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6.星見祭

翌朝。居住棟の厨。


「コテツくん、お料理も上手なのねぇ。モモ、今朝はとっても助かっちゃった〜。お客様なのに色々手伝わせてゴメンねぇ」


「いえ! モモさんのお役に立てて光栄です! 俺は通常の宿泊客とは違いますし、用事なら何でも言ってください! そもそも今朝はサクラが寝坊したせいですから、モモさんが謝ることじゃないですよ」


本日の朝食当番はニナとモモとサクラのはずだったが、サクラが寝坊し、モモ目当てで早めに来ていたコテツが代役を務めた。


差し込む朝日が清々しく照らし出す厨房に、慌ただしくも穏やかな日常を感じさせる生活音……

テキパキと慣れた手つきで作業しながら、時々こちらへはにかんだ笑顔を向けてくれる愛しい人……

鼻腔をくすぐる美味しそうな料理の匂いと共に充満する、家庭的な幸福感……


ニナが気を利かせてモモと2人きりにしてくれることも多く、コテツはまるで新婚さんのような気分を存分に味わうことができた。

更に、今は食後の後片付けを2人で任され、新婚気分の延長時間まで享受している。


こんなに幸せでいいのだろうか⁉︎ いや、寧ろこれを未来の日常とせねば‼︎……コテツはデレデレとにやけそうになる顔を必死に引き締めながら、モモの隣に居られる日々を噛み締めていた。

現実にはまだ結婚どころか交際の申し込みすら果たせていないのにも関わらず。


すると、そこへユスラを抱いたサクラがやって来る。


「ふあぁ〜……ごめんねー、モモちゃん。今日は後片付けもしなくて……」


「ううん、気にしないで〜。サクラは無理せず休んでね〜」


「うん、ありがとう。今日はユスラとお昼寝するー……」


「まっま! まっま!」


眠そうなサクラはモモに一礼すると、全然眠くなさそうなユスラを連れて寝室へ向かった。


「へぇ……やっぱユスラも夜泣きとかすんのかな? そういえばローレンさんも眠そうだったかも……」


「ローレンさん、良い人なんだよ〜。すっごく年上だけど、偉そうなとことか全然無くて謙虚だし〜。お父さんと違って家事も好きだし、スイーツ作りとか、モモもサクラと一緒に教えてもらったりするんだぁ」


「仲が良いんですね……」


よくよく考えてみれば、診療所で働いているローレンの方がモモと過ごす時間が長いのだ。

性格も容姿も優れた2人が互いに惹かれ合う可能性を思うと、コテツは急激な不安に襲われた。

そんなコテツの青ざめた表情を観察して、モモはやや申し訳無さそうな声になる。


「……コテツくん、あんまりローレンさんに嫉妬させちゃダメだよぉ? コテツくんはまだサクラのこと好きかもしれないけど、サクラはもう人妻なんだし……」


「⁇⁇…………は⁉︎⁉︎ ななな何言ってるんですかモモさん‼︎ 酷い誤解ですよ‼︎ なんで俺がサクラを⁉︎⁉︎」


予想外過ぎるモモの勘違いに、コテツは危うく皿を落としそうになった。

皮肉なことにそんなコテツの動揺さえ、モモの中の誤った人間関係図に真実味を増してしまう。


「だってコテツくんって、昔からサクラととっても仲良しだったでしょ〜? 引っ越し後も手紙のやり取りたくさんしてたし、モモたちと話すときと違って、サクラと話すときは自然体だよねぇ」


