7.告白
同日、夜。教会裏。
「モモさん、俺はモモさんが好きです……!」
「………………」
人目を避け、コテツとモモは祭りの明かりが届かぬ場所までやって来た。
人々の喧騒から離れると、風と草木、虫の声、自分たちの音がいつもよりずっとよく聞こえる。
高鳴る鼓動を深呼吸で抑えつつ、コテツは微かな星明かりを頼りにモモの表情に集中する。
「俺じゃ、ダメですか……?」
「コテツくんはダメじゃないよ〜。モモがダメなんだぁ……モモじゃコテツくんを幸せにしてあげられない……モモなんかにコテツくんは勿体無いよぅ! コテツくんなら、絶対もっと良い人が見つかるよ〜」
「卑下するような言い方しないでください。どんな言葉でフラれたって、俺は傷付くんです。だったら、モモさんの本音を聞きたい……」
振られたとわかっても、コテツは妙に冷静だった。
無理に明るく繕うモモの声は微かに震えていて、その微妙な誤魔化しを聞き漏らすまいと、今のコテツの集中力はそちらへ注がれていたからだ。
落ち込んで取り乱す余裕はまだ無い。
「……モモ、コテツくんのことは本当に好きだよぅ? だからこそ、モモなんかに本気になってほしくないんだ〜。だからぁ、モモのことはただの気晴らしの遊び相手にしてくれたらいいんだよ〜。モモ、おっぱいだけは大きいからぁ少しは楽しんでもらえると思う〜」
「⁉︎」
突然、モモはコテツの左手を取り、自身の胸に押し当てた。
動揺したコテツの指が動くと、モモはビクリと体を震わせ、微かに息を詰まらせる。
「っ……サクラは小さいし、コテツくんは小さい方が好きだったらゴメンねぇ? でもぉ、サクラにはなれなくても、モモ頑張るから〜。コテツくんはモモの命の恩人だからぁ、モモの体、好きに使っていいんだよぉ? モモのことは本命じゃなくて、本命代わりにして使い捨てるくらいでいいよぅ」
言葉と裏腹に震えの止まらないモモは、誤魔化そうとコテツの手を更に深くへ引き込んだ。
そんなモモの手を、コテツは強く振り解く。
「やめてくださいっ!……俺は一途な男です。本命の代わりに適当な女を抱いて気晴らしできるような、そんないい加減な男じゃありません! それに、サクラのことは誤解だって、ちゃんと否定したじゃないですか。俺が恋焦がれる女性は生涯ただ1人、モモさんだけなんです!」
「えぇ〜……重いよぉ……」
引き気味に苦笑するモモに、コテツは打ちのめされて項垂れる。
「モモさんだって重いです……昔のことを気にするにしても、俺は命の恩人を名乗っていい立場ではないし、命の恩人だからって相手を支配する権利なんか無いです。……正直、告白を断られるとは予想外でした……モモさん、いつも俺に優しいし、今日は特に積極的に見えたし……でも、断られて少しホッとしたんです。モモさん、本当は嫌でも断れないんじゃないかと心配してたから。俺のために無理して受け入れてくれるだけなら、それは俺の望む関係ではないから。でもっ……‼︎」
瞬間、声を荒げて顔を上げたコテツの頬に、微かに星明かりを反射する一筋をモモは見つけた。
自分がどれだけコテツを傷付けたか、モモはやっとその残酷さを自覚する。
「モモさんは俺を好きだと言いながら、俺がモモさんを好きなのを拒んで、その上で本命じゃない遊び相手として使い捨てろと言う! 俺はモモさんを幸せにしたいのに、モモさんはモモさん自身を大切にしない! 俺の気持ちも全然大切にしてくれていない! こんなのあんまりですよ……っ」
「……ごめんなさい……モモがコテツくんを誘惑したのは、贖罪のため……モモが楽になるためだったの。モモがコテツくんにできる償いなんて、限られてるから……。コテツくんが酷い人だったらいいのに……そしたら罪悪感も薄れるのに……なんて、そんな失礼なこと考えるモモって、本当最低だよねぇ……こんな最低な女、高潔なコテツくんには相応しくないよぉ」
「……だったら、俺も最低になれば相応しいと認めてくれるんですか? 俺は元々、断られても諦めるつもりなんて無かったんです。絶対に惚れさせてみせます。俺にモモさんを幸せにさせてください……!」
