4.家族の絆
居住棟2階、モモの部屋。
「……モモちゃん?」
「サクラ……! お母さん……っ」
こちらでも事情説明が終わり、泣き疲れてカオルコの胸に凭れていたモモだったが、サクラたちに気付くと平伏すように再び泣き崩れる。
「ごめんっ……ごめんねぇ、サクラっ……モモがずっと、サクラのお父さん奪っちゃってた……本当にごめんなさい……っごめん、なさいっ……」
「やめてよ! モモちゃんが謝ることなんて1つも無いよ!」
サクラは首を横に振りながら、寄り添うようにモモを支え起こす。
「わたしは寧ろ、先に付き合ってたのに家の事情で別れさせられたニナさんの方が被害者だって思ったし。せっかく再会できた時も、わたしがお腹にいたせいでお母さんと別れ切れなかったんだよ……モモちゃんがそんな風に考えてるなら、わたしの方がよっぽど邪魔者じゃん! 謝らないといけないの、わたしの方だよ……ゴメンね、モモちゃんっ……本当に……っ」
モモにもらい泣きしたサクラも、声の震えがだんだんと酷くなって、最後は言葉を詰まらせた。
モモは慌ててサクラの手をとって、より強く首を横に振る。
「違うっ! それは違うの、サクラぁ……っ! だってぇ、モモを妊娠しなかったら、モモのお母さんは実家から勘当されずに済んだし、きっと別の人と普通に結婚することだってできたもん……! そしたら、カオルコ先生とサクラとお父さんは、ちゃんとした家族になれてたもん……!」
そんなモモの戦慄く肩を、背後からカオルコがそっと抱き締める。
「私も、急にあの人と結婚することになったときは後悔しました……こんなことになるなら2人の仲を取り持たなければよかったと。私が余計なことをしたせいでニナを不幸にしてしまったと。妊娠がわかったときはあの人を酷く恨みもしたし、子供を愛せる気もしませんでした。……でも今は、モモちゃんもサクラも生まれてきてくれて、ニナと一緒にあなたたちの成長を見守ることができて、本当に良かったと思っています。私たちが家族になれたことが、本当に幸せなんです」
「そうよぉ、カオルちゃんの言う通り。それにね、わたしはダーリン以外の人となんてありえないもの!」
カオルコの言葉にニナは力強く頷いて、3人をぎゅっとまとめるように腕を回す。
とびきり明るく取り繕った声を出すが、目には大粒の涙が揺れている。
「戸籍がどうであれダーリンと一緒になれて、親友のカオルちゃんも失わずに済んで、2人の娘と、今はその娘の家族にも恵まれて、みんなのことが本当に大好きで大切。昔に思い描いてた理想とは色々違っていても、大好きな人たちと一緒にいられる今こそが、わたしは間違いなく幸せよ〜」
「お母さん……モモもっ、みんなのこと大好きだし幸せだよぉ……! でもっ……だからこそ……モモがいない方がきっと、もっとって思えるの……モモなんかが、幸せなのが申し訳なくてぇ……」
弱々しく俯くモモ。その白い首筋に、カオルコは口付けるように顔を埋める。
「モモちゃんが全てを自分のせいと思い込もうとしているのは、モモちゃんが優しいから、自分以外の誰も恨まなくていいようにしてくれているのでしょう。でもね、モモちゃん……大好きなモモちゃんがそうやって自己否定的になってしまっては、当然私たちもとても辛い。私たちみんな、モモちゃんの幸せを心から願ってるんです。だからお願い。モモちゃんも、モモちゃん自身をちゃんと肯定して。愛してあげて。モモちゃんの幸せが、私たちみんなの幸せなんですから」
「カオルコ先生……」
いつもクールで必要なことしか言わないようなカオルコが、今日は諄くてむせ返るほどにも愛情を言葉にしてくれる……それが今のモモに必要なことだからだ。
「モモちゃんが赤ちゃんの時から、ずっと一緒に暮らしてきたんです。私にとってモモちゃんは実の娘と同じ。本心から愛しく思っているのですよ。私はニナのように愛情表現が得意ではないので、不安にさせることもあったかもしれません……でも、どうか信じてください。私は心からモモちゃんを愛しています。そしてニナも、サクラも」
「そうだよ、モモちゃん! モモちゃんは優しくて、美人で、努力家で、ちょっと天然なとこも可愛くて、一緒にいると楽しいし癒される、ずっとずーーっと大切な家族で大親友だよ!」
「サクラ……」
「こんな風に姉妹仲が良いのも、とても幸運なことですね。私にはたくさんの兄弟姉妹がいましたが、あなたたちほど親しい方はいませんでしたもの。……羨ましいわ」
「あらあら、カオルちゃんにはわたしがいるわよ〜?」
「そうですね、ニナ。姉妹よりも大切な親友でした。あなたと出会えて本当に良かった」
「わたしも、カオルちゃんに出会えて良かったわ〜♡」
ぎゅうう〜〜っっ‼︎
モモとサクラを間に挟んだまま、ニナはカオルコを抱き締めようとした。
結果、ニナとモモという村の二大巨乳に圧迫され、小さなサクラは悲鳴をあげる。
「ちょ、ちょっとニナさんっ! 苦しいですってば……! むぐぐ……」
「あらあら〜?」
「村の多くの男性が代わりたがる状況でしょう。サクラは幸せ者ですね。……羨ましいわ」
「お母さん⁉︎」
「ふっ……ふふふっ……ふふふふ」
予想外に始まった漫才に気が抜け、モモは笑い出した。
家族の誰もが大好きな、ふわりと柔らかなモモの笑顔だ。
「やっぱりモモちゃんは笑顔が良いよ」
「そうかなぁ……ふふっ……ありがと〜…………ふふふっ」
「ふふふふ……」
「ふふっ」
他の者たちもつられて一頻り笑った後、続きは横になって語らうことになり、布団を並べ始めた。
***
階段で聞き耳を立てていた男性陣も、場が収まったのを確認すると居間へ引き返し、先ほどモモが差し入れようとしてくれた小鉢とともに、飲みかけていた徳利を空けることにした。
カヅキはモモが作った苦瓜と枝豆の白和えに箸を付けながら、「歪な家族ではあったけれど、娘たちは本当に良い子に育ってくれた」と言って、何度も目の端を拭っていた。
意外なことにローレンは、カヅキがサクラの父親であることも、カオルコと結婚していたことも既に知っていた。
婚約中に晩酌に付き合わされた際、酔ったカヅキ本人の口から漏れていたのだ。
それを聞いたカヅキは「今後はもっと気を付けないとなぁ」と反省しながらも、飲酒自体を諦める気は無いのだった。