「そ、それはただ、サクラ以外は全員年上で、だから俺は敬意を払って……」


「モモは1歳しか違わないよぅ? それに、モモと同い年のレミくんには自然体らしいねぇ?」


「だ、だって、モモさんは特別でっ……お、俺の大好きな人だからっ…………あ!」


ガシャンッ‼︎


口だけでなく手も滑らせたコテツの足元、バラバラに割れた皿は不吉を暗示するかに見えた。


***


翌週、星見祭の夕方。縫製工房、裏庭。


「モモさん! お待たせしてすみません、レミとつい話し込んでしまって……」


「大丈夫〜、まだ待ち合わせ時間前だよぅ。モモ、ちょっと早く来すぎちゃったんだ〜」


いつものようにおっとりと微笑んで振り返ったモモは、いつもとは違う装いに身を包んでいる。


たわわに実った杏柄の可愛らしい浴衣に、反対色の青系の小袋帯。帯の結び目は、両面の色を活かして楽しくアレンジしてある。

手に持っている籠巾着も、浴衣と揃いの杏柄の布だ。

量感のあるふわふわの長い金髪は編み込みシニヨンにして、帯と揃いの布で作ったつまみ細工の髪飾りを挿している。

程よく抜いた衣紋から覗く白い頸は眩いほどに浮き立って見え、練り香水の仄かな香りが媚薬の如くコテツの神経を刺激する。


もうこのまま宿に戻って押し倒してしまいたい‼︎……そんな気持ちをぐっと抑えつつ、コテツは下心など無いような顔を繕う。


「その浴衣、モモさんにとても似合ってます。本当にお綺麗です……」


「うふふ、ありがと〜♡ コテツくんも、その浴衣とってもかっこいいねぇ。いつもより大人っぽく見えて、なんだかドキドキしちゃうかも〜」


「ありがとうございます、モモさん。実はこれ、レミに仕立てて貰ったんです。モモさんの言葉を伝えたら、レミもきっと喜ぶと思います」


コテツの渋い黒の浴衣は、さりげなく左右で別の模様を合わせた片身替わりのデザインだ。

貝の口結びにした角帯の深緋色がアクセントとなり、大人しくなり過ぎることを避けている。

帯と同色の鼻緒を用いた下駄は、やや底を厚くして僅かでも身長を誤魔化そうという魂胆が隠れている。

全体と調和した合切袋も、浴衣と帯の余り生地から作ったものだ。


今日のために大急ぎで浴衣を仕立てたレミは、更に、ヘアセットから香水選びまで甲斐甲斐しく世話を焼いた。

本職である服の仕立てのみならず、他者を丸ごとプロデュースするのが楽しいという性分なのだろう。


いつもより結び目を下げてしっとりと纏められたコテツの髪に、ふと、モモがその白くて細い指を絡めてくる。


「コテツくんって、こんなに髪長かったんだねぇ。ツヤツヤサラサラ、黒髪ストレートって羨まし〜。モモはこんな頭だから、とっても憧れちゃうなぁ……」


「モモさんのふわふわした明るい髪こそ、華やかで綺麗で……とっても可愛いと思います」


「ありがと〜、コテツくん。カオルコ先生もねぇ、前に同じこと言ってくれたんだよ〜。カオルコ先生は優しくて上品で頭も良くて、ずっと大好きで尊敬してる憧れの人なんだぁ♡」


(大好き、かぁ……)


先週の意図せぬ告白については、皿の割れる音を聞いたニナがすぐにやって来た為、結局有耶無耶になってしまっていた。

あれからモモの態度は良くも悪くも変わりなく、こうして祭デートの約束を取り付けたからには、今日こそあんなかっこ悪い告白ではなくちゃんとした告白をしたい!……と、コテツは考えていた。

わざわざ宿の外で待ち合わせたのも、デートらしさを演出する一環だったりする。


「ねぇねぇ、コテツくん。手、繋ごっか〜?」


「はっ、はひっ!」


コテツは緊張で声が裏返り、全身を強張らせた。

モモはコテツの空いてる方の手を取ろうと回り込んだが、一瞬考えた後、コテツの右腕に自身の腕を絡ませてぴったりと体を密着させる。


むにゅにゅん♡


「‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」


「……デートなら、やっぱりこうした方がいいかなぁ? コテツくん、嫌じゃない……?」


「いいいい嫌じゃないです‼︎ 大好きです‼︎ 最高‼︎」


「よかったぁ〜♡」


むにゅ〜〜っ♡


(ほああああああああ〜〜⁉︎⁉︎)


