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4.家族

本編「20ー8.ただいま」〜「21ー1.桜咲く結婚式」の間の出来事。

スペードの月、夜。ティアとローレンの自宅。


村から南の森中にポツンと建っている一軒家は、ティアが自作の魔動機と魔法を駆使して建てたものだ。

村に住もうという兄の提案を却下し、2人きりで静かに暮らすことを望んだはずが……今は静かになり過ぎてしまった。


(今頃お兄はどうしてるかな……)


窓ガラスに映る兄そっくりの顔を見つめながら、ティアは溜息を吐いた。


互いが唯一無二の双子であることを強調するように、常に兄の姿を真似してきたティア。

そんな妹の我儘に困りつつも、ティアの綺麗な髪が好きだった兄は、自身も長髪にすることでティアの髪を長く保ってきた。

兄が妹の髪を梳かすひとときが、兄も妹も大好きだった。けれども……


先月、兄は髪を短く切った。


婚約者の妊娠が発覚して忙しくなった兄は、もう以前の様に妹の世話をできなくなったのだ。

過剰な共依存から脱却し、お互いに自立してこそ拓ける可能性もあるはずだから……と、そんな風な言葉で言い含めて、兄はこの兄妹の家から出て行った。

本来クローバーの月に予定していた式は妊娠により延期になったが、挙式のタイミングで向こうの家に同居する予定の方は早まったのだ。


以降、兄は婿入り先へ荷物を運び出すついでに、ティアの家事を手伝いに通ってくれてはいる。

だが、その頻度はティアの期待をどんどん下回っていくばかりだ。


(自分で髪の手入れすんのとか超めんどいし……)


そうなった今でもティアが長い髪を切らずにいるのは、それがまだ兄が『妹のための兄』だった頃の姿だからだ。

そんな悪あがきを続けたところで、実際の兄はどんどん遠くなっていくというのに……


取り残された自分自身の姿を見つめながら、ティアは兄の声を思い出す。


『ティア! ティア! ああ、オレの可愛い妹! 兄ちゃんはティアのことが大好きだよ!』


好きなんて言葉、無責任に繰り返さないでほしい。

言えば言うほど軽くなるのではなく、重くなる……その言葉の消えた空白が。


氷のように冷たい窓ガラスに触れると、結露の雫が涙痕をなぞるように流れていった。


***


数日後……


昼に近い朝。やっとカーテンを開けたティアだが、日光が照らし出す室内の惨状には無視を決め込むことにしていた。

部屋は散らかりっぱなし、洗い物も溜まりっぱなしだが、たまに来る兄の仕事は少しでも多い方がいいだろう。


しかしながら、洗面所の鏡に映った自身の姿だけはなんとかしたく思った。

古文書を頼りに古代魔動機の再構築をしようと没頭しすぎた結果、髪はボサボサ、顔はインク塗れ、服も汚れてしわくちゃだ。


予定通りなら今日は兄が来る日のはず……

見苦しい姿に幻滅される前に、ティアは久しぶりのシャワーを浴びることにした。


***


夢の中。


ティアは人間の母がまだ生きていた頃の家にいて、自分たち双子が成長していく過程を振り返っていた。


そこはちょうど今の家と似たような立地で、人里近くの森にポツンとある小さな研究所だった。

母は失われた古代魔法について調べている学者で、ティアとローレンにも様々な知識を与えてくれた。

先に母の研究に興味を持ったのは兄だったが、その兄に感化された妹があっという間に兄を追い抜くと、兄は妹の研究を補佐することが増えていった。


母が生きていた頃の兄は、今ほど社交的ではなく、ほとんどの時間を家で家族とばかり過ごしていた。

後から思えば、短命な人間の母と過ごす時間を惜しんでいたのだろう。

双子たちの成長が青年期で落ち着いても、人間の母はどんどん老いていった。


母が亡くなって以降の兄は、引きこもりがちな妹と外界とを繋ぐ役割をしつつ、自身の恋人作りにも積極的になった。

その根底には、エルフと人間という種族の壁を超えた恋愛への強い憧れがあったように思う。

双子が物心ついた時には既にいなかった父について、母は多くを語らなかったが、兄は異種族恋愛譚などに両親の姿を重ね見ていたところがあった。


だが、その父について、いよいよ高齢となり死期の迫った母は、ティアだけに真実を伝えていた。

純粋で夢見がちなローレンには決して教えられなかった、母の罪……

それは、エルフという種族を調べる為、また、自分の研究を引き継ぐ長命種の子孫を得る為に、エルフである父を捕らえ、命を助けてやる代わりに子種を要求し、培養液の中で双子を作り出したことだった。

