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5.新しい家庭

翌年、ハートの月。温泉宿の中庭。


「ほ〜ら、ユスラ。これが銀杏だぞ〜」


「うー?」


「銀杏の実は、ユスラのママが好きな茶碗蒸しにも入れたりするんだぞ〜」


「まーぁ!」


「おっと! でもユスラはまだ食べられないからな〜。扱いも難しいし、パパも今は拾うのをやめておこう……」


「おー……」


「ああ〜♡ ユスラは世界一可愛いなぁ♡♡ パパはユスラが大大大好きだぞぉ〜♡♡♡」


「うぇ〜っ」


すっかり子煩悩な父親となったローレンが、愛娘ユスラを抱いて散歩中だ。

ユスラは半年前に生まれたばかり。まだ言葉もわからない赤ん坊のはずだが、それでも時間があると飽きもせず話しかけ続けている。


ユスラの目は、母親譲りの桃色の目。

髪は金髪で、肌は白く、耳は尖ったエルフ耳……全体的に父親似の娘である。


「……まったく、お兄はデレデレし過ぎだろ……」


縁側から遠目に兄と姪を眺めつつ、叔母となったティアは溜め息を吐く。

昨年倒れて以降、村に居てもローレンが妹の心配ばかりして落ち着かないとのことで、サクラの強い勧めからティアも兄夫婦と同居する事が決まった。

だが、今年になっていざ引っ越してみると、兄は妻子のことばかり気にかけて、妹には殆ど見向きもしないのである。


別に妹のことを嫌いになったわけではなく、ただ兄には明確な優先順位が出来たのだ。

同じ敷地内で生活していても、兄には兄の家庭が出来上がって、これまで家族だった自分は他人になっていく……

ティアが密かに疎外感に打ちひしがれていると、義姉となったサクラがやって来て、隣に座る。


相変わらず経産婦とは思えない幼さだが、兄の妻となった以上、この軽く100歳以上歳下の小娘が、ティアにとっては『義姉』である。

結婚式は花見の時期がいいとの希望で、今年はユスラ誕生の都合により挙げられず、来年に延期したが、籍は既に入れてある。


「……まったく、ローレンさんってばデレデレし過ぎですよねっ」


自分と同じことを言う義姉に、ティアは思わず吹き出しそうになる。


「へぇ〜、サクラは娘に嫉妬かよ?」


「ふふっ……ティアさんこそ」


小生意気になったものだ。そう感心しつつ、ティアは虚勢を張って微笑する。


「別にー。あたしはウザいお兄から解放されて清々してるよ。あーあ、お兄はユスラが大きくなったらウザがられるに違いないぜっ」


「きっとローレンさんだけじゃないですよ? うちはモモちゃんも、女将さんも、叔父さんも、み〜んなユスラにデレっデレですから。このままじゃ成長しても甘やかしてばかりになりそうで、その分、わたしとお母さんはユスラをしっかり躾けないとねって、最近よく話してるんですっ」


「あんたって本当、見た目によらず強かだよなー」


「ティアさんも協力してくださいよ?」


「ははっ。まじつえー」


そのとき、中庭に少し強い風が吹いて、各々乱れた髪を手櫛で整え始めた。

去年短くしたローレンの髪も、以前ほどの長さはないが、また結べるくらいに伸びている。

サクラがローレンの突然の断髪を勿体無いと嘆いたため、再び伸ばし始めたのだ。

もう妹のためではなく、妻のための髪である。


一方、出会った頃は襟足が隠れるくらいの長さだったサクラの髪も、最近は鎖骨にかかる長さまで伸びている。

理由は2つあって、夫だけに髪を伸ばさせるのが心苦しかったからと、少しでも大人っぽく見られる効果を期待したからだ。


ティアはというと、結局ずっと今まで通りの長さを維持している。

たまにモモやサクラがティアの髪でヘアアレンジを試したがるが、ティアはその特権を兄にだけ許している。


「娘は……ハーフエルフの父親から、エルフの特性を色濃く引き継いで生まれてきました」


不意に、サクラが真面目な声で話し始めた。


***


医者である母の見立てでは、娘も夫やティアさんのように10代後半から成長速度が格段に遅くなり、若さを保ったまま数百年を生きることになりそうです。

勿論、母はエルフの専門家ではないですし、断定はできません。


現代のエルフ保護法に反するような大昔のエルフ関連の研究情報は、一般に非公開とされています。

ハーフエルフと人間の間に生まれた子供がハーフエルフになった話もあれば、人間になった話もありますが、どれも噂程度のものばかり……

どうにも情報不足なんです。


わたしが死んだ後、娘が夫やティアさんと同じくらい長生きする保証はありません。

確かなのは、わたしが夫や娘よりもずっと速く老いて、先に死んでしまうということです。


***


「……別にエルフだって不死身じゃねーし、必ず長生きできる保証はねーけど……」


「それでもっ、ローレンさんもユスラも絶対そういう万が一のことなんかあったらダメですからっ! ありませんっ! 2人とも絶対ちゃんと天寿を全うしてもらいますっ!」


気まずいティアがなんとか入れたツッコミに、サクラはムッとして反論した。

ぷくっと頬を膨らませた表情は、やはりとても幼い。

しかしそれも束の間、少女は再び、妻でもあり母でもある女の表情に戻る。


「……ティアさん、ローレンさんのこと宜しくお願いしますね。わたしが死んだ後、寂しくならないように。もし、また他の相手と再婚することになったときは、わたしに遠慮せず、ちゃんと背中を押してあげてください。……勿論、ちゃんと見合う相手でないとダメですけどっ」


「……言われなくても任されてるよ。お兄のお守りは、昔っからあたしの役目だ」


長く生きてる者よりも死に近い者の方が精神的に大人になることもあるのだろう……ティアはそんなことも思った。


「ティアさん……ありがとうございます」


「ああ……」


いつまでもその関係には辿り着けない妹と、いつまでも一緒にはいられない妻。

お互い、叶わないし、敵わない。

ずっと訪れない幸せと、ずっとは続かない幸せ。

1人の男を巡って2人はそれぞれ違う悲しみを抱きながら、それでもやはり同じ相手を愛している同志なのだ。


「……なぁ、また料理教えてくれよ。あんたの味、あたしも再現できるようになっときたい。それに、あんた自身のことも、もっとちゃんと知っときたくなった」


「はい、喜んで!」


「おや? サクラさんもティアもご機嫌だなぁ。何の話をしてたんだい?」


妻と妹の打ち解けた様子に気付き、頭に紅葉の葉をくっ付けたローレンが娘を連れて歩み寄る。

ティアとサクラは目配せした後、楽しげな声を揃える。


「「内緒っ!」」



捉え方によってはローレンがシスコンロリコンマザコン三拍子揃ったノンデリKY野郎に思われてそうですが、配偶者の老後も真面目に介護してくれるし浮気もしない良い奴なんです……


次回はモモ、コテツの話を短めで予定。

次次回はカオルコ、ニナ、カヅキの話を長めで予定。

現実の予定がしばらく不安定なので更新時期は不明です……

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