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2.モモの家族

同日、夕方。温泉宿敷地内、居住棟の居間。


「いや〜、あの幼かったコテツ君もとうとう自分の家を持つのかぁ……数年会わないうちにすっかり大人びたものだ。しかも、ここへ来る直前のつい最近まで、お偉い商人様の護衛であちこちの国を回っていたのだろう? 御実家の方たちは、長男のコテツ君が家を離れることをさぞや寂しがっているだろうね」


「向こうは心配無いですよ。弟たちも充分大きくなりましたし、うちは何と言っても母があの母ですから!」


「ふふふ……あの人の逞しさには、私だけでなく他の兄弟姉妹もよく驚かされていましたよ。懐かしい……早速明日お手紙を出しましょう。可愛い甥っ子の成長について、私も感想をお伝えしたいですから」


「はい! 是非そうしていただけると母も喜びます!」


この日は居間に2台の座卓を並べ、8人+離乳食の赤ん坊が勢揃いしての夕食となった。

主人であるカヅキとその妻ニナ、その娘モモ、カヅキの兄の元婚約者でコテツの叔母カオルコ、その娘サクラと娘婿ローレン、その娘ユスラ、更には娘婿の妹ティアまでいる。

ティアについては、家族の居住棟ではなく宿泊棟の一室を与えられており、普段は一般客同様そちらへ食事を運ばせることも多いが、今日はコテツの歓迎会ということで強制参加させられている。


席割りは、各々のマイ箸とマイ湯呑みを配膳したサクラの機転により、コテツはモモと隣同士になることができた。

だが、その正面にはモモの父親であるカヅキも居て、旅先でのことや新しい仕事のことなど次々尋ねてくるため、モモの方へゆっくり視線を向けることさえ憚られる。

すると、そんなコテツの落ち着かない様子に気遣ってか……或いはそれがこの夫婦にとっての日常なのか、ニナがカヅキに構いはじめる。


「はい、ダーリン♡ あ〜んして♡」


「おいおい、ニナ。コテツくんもいるのによさないか……」


「だってこのオクラの天ぷら、前よりも美味しくできたと思うんですもの〜。ねっ、あ〜ん♡」


「ニナ……」


ともあれ、カヅキの意識がニナへ向いた今こそ、コテツはモモと話すチャンスだと思った。

しかし、いざとなるとどう会話すればいいのか全くわからない。

緊張したコテツが麦茶を飲み干すと、隣のモモはすかさず薬缶に手を伸ばす。


「コテツくん、おかわりいりますか〜?」


「あ、はいっ。ありがとうございます……!」


モモの気遣いに感激しながらも、目を合わせられずに声を上擦らせるコテツ。

その真っ赤になった顔を、モモはまじまじと見つめてくる。


「じぃ〜〜っ……」


「え? えっと……モモさん⁇ な、何か?」


「う〜んとねぇ……今日のお昼過ぎ、コテツくん、診療所に来てたかなぁ?……声がしたと思って振り返ったら〜、走ってく背中が見えたんだよねぇ……」


「あ……」


しまった‼︎ 気付かれてた‼︎

コテツの顔はサァッと青ざめ、露骨に目が泳ぎ始めた。

モモはコテツの白くなった手に目を落としながら、呟くように尋ねる。


「コテツくん、もしかしてカオルコ先生にご用事あったのかな〜? でもモモが居たら邪魔だったのかなぁ……って」


「す、すみません……あの、忘れ物! 荷物を、その、村長さんのところに置き忘れたのに気が付いて! それで、大慌てで取りに戻ったんです。そのとき、久々にレミと会って話し込んでしまって……本当は先にカオルコ叔母さんに挨拶に寄ろうと思ってたんですが、遅くなったのでやっぱり宿の方に直行することにしたんです」


「そっかぁ〜。モモ、余計な心配しちゃったぁ。……でも、本当に診療所にご用事のときは、ちゃんと来てねぇ?」


「はいっ。お気遣い、ありがとうございます……」


コテツはなんとか上手く言い訳ができたと思って、ホッと胸を撫で下ろした。

サクラからは「このヘタレが!」と責めるような眼差しが飛んで来ていたが、それには気付かないフリをした。


***


同日夜、居住棟縁側。


「それじゃあ、コテっちゃん。カヅキ叔父さんが飲み過ぎないよう、し〜っかり見張っててよ!」


「へいへい……」


「サクラは心配症だなぁ。僕だってそう何度も同じ過ちはしないよ」


「叔父さんってばそんなこと言って! 前回はローレンさんにも介抱させたじゃないですか! 本当に気を付けて下さいよっ」


「はい……」


酒に弱い酒好きカヅキは、コテツを口実に久々の晩酌を許された。

コテツにカヅキの相手を任せたサクラが立ち去ると、コテツはカヅキに酌をしながら恐る恐る尋ねる。


「……お孫さんまで生まれたのに、まだ本当のことをサクラに教えてないんですか?」


「……知られてたのか……」


カヅキは飲みかけた杯を膝に下ろすと、液面に月と自身の顔を交互に映しながら、長い溜息を吐いた。

少し目線を上げると、月光に照らされた庭の草木が夜風に揺れ、今は夜空を蓄えたように暗い池の水面も、微かに波立っては煌めきを見せる。

こうしていると、カヅキは故郷でカオルコと泡沫の新婚生活を営んでいた記憶が蘇り、ニナたちへの罪悪感に胸が潰れる心地だ。

すっかり飲めなくなった様子のカヅキを見て、コテツは徳利を載せたお盆を隅の方へ押しやる。


「すみません……実は母から聞いて、知ってます。お気付きだったと思いますが、あの村では噂にもなっていたので……」


「いや、謝る必要はないよ。あの村に居ては、遅かれ早かれ耳に入っただろうから。半端な噂を知られているだけよりは、ちゃんとした事実を知ってもらえている方が安心だ。……それでもやはり、娘たちには知らせない方がいいと思うんだ。僕がカオルコと結婚してサクラを授かったことも、ニナとの結婚が正式なものではないことも……」


カタッ……


「「⁉︎」」


そのとき、不意に背後から小さな物音が聞こえ、カヅキとコテツは一斉に振り返った。

障子の向こうに見える人影はゆらゆらと揺れながら遠のき、サクラの声が聞こえてくる。


『あれ? モモちゃん、どうしたの?……モモちゃんっ⁉︎』


ガタンッ!


「モモさん!」


コテツが慌てて障子を開けると、もうそこにモモの姿は無く、サクラがモモに押し付けられたお盆を持って呆然と立ちつくしていた。

お盆にはいくつかの小鉢が載せられており、これを手にサクラはモモを追いかけ損ねてしまった。

モモは盗み聞きをするつもりなど無く、肴を差し入れようとして偶然カヅキたちの話を聞いてしまったのだ。


「コテっちゃん、何があったの? 急にモモちゃん走って行っちゃって……すぐにお母さんが追いかけて行ったから、大丈夫だとは思うけど……」


「それは…………」


コテツが口籠もると、騒ぎに気付いて厨から出てきたニナが、察した表情でカヅキを見た。

カヅキはニナの目を真っ直ぐ見ながら頷くと、サクラに向き直る。


「サクラ。大事な話がある」



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