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1.天使と悪魔

毎年ハートの月には、村へ旅の劇団が訪れる。

今年の演目は、領邦国家時代の風の国を舞台にした悲恋もの。

敵対する小国同士の王子と姫が恋に落ち、駆け落ちするも命を落とすという内容だった。


「今年のはあれだろ? 有名な戯曲のパクリだったろ? 学の無いおらでもなんとなく知ってたぞ」


「オマージュでは? まあ著作権はとっくに切れてるだろ。それに大まかな流れは似てるけど、違う点も多い。特に最後は……」


「どうせならもっと優しいお話にアレンジすればいいのにねぇ……今の流行りなのか、より残酷にしてるんだもの。小さい子供たちも観てたのに……ほら、あの子たちなんかすっかり落ち込んじゃってるよ」


劇が終わり、広場から散り散りに帰っていく村人たち。

そんな中、孤児のカップルは小さな手をしっかりと繋ぎ、俯きながら寄り添うように歩いていく。


「あらあら、おてて繋いで可愛いわねぇ〜」


「ガトーくんとショコラちゃん、いつ見ても本当に仲良しさんよねぇ〜」


幼い後ろ姿が教会への坂道をゆっくり登っていくのを、大人たちは微笑ましく見送った。


***


同日夕刻、教会西側の崖。


「ガトー、ショコラ、そんな端に居るのはやめておけ。大人たちが見つけると大騒ぎだ」


柵向こうの崖っぷちに腰掛けていた2人に、いつも天使を自称しているアリスが声をかけた。

アリスはメイドらしからぬ縦ロールの金髪を秋風に靡かせ、堂々とした足取りで歩いてくる。

ガトーとショコラはそちらへ振り向くことなく、足下に広がった海を見下ろし続けている。


「でも俺たち、今更ここから落ちたくらいじゃ死なないんだろうな」


「私たち、記憶が戻ったの……さっきのお芝居の台本、風の国の歴史書を参考にしてたらしくて……それで……」


「あれは俺たちの前世だったんだ」


ガトーはショコラと繋いだ手に力を込めた。

応じてショコラも握り返す手を強める。


「お芝居の結末通り……私たちは追手に負わされた怪我のせいで、森の魔物から逃げきれずに喰い殺された。でも、お芝居には無いその続き……偶々風の国を覗いていた水の国の女神様が、私たちを気に入って、生き返らせようとしたの……」


「でもその際、バラバラの喰い滓から元通りの形に再生しきれず、俺たちの体は縮み、記憶も失った。しかも、水の女神は俺たちを自国に持ち帰ろうとしたが、それもできなかった」


「私たち、逃げるために邪魔者を殺しすぎたの……その業があるから、転生させるときに悪魔の属性が付いてしまった……潔癖な水の女神様は、規制の厳しい自国に穢れを持ち込むことができなかった……」


「俺たちから悪魔属性を取り消すには、世界に重い書き換え負荷をかけることになる。負荷による魔穴発生を避けるため、水の女神は俺たちを悪魔のまま保管しておくことにした」


「そのまま永い永い時が過ぎ、私たちを持て余した水の女神様は……環境固定魔法で安全なこの村へ、こっそり私たちを預けたの……身の回りの物も色々持たせて、ね」


そう言いながらショコラは、フリルとレースが多重に飾られたスカートをふわりと揺らした。

孤児として保護された際に回収された荷物には、このような豪奢な衣類が大量に詰め込まれていたのだった。


「水の女神はルッキズムの権化みたいな神だったからな。そもそも俺たちのこと、着せ替え人形目的で攫ったんだぜ?」


ガトーも自身のソックスガーターを指で引っ張りながら、自嘲的な笑みを浮かべる。

アリスは呆れたような溜息を吐く。


「いかにもな話だ。見た目が気に入ったからといって、捨てられた人形を安易に天使に転生させるような神だからな」


「アリスさん、人形から天使になったの……? でも、書き換え負荷は……?」


「元の情報が少ないほど、書き換え負荷も少なくて済むからな。真っ新に近い人形の方が、勝手がよかったということだ」


意外な出自をさらりと明かしたアリスに、ガトーはふと声を落として尋ねる。


「……アリスは、俺たちの正体にずっと気付いてたんだろ?」


「当然だ」


「私たちに何もしなくていいの……?」


「この世界の天使というものは実際、多くの無知な人間たちが期待しているようなそういう存在ではないからな。灰色の御方も何もなさらないし、ボクも何もしない。お前たちだって、悪魔らしくするつもりは無いだろう」


「まあな」


「灰色の御方って……神父さんに時々会いに来る天使様? 神父さんは、自分にだけ見える幻覚と思ってるみたいだけど……」


ショコラが教会の方を振り返ると、アリスは腕組みしながら頷く。


「そうだ。神父の思い込みは全く嘆かわしいことだが、灰色の御方はそれも含めて愉しんでいらっしゃるようだから、ボクから野暮な訂正はしないでいる。ボクはボクで、村人たちに天使ではなく半獣人と思われているしな」


「アリスがサーシャ以外に敬語遣うのなんて初めて聞いたな。基本的には誰にでも尊大なのに。天使にも階級があるんだ?」


西日の眩しさから逃れるように、ガトーもやっと振り向いた。

煌々と照らされるアリスの姿は、輝く彫刻のようだ。


「灰色の御方は創造主によって最初から天使として作られた。一方ボクは、創造主が各地域の運営役として作った神々の内、水の女神によって後付けで天使に変えられた。与えられている権限もまるで違う」


「えっと……親会社の社長秘書と、子会社の社長秘書……みたいな違い?」


「そんなところだ。まあボクの場合、ずっと暇を与えられているわけだがな。……さて、もう日が沈む。お前たちは神父が探し始める前に教会に戻るがいい。ボクもそろそろクリソベリルに新しいローブを繕ってやる時間だ。さっきも言った通り、ボクたち天使はお前たち悪魔に興味は無い。せっかく転生したのなら、今度こそ幸福を叶えるがいい」


夜の帳が下りる頃、天使と悪魔たちは各々の帰路へ就いた。

そうして何事も無く、村での日常は続くのだ。



今月は忙しいので1番短いこの話のみ更新。

サーシャの掘り下げは次々回予定、クリソベリルの掘り下げは次回予定。

村にかかっている環境固定魔法についての説明はレミ回予定なのでずっと先になります……

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