「コテツくん……」
痺れを切らしたコテツが俄に距離を詰め、モモは一歩後退して教会の壁に背を預けた。そのとき……
「そこにだれかいるのっ……⁇」
教会脇から、村の子供が1人歩いてきた。
子供用の小さなランタンを手にしたその子は、今にも泣き出しそうな顔で息を切らしている。
教会までの坂道を駆け上ってきたのだろう。
「あらぁ、ナナちゃんどうしたの〜? こんなとこまで1人で来たの〜?」
モモは瞬時にいつも通りを取り繕うと、半泣きの幼女ナナに駆け寄ってかがみ込んだ。
コテツもすぐ後に続く。ナナはキョロキョロと落ち着かない様子だ。
「……ナナのおにいちゃんとおねえちゃん、こっちにこなかった?」
「モモたちは見てないよぉ。ナナちゃん、2人とはぐれちゃったの〜?」
「あのねっ……ふたりとも、おまつりぬけて、きもだめしにいくって……おとなにだまって、こどもだけでこっそり……あぶないからやめようって、ナナはとめようとしたの……そしたら、ナナだけおいてかれちゃったの……」
「肝試しって、教会裏の墓地で?」
「それが……わかんないのっ……ナナはきもだめし、はんたいしたから……おくびょうもののナナには、いきさきおしえないって……ふたりとも、はしっていっちゃったの……ナナはのろまだから、おいつけなかったの……」
「まさか、墓地より奥の森まで……?」
「その可能性は低いと思う〜……魔女さんたちが村を出た後も、魔脈管理士さんが森用の魔術式を引き継いで守ってるはずだから……でも、もしかしたらってことも考えないとだよねぇ……」
「あのっ……もりじゃないなら、うみのほうかもっ……あやしいどうくつがあるって、まえにはなしてたことあるから……うう〜……もりもっ、うみもっ、まものがでたらどっちもあぶないよお! おねがいだから、ふたりをつれもどしてっ! ナナがなにもできないせいで、ふたりになにかあったら……うっ、うわああああん‼︎」
「大丈夫よぉ〜。ナナちゃんが知らせてくれたおかげで、大人が2人を探しに行けるんだから〜。きっとすぐに見つかるよぉ」
とうとう大声を上げて泣き出したナナを、モモは優しく抱き寄せて撫で始めた。
モモがナナの小さな手からランタンを預かり、先程コテツに屋台で取ってもらったぬいぐるみを与えると、コテツがモモの手からランタンを預かる。
「俺は浜の北にある磯の洞窟を見てきます。モモさんはその子を連れて祭り会場へ。他の大人にも知らせて、魔脈管理士には森の確認を頼んでください」
「コテツくんっ……」
モモの返事も待たず、コテツは海の方へ駆け出した。
残されたモモの不安そうな様子に気付いたナナは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらモモにしがみつく。
「ごめんなさいっ……ナナがじぶんでなにもできないせいで、モモおねえちゃんたちにめいわくかけて……ナナがおくびょうでのろまだから、ぜんぶナナがわるいのっ……」
「ナナちゃんは何も悪くないよ〜。最初に止めようとしたのは勇気のいることだし、大人に助けを求めるのは賢いことだもの。1番年下なのにとっても偉いねぇ。自分を責めちゃダメよぉ」
「でもっ、もしかしたら、ふたりともうみにももりにもいってなくて、もうおまつりにもどってるかも……それなのにナナがさわいだせいで、おとなにめいわくかかって、ふたりともおこられて、ナナはきっときらわれるんだ……」
「結果がどうなるかわからなくても、わからないからこそ、安全を考えたナナちゃんの行動は正しいの。それに、自分たちを本気で心配してくれたナナちゃんのこと、きっと嫌いになんかならないよ〜。さあ、モモと一緒に、早く他の大人たちにも知らせに行きましょうねぇ」
モモはナナの手を取ると、祭りの明かりに向かって急いだ。
本気で相手のことを想うのなら、嫌われてでも止めないといけないこともある。
本当に何もしなくて、手遅れになってからじゃ取り返しがつかない。
モモはそのことを身をもってよく知っていた……