……父は兄以上のお人好しだったのか、母を訴えなかったらしいが……それでも母は犯罪者に違いない。


この真実を兄に伝えて、兄の異種族恋愛への憧れを破壊してしまえば……

更には、この特異な出自の自分たちにはお互いだけが唯一の仲間であると洗脳できれば……

ティアは独占欲からそんな悪意を抱くこともあったが、やはり兄の心をズタズタに傷付けるようなことは絶対にできなかった。

いつだって誰よりも兄の幸福を願っていた。


「本当にそれでいいのかい?」


ふと、聞き覚えのある悪友の声がして、夢の中の場面が変わった。

今度は今の家で書斎にいるようだが、ひどく暗い。

友はティアに背を向けたまま、棚の本をランダムに抜き取っては、パラパラと中身を覗いて戻す動作を繰り返している。

繰り返しながら、一方的に語りかけてくる。


***


本は良いね。言葉が充実するほど現実より夢を見るのが得意になる。

虚構の中をいきるのは楽しい。楽だ。

現実にこっ酷くやられては、もう夢しか愛せないからね。大切な救いだよ。


気付いているかい? 言葉はここに無いものばかりだ。

言葉は虚像であって、実像ではないからね。


言葉が多い人間は嘘も多くなる。

各々語る正義、そのどれもが全て偽物さ。ただの極論だけどね。


言葉に作られてる『心』だって、言葉が定義するものに過ぎない。

不完全な言葉によって、アタシたちは理解し合うことなく、誤解し合って生きる。

それでいいのさ。妥協を愛そう。


人間の精神性に期待しすぎると、失望することも多いだろう?

結局のところ、心も動物としての活動を助ける体の機能さ。

負荷に気付いて回避や抵抗を選択したり、有利条件を見つけて権利を得たり、欲望を目標として具象化したり美化したり……色々あるね。


便宜上の演技に自覚的な者でさえ、自己の根拠を疑うところまではなかなか向かわないようだ。

その方が好都合だからね。利口だよ。人間は利口な動物だ。

その利口さで心を有しているわけだね。


実在する肉体の滅びから逃避するために、心や魂、精神という偶像を崇拝するのは好都合だ。

永遠を信仰して恐怖を除くことで、心穏やかにも勇敢にもなれるしね。


だが、心はいつも体にとって最適解を導けるとは限らない。

体を守るために臆病になり過ぎる場合や、体裁を守るために善良になり過ぎる場合もある……


なあ? ティア……


君の心は、体の欲望を叶えるどころか妨げる、足枷のようだ。

不都合な恋への執着心を持ちながら、成就を諦めてしまう自制心まで持っている。


心のために体の方をしもべに替えてしまうなんて、難儀だね。

たまには体のために、心を能く使ってみなよ?

理性や常識で遠慮するより、たまには欲望を謳歌してみたいだろう?


だから、さあ、邪魔な良心は邪心で殺そう。

ティアだって主人公に、メインヒロインに、勝者に、悪賢い略奪者になってみたいはずさ!

他者の幸福を、壊せばいい。奪えばいい。願え。望め。欲望こそが主役の証だ!


***


現実。


「んん……⁇」


目覚めるとティアはパジャマ姿で兄のベッドに寝かされていた。

横を見ると、椅子に座った兄が心配そうにティアを見つめている。


「気が付いたかい? ティア」


「お兄……いつの間に来てたんだよ……? それにここ、お兄の部屋……なんであたし……⁇」


「オレの部屋の方がシャワールームから運ぶのに近かったし、ティアのベッドは本や魔道具で埋まってたからだよ。まったく……最後にちゃんとベッドで寝たのはいつなんだか……」


「ベッドなら、たまにお兄ので……って、違っ! そうじゃなくてっ……ええ⁉︎ しゃ、シャワールームからって……⁉︎⁉︎」


独居になってからのティアは、寝ろとも起きろとも注意されなくなり、昼夜の時間感覚は狂いっぱなし。食事も1人だと億劫で忘れがちだった。

静か過ぎる家は不安で、名前を呼びたい相手すら不在……その寂しさを紛らわす為、いつも以上に研究に没頭し続け、不摂生を極めていた。


そんな状態で無理をしてシャワーを浴びた結果、浴びながら身体の限界が来てしまったのだ。

気絶直前を思い出したティアは真っ赤になって飛び起きたが、ふらついた頭をまたすぐ兄の手で枕に戻されてしまう。

ローレンは呆れたような怒ったような溜め息を吐いて、妹の首元まで布団を掛け直す。


「あんな姿で倒れてるから、何かあったのかと驚いたよ。でも、体を調べたところ過労みたいだったし……食事も睡眠も碌にとらずに、研究ばかりしてたんだろう?」


「うっ……確かにその通りだけど……って、ええ⁉︎ か、体を調べたって……⁇⁇」


「最近は診療所で色々勉強させてもらってるからね。オレも回復魔法を使う以外にできることが増えてきたよ。といっても、まだまだ修行中の身だ……これからもっと頑張らないと!」


