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8.手

ポロリもあるよ!

数分後、村の海辺。


教会西側の浜へ降り、村の北端へ向かった先。

コテツが磯の洞窟に入るとすぐ、奥の方に小さくランタンの灯が揺れるのが見える。


「おーい! 無事かー?」


「わああ⁉︎ フシンシャ‼︎」

「出たあ⁉︎ ヘンシツシャ‼︎」


「どっちも違う! 失礼な!」


濡れた岩場と下駄との相性の悪さをものともせず、コテツは軽快な足取りでナナの兄と姉の下へ辿り着いた。

コテツの身軽さに感心しつつ、ニヤニヤしている悪ガキ2人。

その余裕ぶりから察するに、肝試しは恙無く進行していたのだろう。


「だれかとおもったら、モモねえのストーカーじゃん! シンリョウジョのうえこみは、のぞきのためのものじゃないぞ!」


「しばらく村にきてなかったのに、さいきんまたつきまとってるらしいね! モモねえかわいそう……」


「全く生意気な……! はぁ……いいから帰るぞ。ここは村の外れだし、夜には危険な魔物が出てくる可能性がある。お前たちの妹は、こうしてる今も本気で心配してるんだからなっ」


「ナナのやつ、よけーなことを……」

「ナナってば、空気よめてなーい」


「はぁ〜……」


残念ながらどちらも説教が必要な困った子供のようだ。

しかしその責任は保護者にでも任せるとして、コテツは2人を連れ帰る任務に集中しようと決めた。


「おい、ストーカー! おんぶ!」

「やい、ストーカー! だっこ!」


「ストーカーに頼む内容じゃないだろうが……」


厚顔無恥の極めぶりに心底呆れながらも、それで手っ取り早く連れ帰ることができるならいいのかもしれない。

そう思ったコテツは子供に手荷物を預けると、両手を空けて身を屈めた。

しかしその直後、洞窟の横穴から何かの接近する気配に気付く。


「しっ! お前たち、俺の後ろに下がれ! 俺がいいって言うまで絶対に動くな」


「なんだよ? ビビらせようっての?」


「何もいないじゃん? ウソつきっ」


「…………っ」


シャアアアアーーッッ


ドスッ‼︎


横穴から飛び出してきた者の正体を瞬時に見極めたコテツは、護身用の短刀でそいつを一突きにした。

喉を刺された魔物は牙から毒液を撒き散らそうとしたが、その行動を読めていたコテツは魔物の頭部を岩壁に叩き付け、右手で押し潰すように口を閉じさせると、突き立てた刀身を左手で引き下ろし、喉から下へと裂き進めていく。

その間にも、のたうち回る魔物の胴体がズルズルと横穴から這い出し、最後の抵抗でコテツを締め上げようと巻きついてくるが、そのまま力を込めることも解けることもなく、全身が穴から出ると同時に硬直するように事切れた。


