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3.正妻と内縁

居住棟2階、モモの部屋。


「モモちゃん……その様子は、私たちの過去を知ってしまったということで合っているかしら?」


「………………ごめん、なさい」


カオルコが襖を開けると、モモは灯りも点けずに部屋の端で蹲っていた。

長押には幾束もの薬草が吊るされ、満杯の書棚の前には溢れた本を積んだ山が複数出来ている。

1階にある広めの部屋を娘夫婦に譲り、今は娘が使っていたこの隣間へ自室を移したカオルコだが、本当に広い部屋が必要なのはモモだろうとつくづく思う。

カオルコは物を崩さないように用心しながら、手狭なガリ勉部屋をモモの所まで進む。


「どうしてモモちゃんが謝るの?」


「ごめんなさい……っ! カオルコ先生っ……モモ、モモねっ……本当はっ、前からそうなんじゃないかって……でもっ……でもぉっ……」


「モモちゃん、落ち着いて。私はモモちゃんに怒ってなんかいませんよ」


しゃくりあげているモモを、カオルコはそっと包み込むように抱き寄せた。

今では自身より大きく育ったモモを、まだ赤ちゃんだった彼女を抱いていたときのように、カオルコは愛おしさを込めて撫でる。

その柔らかな温もりが感に堪えなくて、モモは益々涙の止まらなくなった顔を覆い続ける。


「だってぇ……あの噂っ……本当はカオルコ先生が、お父さんと結婚してたのに……モモのお母さんが、カオルコ先生から……サクラのお父さんを寝取ったって……」


「誰からそんな噂を……」


「前の村の子たち……モモ、いじめられてたからぁ……だからそんな意地悪なウソ言われるんだって……そう思い込もうとしてた……全部ウソだって……」


「……因果が逆ですね。きっとそんな噂のあるせいで、モモちゃんを辛い目に遭わせてしまったのでしょう。私たちの方こそ謝らないといけません。子供を守れない大人ですみませんでした、本当に」


カオルコの胸に頭を埋めたまま、モモは首を横に振る。


「カオルコ先生は悪くないっ……悪いのは、横取りしたモモたち親子……本当はお父さん、今もカオルコ先生が好きだもん……前に酔ってカオルコ先生を押し倒したとき……あれはお母さんと間違えたんじゃなくて、確かにカオルコ先生の名前呼んでた……カオルコ先生は優しいから、お母さんに遠慮してるだけなんでしょお? 本当はカオルコ先生だって、まだお父さんのこと好きなのにぃ……」


「そう思われているなら心外ですね。私はモモちゃんのお父さんのこと、全く好きじゃありません。……モモちゃん、心配しないで。だって私たちは愛の無い政略結婚で、本命はずっとニナだったんですから」


カオルコはモモの両手を顔から剥がすと、代わりに自分の両手をモモの両頬に添えて、自分の顔へと向けさせた。

開け放した襖から差し込む廊下の光は、ニナそっくりなモモの泣き顔をカオルコの眼前に照らし出す一方、モモからは逆光となったカオルコの表情がよく見えない。


「今からモモちゃんに、真実を話します。私たちの本当の関係も……どうしてそうなってしまったのかも……」


***


一方その頃。居住棟1階、居間。


「やっぱり、叔父さんがわたしの本当のお父さんだったんだ……」


「サクラは驚かないんだな……」


座卓を挟んでカヅキと向かい合ったサクラは、少し目を伏せて沈んだ面持ちではあるものの、泣いたり取り乱したりすることはなく、落ち着いて父の話を聞いていた。

普段はあまり似ていないようで、こういうところはやはり母親に似ているのだろう……カヅキは親子の繋がりを感慨深く思った。


「前にお母さんに頼み込んで、わたしのお父さん……亡くなったアトリさんの写真を見せてもらったことがあるの。わたしの目が叔父さんやモモちゃんと同じ色なのは、叔父さんの兄のアトリさんもそうだったからって聞いて、確かめたくて……でも写真のアトリさんの目はそう見えなかった。お母さんに聞いたら『目が細いから写真だとわかりにくいだけ』って誤魔化されたけど、本当はずっと似てないなって、納得できなかった……」


