1.コテツ
本編『15ー3.モモの部屋』でチラッと話題に上がった幼馴染コテツの話です。
ラブコメを目指したはずが、全体的にはシリアス多めになってしまいました……
ダイヤの月。温泉宿の居住棟、若夫婦の部屋。
ガタガタ……ガタッ!
「はぁ……」
隙間箪笥の引き手金具に指を食い込ませ、サクラは大きな溜息を吐いた。
今しがた読み終えた幼馴染からの手紙を詰め込もうと試みたところ、既に容量オーバーした最上部の手紙束が中でつっかえてしまったのだ。
呆れることに、この引き出し内を占拠している大量の手紙束は、全てが同一の差出人によるものである。
本来、狭い田舎村内で殆どが完結するサクラの交友関係において、文通の習慣は然程重要ではない。
ただ1人だけが異常な頻度で手紙を寄越してくる為に、他と隔離して専用の引き出しを定めることにまでなったのである。
「来たら絶対に文句言ってやろ……!」
なんとか引き出しを引っ張り出して、ぐしゃぐしゃになった手紙束の皺を伸ばしつつ、サクラは眉間に皺を寄せていた。
***
翌週、田舎村広場。
「この村へ来るのも2年以上ぶりになるのか……ああ! 愛し麗しのモモさんはちゃんと息災だろうか⁉︎ 何かあればサクラに報告させるようにしてはいるが、やはり心配だ……もし、もしも、モモさんに俺以外の親しい男が出来ていたりなどしたら、俺は……俺はァァ……ッ」
コテツは鉢金を巻いた額を両手で押さえ、高く結い上げた黒髪が乱れるほどに激しく頭を振った。
着物に防具と袖無し羽織を重ね、腰には打刀と脇差の二本差し。夏には少々暑苦しいが、生真面目に武人の正装に拘っている。
小柄ながらも大変強靭なフィジカル狂者であり、村から村への移動も修行として徒歩で来たほどだ。
カオルコの甥であり、サクラの従弟である彼は、カヅキたち一家が以前住んでいた村の出身で、モモとも幼馴染である。
村長邸で手続きを済ませると、まずは世話になる温泉宿へ向かうべきところだったが、疲れ知らずのその足は自ずと診療所の方へ向かっていく。
幼い頃から絶世の美少女であった想い人は、会わない間にどれほどその美貌を増していることだろう……
自分以外にどれ程多くの男たちが、彼女に魅了されていることだろう……
逸る気持ちを抑えつつ、コテツは診療所の植え込みに身を潜め、中の様子を伺った。
すると、換気のために開け放たれた窓から、特徴的な甘くて可愛らしい笑い声が聞こえてくる。
(モモさんだ‼︎)
思わず植え込みから身を乗り出すコテツ。その視界に飛び込んできたのは、夢にまで見た美しい想い人の姿だ。
ふわふわの長い金髪、同じ色の長い睫毛。おっとりとした桃色のタレ目に添えられた、色っぽい泣き黒子。
あどけなさを残した笑顔は昔から変わらぬ一方で、白衣風のローブに包まれた白い肌は、会うたびに胸部の豊満さを増していくようだ。
そして、そんな想い人の胸元には……
「まっまーぁ!」
「あらあら〜♡ ユスラちゃんったらぁ、今モモのことママって呼んだわぁ〜♡」
「ユスラ〜? パパだぞ〜? パ、パ! パパも呼んでごらん〜?」
「ぱっ……ま、……まっぱ!」
「惜しいぃ〜! けどかわいいぃぃ〜〜♡♡♡」
想い人の腕に抱かれた、想い人と同じ髪と目の色の赤ん坊。
その隣に佇むのは、幸せそうに顔を緩ませている金髪の長身美男。
その光景はコテツの精神を焼き尽くすのに充分以上の力を持っていた。
「〜〜〜〜ッッ‼︎‼︎」
ガサガサッ‼︎
コテツは声にならない断末魔の叫びと共に植え込みから飛び出し、泣きながら走り去った!