「そういうことじゃなくてっ……っていうか! 服も! し、下着とか着せたのって……」


「兄ちゃんに決まってるだろ。他に誰もいないんだから」


「〜〜〜〜ッッ‼︎‼︎」


バシッ‼︎  バシバシッ‼︎


ティアは再び起き上がると枕で兄を叩き始めた。

ローレンはなんとか妹の猛攻を受け止めると、再び枕をベッドへ、妹の頭をその上へ戻す。


「恥じらうくらいなら、こうならないように気をつけなさい!……そもそも、普段から洗濯するのも買ってくるのもオレに任せてるくせに……」


「下着はともかく、裸は普段見せてないだろッ‼︎」


「よく言うよ。バスタオル1枚で部屋をウロウロして、何度もオレに注意されてたくせに……」


「〜〜〜〜ッッ‼︎‼︎」


「うわっ⁉︎ お、落ち着きなさい! ティアっ……」


またまた起き上がって枕を振りかぶった妹を、ローレンはなんとか布団に押し戻した。

まるで兄に押し倒されたかのような格好になったティアは、接近した兄と目が合うと瞼をぎゅっと閉じる……

当然、兄の顔はそれ以上近づいてくることはなく、それどころか立ち上がって離れて行こうとする。


「それじゃ、オレは今から掃除と洗濯に取り掛かる。帰る直前にまた様子を見にくるから、ティアはしっかり眠って体を休ませること! 回復魔法だけじゃ真の健康は得られないんだからな。そうそう、作り置きの料理はサクラさんにも手伝ってもらってたくさん用意したから、後で食べる時はちゃんと彼女に感謝しながら食べてくれよ?」


せっかく久しぶりに会えた兄なのに、このままでは碌に会話もできないまま帰ってしまう!

焦ったティアは思わず声を上ずらせる。


「あっ……待って! お兄ちゃんっ‼︎」


「え?」


「ッ⁉︎⁉︎」


母と暮らしていた頃の夢を見たせいだろうか?

うっかり幼少期の「お兄ちゃん」呼びをしてしまったティアは、羞恥で顔を布団に隠した。

布団の外では、兄がこちら側へ近づいてくる気配がする。


「……どうしたんだい?」


「…………」


あたたかな落ち着きのある声が布団越しに降り注ぐと、ティアはゆっくりと火照った顔を覗かせた。

緊張で伏せた目では兄の表情を確認できないまま、消え入りそうな声で精一杯のおねだりを試みる。


「……キス、して……」


ティアは目を伏せたまま、兄の反応を待った。

すると、兄の手がティアの顔の横に置かれ、ベッドを静かに軋ませる。


ギシ……


「!」


兄の影がティアの顔に覆い被さり、ティアは思わず目を瞑った。

ドキドキしながら待っていると、兄の綺麗な指が優しくティアの前髪を梳くのがわかった。

兄の温度が、吐息が、確かに接近してくるのを感じる。そして……


ちゅっ♡


「……オレたちが子供の頃、母さんがよくしてくれた悪夢を見ないおまじないだったな。ティア、いい夢を見てくれよ」


兄はティアの額に軽く口付けると、いつものように爽やかに笑って部屋を去った。

結局、ティアの真意は兄に全く伝わらなかったのだ。


***


夢の中。


再びあの書斎の夢の続きだが、今度はティアから友の背に声をかける。


「あたしは……壊れずにそこにある幸福が大切だ。大切な人の大切な幸福を守れるなら、自分は脇役のままでいい。それでもう報われてる、と思う」


「幸福を願うことが愛。愛することこそが真に心を幸福で満たす方法だ。おめでとう。それでこそ心優しい脇役ちゃん。アタシは君が大好きだよ」


振り返ると自嘲的な笑みを浮かべ、友の幻影は消え去った。



クロエ「アタシそんなこと言ってないww」


夢の中の悪友は0話のクロエですが、ティアの中だけの幻です。


双子たちの父エルフについてはぼんやりと後日談考えてるだけなので、まだ書くか不確定……

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