母とは歳の離れた、下膨れで背の低い、随分と身なりの良い男性……

それは、単に高望みした父親の理想像とかけ離れていただけではなく、サクラの胸中に強烈な違和感を抱かせる何かがあった。


「……僕の実家とカオルの実家はどちらも地元で栄えていた名家で、両家の利害の為、カオルは生まれた時から僕の兄と結婚することが決まっていた。だが……」


***


カオルが女学校を卒業する少し前のこと、兄は視察中の魔石鉱で不慮の事故に遭い、帰らぬ人となった。

僕の父……つまりサクラにとっては祖父となる人……の正妻には兄以外に息子は無く、そこで急遽、妾腹の僕にその役が回って来てしまったんだ。


当時、僕は既にカオルの紹介で知り合ったニナと交際中だったが、ニナは事情を知るとすぐに身を引いてくれた。

そして、留学生だったニナは自身が妊娠していることに気付くと、僕たちにはそのことを隠したまま帰国した……


翌年、カオルの卒業と同時に僕たちは結婚したが、それからすぐに僕の実家が所有する魔石鉱山群で瘴気が発生し、歴史的な規模の大被害を出した。

実家は間も無く破産し、元々恨みを持っていた者たちからの一族に対する迫害も加わり、僕に嫁いだ為にカオルまでカオルの実家から絶縁されてしまった。


それから、カオルの腹違いの姉で、既に故郷の島国を離れて大陸へ移住していた人……つまりコテツ君のお母さんのアヤコさん……を頼って、僕たちは夜逃げ同然で出国した。

その際、僕とカオルは大陸に着いたらまずニナを迎えに行くことにしていた。

カオルと結婚した後、妊娠を理由にご両親から勘当されたニナが修道院でモモを産んだ話は、人伝てに聞いていたからね……


やっとの思いでニナと再会したその直後、今度はカオルが妊娠していることがわかった。

色々あって以降、僕とカオルは夫婦の関係を持つことは無くなっていたし、カオルは僕とニナの復縁をずっと望んでくれていた。

今度はカオルが身を引く立場だった……


とはいえ、当時まだ10代でお嬢様育ちのカオルが、実家の援助も無く片親として生きていくのを、僕もニナも見捨てられるわけがなかった。

そこで、僕たちはカオルを亡くなった兄の妻として、生まれてくる娘を……つまりサクラを、亡くなった兄の娘として扱うことにしたんだ。


僕たちは再びアヤコさんを頼り、同じ村で生活するようになった。

各々の不都合な出自は隠して、元の実家とは何の関係も無い別人として、新しい家庭を築いた。


……ただ、僕の実家とカオルの実家は、僕たちが離婚する場合について、言い出した側の家が色々と賠償しなくてはいけない契約を結んでいた。

そのせいで正式に離婚することは叶わず、戸籍上は今でもカオルが正妻のまま、ニナは内縁の妻ということになっている。

つまり、事実上の重婚のような状態だったわけで……


僕たちの過去を知る者が話したのか、どこかで戸籍情報が漏れたのか、或いは自分たちの関係がわかるような会話を盗み聞きした者がいたのか……

いつしかその村で僕たちに関する醜聞が囁かれるようになり、それで、ちょうど知人が仕事の後継を探していた、今の村へと引っ越して来たんだ。


***


「…………ふぅ」


やっと父からの濃い説明が終わり、サクラは張り詰めた空気から解放されようと願って、息を吐いた。

居間の隅を振り返ると、眠った娘を抱いている夫と、今回の発端となった幼馴染が、各々畏まった様子で座している。

彼らが退出する機会を逸したまま、立ち上がれずに足の痺れを気にかけていると、カヅキの隣に座していたニナが先に立ち上がった。


皆の視線が一斉にニナに集まる中、ニナは特に慌てた様子も見せず、夫婦の寝室へ入って行ったかと思うと、またすぐに戻って来た。


「……これをね、カオルちゃんは嫌がったんだけど、いつかサクラちゃんが真実を知った時、渡してあげたくて撮っておいたの」


そう言いながらニナが卓上に置いた1枚の写真を、サクラは手に取ってじっくりと見てみた。

写っているのは、今よりも若いカヅキ叔父さん……改めカヅキお父さんと、今の自分とそう歳が変わらないであろう少女時代の母、そして母に抱かれている生後間もない赤ん坊。


母の肩に手を置く父の笑顔はぎこちなく、母に至っては無表情どころか不機嫌そうにさえ見える。

眠っている赤ん坊はおそらく自分なのであろうが、お包みに埋まって髪の毛さえよく見えず、正直なところ、他人と入れ替えてあっても区別などつかない。

なんとも奇妙な家族写真を裏返してみると、『楓月、薫子、桜』と、両親の母国の字で被写体名が記してある。


「それとね〜、うふふ♪ こっちも持って来ちゃった」


続いて、ニナは別の写真を卓上に置いた。

そちらも殆ど同じ構図で撮られた家族写真だが、写っているのは若いカヅキと少女時代のニナと、さっきよりも大きな赤ん坊で、夫婦の表情はさっきよりも柔らかい。

幸せそうな家族写真の裏面には、予想通り『楓月、ニナ、桃』と記してある。


「あとねぇ、これがこの3枚の中で1番好きな写真……」


そう言ってニナが最後に置いたのは、カヅキ、ニナ、モモ、カオルコ、サクラの5人が写った家族写真だった。

ニナを中心に、カヅキがモモを抱き、カオルコがサクラを抱いたその写真は、皆が幸せそうな表情をしている。


「オレも見せてもらっていいですか……?」


不意に、ローレンがそわそわした様子で声をかけた。

その瞬間、ニナが顔を輝かせて弾んだ声を上げる。


「もっちろん♪ ローレンさんも小さい時のサクラちゃんを見たいですものね〜。あっ、そうだわ! 写真の他にも、初めて書いてくれたお手紙とか、初めて描いてくれた似顔絵とか、色々持って来ましょうか〜」


「ちょ、ちょっと! それは恥ずかしいからやめてくださいっ‼︎」


思わずサクラが立ち上がって抗議すると、ニナはイタズラっぽくウインクして笑う。


「ふふふ、そうねぇ……今はモモちゃんたちが気になるし、わたしとサクラちゃんは2階へ行って、4人で久しぶりの女子会をしましょうか〜。…………それじゃあダーリン、おやすみなさい♡♡」


ニナはこんな状況でも……或いは、こんな状況だからこそなのか、いつもの様に最愛の夫におやすみのキスとハグを強請ると、サクラの手を引いて2階へと向かった。



実質カオルコ編中盤のネタバレあらすじ回

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