***
仕立て屋、裏口。
「さてと……今日の仕事はあらかた片付いたし、あとは店番しながらピアに新しいエプロンでも縫うか……ふふふ♪」
依頼された納品作業を終え、仕立て職人レミは残りの勤務時間を私的な縫い物に活用することにした。
未だ叶う兆しすら無い幼馴染との新婚生活など妄想しつつ、ルンルンとした気分でバックヤードに半歩踏み込んだとき、レミはふと背後から近づいてくる足音に気付く。
「れぇええみぃいいい〜〜……」
「えっ⁉︎ うわ、コテツ‼︎ 久しぶりだな〜っ! 元気に……って、全然元気じゃないな……どうしたんだよ⁇」
「うおおおお〜〜ん‼︎ 心の友よぉ〜〜‼︎」
がばーっ‼︎
「ぎゃあ⁉︎ 抱きつくなー‼︎ 何があったか落ち着いて話せって……」
「俺の、俺のモモさんがぁ……モモさんがああっ」
ぎゅうううう……
「ぎゃーっ⁉︎ まずは僕を放せ‼︎ ばか力! 汗臭い‼︎ 柄! 刀の柄めり込んでる! 痛い痛い痛い……」
結局レミは半休を取り、錯乱した友の話を聞いてやることにした。
***
縫製工房、裏庭。
「えっ! じゃあさっき俺が見たのって、モモさんじゃなくてサクラの娘と旦那さん⁉︎」
「そうだよ。赤ん坊のこと、ユスラって呼んでなかったか?」
「そ、そういえば呼んでた気がする……」
木陰のベンチで話をすること数分、コテツの早とちりはレミによって無事に訂正された。
「はぁ……ユスラやローレンさんの事なら、僕やサクラの手紙にも書いてあったはずだろ?」
「す、すまん。その通りだ……だが、なんでユスラはモモさんのこと『ママ』なんて呼んだんだ?」
「まだ赤ん坊だから意味がよくわかってないだけだよ。最近のユスラ、女の人のことは誰でもそう呼ぶらしいから」
何故か自身は男性にも関わらずママ呼びされてしまったのだが、その事は言わないでおくレミ。
これまで初対面の相手からは高確率で女性に間違われてきたが、よもや乳幼児からさえ間違われるとは認めたくないものである。
思い返せば、コテツと初めて出会ったときもそうであった。
当時まだ縫製工房で見習いをしていたレミが仕立て屋へお使いに行ったところ、偶然居合わせたコテツにモモへの贈り物選びに付き合わされたのだが、その際「女子の意見が知りたい」という理由で声をかけられたのだ。
そんな出会いではあったものの、詳しくお互いの話をしてみれば、初恋の幼馴染に一途に片想いし続けている同士で意気投合。
ついでに低身長に悩む者同士であったことも手伝って、2人は固い絆で結ばれたのである。
以来、コテツが地元へ帰った後も文通が続き、たまに村へ遊びに来るときは必ず会うようにしていた。
「ま、でもこれからはコテツもこの村で暮らすんだし、そういう勘違いもしなくて済むな。僕もこれまでより色々と相談に乗ってあげるし、乗ってもらうしさ。……手紙には『再開発中の南地区で大工仕事をする』って書いてあったけど、家はどこになるんだ? よければこれから行かせてよ。片付けとか手伝うし」
「ふっふっふ……それなんだが、実は村長さんの許可を貰って、自分で新しく建ててもいいことになったんだ! 建ててる間は温泉宿に泊まる予定だから、レミの職場とも近いな」
「へぇ! いいじゃん! 温泉宿なら同じ敷地内にモモも住んでるわけだし、距離を縮めるチャンスじゃん。サクラもきっと協力してくれるだろうし、勿論僕も応援するよ」
「ありがとう! 流石は心の友! それで……だな、……その……実は、だな………俺、俺…………」
「ん? なんだよ、勿体ぶってさ?」
「…………」
急にモゴモゴと口ごもって俯いたコテツだったが、目を閉じて大きく深呼吸すると、姿勢を正して声を張り上げる。
「新居が完成したら、正式にモモさんに結婚を申し込もうと決めているんだ‼︎」
「おおーーっ‼︎」
「火の国や水の国と比べると、地の国は結婚するのが早い。ここみたいな田舎村だと、10代同士で結婚することの方が多いだろ? あの家にはサクラの家族も増えて、宿泊棟はともかく、居住棟の部屋数は足りてないはずだ。モモさんに言い寄る男は俺以外にも多いだろうし、カヅキさんだって、愛娘を託すなら昔から知ってる俺の方が安心できるはずだ。ニナさんたちにも気に入られてる自信はあるし、お金も頑張って貯めてきた。あとは……」
「肝心のモモ本人の心を掴む……ってことだな」
レミが続けた言葉に、コテツは大きく頷いた。
膝に乗せた拳をギュッと握りめ、真っ赤になった顔に汗を流して震えている姿には、コテツの初心で純情な内面が恥ずかしいほどに表れている。
そんなコテツだから、レミも心から応援したいと思えるのだ。
「とりあえず僕からコテツに最初の助言……今日はモモに会う前にシャワー浴びて着替えろ」
「エッ」
「汗臭い」
スンッ……
ユスラの目は母と同じ桃色、髪は父と同じ金髪。
ファンタジーなので現実世界の遺伝法則は無視してます