二の腕を極上の谷間に包み込まれ、コテツは頭が真っ白になった。

今日は大人っぽくクールな男を演じるつもりだったはずが、そこからどんな会話をしてどうやって歩いていたのか、しばらく記憶が飛んでしまった。


***


星見祭というのは、名前の通り皆で星空を眺める祭りなのだがそれだけではない。

昼には夏野菜の品評会が行われ、夕方にはその野菜を使った料理が振る舞われる。

広場中央でのバーベキューをメインに、周辺では他の食べ物の屋台や、的当てや輪投げなどの屋台も並ぶ。

広場のあちこちに笹飾りが飾られ、村人たちは各々願い事を書いた短冊をその笹飾りに吊るし、夜になると星に祈りを捧げる。


大陸魔脈変動後に不作が続いていた頃には開催できなかった祭だが、他国の魔脈管理士たちの働きによって豊作に転じ、再び開催できるようになったという。

故に広場中央では、コテツとあまり歳の変わらない若い魔脈管理士が村人たちに讃えられている。

先ほどすれ違った際、モモと笑顔で軽く挨拶を交わしていた男だ。

以前同じ男を警戒していたレミの話では、既に決まった相手が出来て安心になったというが……


ああいう都会から来たエリート魔導士にモモさんを掻っ攫われでもしたら堪ったものではないぞ……!

やはり今夜中にモモさんとの関係を確かなものにしなくては……!


コテツは内心で大いに焦りながら、隣のモモを見た。

モモはコテツが的当ての景品で取ったぬいぐるみを抱きながら、屋台で買ったアイスキャンディーを舐めている。


「…………」


「……コテツくんも食べるぅ? 葡萄味〜」


熱視線に気付いたモモは、咥えていたアイスキャンディーをゆっくりと口から抜き出し、コテツの唇へ差し向けた。


「っ……いただきます……」


コテツはゴクリと唾を飲むと、意を決して口を開いた。

甘い香りがコテツの顔を撫で、ぬるりとした感触が口内に侵蝕してくると、もう味どころか熱いのか冷たいのかもわからなくなっている。


「どうお?」


「……美味しいです……」


一口分の欠片が舌の上で崩れるのを感じながら、コテツはぼんやりと答えた。

再び自分の口元にアイスキャンディーを戻したモモは、溶けた汁が先端から根元へ垂れていくのに気付くと、今度はそれを根本から先端に向けて舌でなぞるように丁寧に舐め取り……

先端まで達すると、ちゅるちゅると吸ってから唇を離した。


「……コテツくんの味かもぉ〜?」


葡萄色に染まった舌先をチロリと出して、モモは扇状的な微笑みをコテツに向けた。

モモらしからぬその仕草に違和感を覚えつつも、コテツの理性は確実に溶かされていく。


「コテツくん、顔赤いよぅ?……みんなより先に、モモと宿に帰る〜?」


「だ、大丈夫ですっ! モモさんっ、あの、モモさんは短冊っ……もう願い事、書きましたかっ?」


しどろもどろになりながらも、コテツはなんとか切り出した。

モモは少しホッとしたように表情を緩めると、アイスキャンディーに視線を戻す。


「モモはねぇ、家内安全〜。コテツくんが来る前に、もう短冊吊るしちゃったぁ」


「俺は、まだ……俺の短冊、叶えていい願い事なら、モモさんが吊るしてくれませんか?」


「ん〜? なあに?」


コテツが震える両手で差し出した黄色い短冊を、モモは受け取りかけて……内容を読むとスッと指を離し、顔を背けた。


「……ねぇ、コテツくん。場所、変えよう〜?」


『モモさんと両想いになれますように』……そう書かれた文字は、丁寧で整っていながらも、信念や熱意を感じさせる力強く真っ直ぐな筆跡だ。



若い魔脈管理士=本編主人公のセス

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