで続いていたコテツの泣き喚く声も、医師の残酷な宣告も、切断器具の恐ろしい音も、コテツの親の悲痛な嘆きも、モモとサクラは親たちの腕の中でずっと泣きながら聞いていた。


後から知ったことだが、あのときモモが手にしていた薬草には、ジャドージャの毒を分解する成分が含まれており、モモがすぐに襲われなかったのもそれが理由だったらしい。


実際モモが手にしていた量の未加工の薬草で、あの場でどれだけのことができたかはわからない……

しかし、モモの中では「あのとき自分に薬草の知識があれば、コテツの利き手を切断させずに済んだかもしれない」という後悔が強く残り、以来モモはカオルコの下で薬草学の勉強に励むようになったのだった。


義手は高性能な物も多く、体内魔脈と繋ぐことで本来の手の如く機能させることもできたが、成長期の間はどんどん合わなくなる為、コテツは幼い時間の大部分を利き手を失ったまま過ごした。

それでも、もう片方の手も利き手と同様に使えるように特訓したし、手以外の全身の鍛錬も怠らなかった。

体内魔脈の定期検査でわかったことだが、コテツの体内魔脈は体外の魔力に干渉するような適性こそ低いものの、自身の身体能力強化のみに限定すればかなりの才能が見込めるものだった。


そのことはコテツが世界一とは言わないまでも優秀な冒険者になれた可能性を示しており、モモにとっては、「自分がコテツの将来の夢まで潰してしまった」と、より強い責任を感じる理由にもなった。

皮肉にも、その一件をきっかけにモモ自身は薬師になるという夢……もとい、使命を見つけたのであるが。


カヅキたちは今の村へと引っ越した理由を、新しく好条件な仕事場を得たことや、自身に関する噂話から逃げる為としていたが、実のところ、モモがこれ以上辛く感じないようにコテツと距離を置かせたいというのも大きかった。

そしてそのことはモモ自身も痛切に感じていた。


引っ越し後のサクラは、成長したことによって視野が広がり、自身を客観視できるようになり、幼い頃よりも慎みのある性格に落ち着いた。

一方モモは、不安定な内面を誤魔化すように、また大人しすぎて虐められていた過去を打ち消すように、妙にフレンドリーで過剰に甘えたがる女へと変貌したのだった。



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