蛇型魔物ジャドージャ……毒草を食べて体内に毒を蓄える魔物で、脱皮を繰り返して大きく硬く成長していくという。

たった今屠ったものは7メートル程度だろうが、時には10メートル以上になることもある。

本来この村の周辺には生息していないはずだが、横穴の奥から風の流れを感じるので、森かどこかに繋がっていて迷い込んだのだろう。


「ふぅ……今の俺なら、このくらい余裕なのにな…………お前たち、ちゃんと無事か?」


コテツは絡んだジャドージャから抜け出しつつ、恐怖で硬直している子供たちを振り返った。

今の今まで驚きすぎて声も出せなかった彼らだが、コテツの顔を見ると一斉に泣き叫ぶ。


「うわああああああ‼︎ ストーカー、しんじゃやだあああ‼︎」

「びええええええん‼︎ ストーカー、いっしょにかえろうう‼︎」


「返り血を少し浴びただけだから大丈夫だ……っていうかお前たち、俺の名前はストーカーじゃなくてコテツだ、コテツ」


「うんっ! ありがとう、ストーカーのコテツ!」

「かっこよかったよ、コテツ・ストーカーさん!」


「くっ……精神的ダメージが肉体的ダメージを上回っていく……!」


合切袋から取り出した浄化薬で返り血などを清めると、コテツはランタンを持ち直し、念の為横穴を岩で塞いだ後、子供たちを連れて洞窟の出口へ向かった。

洞窟を出ると、ちょうど浜の方からナナたちの両親を含む数名の大人と共に、モモが走って来るのが見えた。


「おとーさん! おかーさん!」

「おかーさん! おとーさん!」


子供たちが両親のところへ走っていくのを見送りながら、コテツ自身はつい立ち止まってしまう。

教会裏でのことが思い出され、モモと会うのが気まずくなったからだ。

しかしモモの方は、その巨乳を浴衣がはだける程に大きく揺らしながら、コテツの前まで駆け寄ってくる。


「コテツくんっ、大丈夫っ⁉︎ 魔物には遭わなかったっ⁉︎」


「大丈夫です! 魔物はいましたが、無事に倒しました」


「怪我はっ⁉︎ 怪我は無いっ⁉︎」


「擦り傷1つ無いです。心配させてすみません」


「良かったぁぁ〜〜! コテツくんが無事で良かったよぉ……っ」


「モモさん……」


人目も憚らずにぎゅうぎゅうと抱きついてくるモモ。

その背中越しに浜の方を見ると、村人たちは手を振ったり腕を大きく丸の形にしたりして帰っていく。

声には出さないが「もう大丈夫だ。あとは気にせず、若い2人の時間を大切にしな」と、そういう気遣いの合図だったのだろう。


コテツとしてはジャドージャの件を早く村人たちへ報告したかったのだが、今はそれ以上に目の前のモモを優先したい。

コテツは村人たちに感謝しつつ、モモと一時の抱擁を交わすことにした。


「……ごめんねぇ、モモってば鬱陶しくて……」


「そんなことないです。……さあ、皆のところへ帰りましょう。足元に気をつけて」


「うん…… 」


やがて落ち着いたモモが離れると、コテツはモモの手を引いて歩き始めた。

打ち寄せる波飛沫で少し濡れた岩場は滑りやすく、モモも慎重に歩いていたのだが……


「きゃっ⁉︎」


後もう少しで砂浜へ降りられるというところで、不意に岩の隙間から現れたフナムシに驚き、モモは足を滑らせてしまった。

コテツはすぐにモモの手を引いて支えようとしたのだが、先の戦闘で接合部に負荷がかかっていたのだろう……倒れるモモに引っ張られ、右手の義手がポロリと外れてしまう。


「モモさんっっ‼︎」


がばっ‼︎……ドサーッ‼︎


咄嗟にコテツは左腕でモモの体を抱き込み、岩場を蹴って砂浜の方へ倒れ込んだ。


「モモさんっ、大丈夫ですか⁉︎……って、わわ⁉︎」


むにゅんっ♡


慌てて起き上がろうとしたコテツだったが、右手が無いことを失念してバランスを崩すと、あろうことか左手がモモの肌けた懐……その更に内側の下着と肌の隙間へと奇跡的に滑り込み、乳房を思いっきり鷲掴みにしてしまった。

張りのある艶やかなモモパイは、吸い付くようなしっとり感と滑らかなすべすべ感を両立し、もちもちとした弾力のある柔らかさ!

とっても美味しそうだ! きっと幸福が詰まっているに違いないと確信すらある!

……しかし現在、そんな秘宝の持ち主モモの表情は幸福とは程遠い。


「ごごごごごめんなさいっ‼︎ すみません‼︎ 申し訳ありませんでしたーーっっ‼︎ これは正真正銘完全なる事故であって、こんな場所でモモさんに如何わしいことをしようとしたとかそういうつもりでは決して無く……」


コテツは勢いよく五体投地で謝るが、そっと頭を上げて見ると、顔面蒼白となったモモの目からはボロボロと涙が溢れてくる。


「ごっ、ごめんなさい……ごめんなさい、コテツくんっ……ごめっ……ごめんなさいっ、ごめんなさい……! モモのせいで、コテツくんの手が……っ、手がぁ……」


「違います‼︎ さっきの魔物のせいで義手が緩んでただけです! モモさんのせいじゃないです!」


「ごめんなさいっ、ごめんなさい……コテツくんのっ、利き手だったのに……!」


「モモさんのせいじゃないです‼︎」


砂塗れの乱れた浴衣を直そうともせず、モモはコテツの義手を抱きしめて震えていた。

繰り返される謝罪は、たった今の出来事に対してではなく、幼い頃のあの出来事に対してに違いない。


「ごめんなさい、コテツくん……本当にごめんなさい……! ああ……モモなんていなければよかったのに……!」


「…………」


愛するモモのモモ自身を呪う悲痛な嘆きに、とうとうコテツは絶句した。


愛するとはなんだろうか?

相手の幸せを願うことではないだろうか?


幸せとはなんだろうか?

生まれてきて良かった、生きていて良かったと思えること、自分の存在を、人生を肯定できることではないだろうか?


では……モモに最大の自己否定理由を植え付けてしまったのが、自分の右手喪失の件だったとしたら?

モモを最も不幸に至らしめているのは、他でもない自分なのだろう……


コテツは幼き日の自身の過ちを呪った。



右手「ポロリ!」

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