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17.天罰

遠洋でのシドは船の英雄だった。

漁師としてより魔物に対する護衛として優秀だったからだ。

あるときは遠くを跳ねた巨大魚型魔物に銛を投げて捕らえたこともあった。


寄港地では必ず妻子に宛てて手紙を出した。

拙いながらも文字の読み書きができるようになったのは、妻イサナが熱心に教えてくれたおかげだ。

シドは改めてそのことに感謝していた。


だがその一方で、清楚で善良な妻に犯罪者の自分が釣り合っていないことが苦しかった。

遠洋漁業を選んだのは、村からだけでなく妻から逃げたい気持ちもあったのかもしれない。


昔のように娼婦を抱くことは無くなったが、寄港地の酒場では女性と色っぽい会話を楽しむこともあった。

どうでもいい相手と適当に時間を潰すのは気楽だったのだ。

そうして比べる度に、自分には妻こそが最良の女だと確信して、勝手に満足していた。

離れている間も常に帰るべき心の拠り所として揺るがなかった。


いつだってずっと妻を愛していた。


眩しすぎて目を逸らすこともあるけれど、彼女のおかげでもっとずっと生き続けたいという欲を持てた。

大嫌いな自分の中でも大好きだと肯定できるところは、妻のことが大好きなところだ。

存在そのものも存在への想いも、真実で信仰で拠り所だ。人生の恩人で、神様より神様だ。


当然、そんなこと重すぎて本人には言えやしないが。


毎年冬の半ば頃帰っては、春になるとすぐ次の漁へ出た。

妻子と一緒に居られる期間は短かったが、その分2人の前では良い人間でいようと努めた。


自分が殺めたガルの遺族にも、匿名で送金だけは続けていた……が、やがてその住所から居なくなってしまい、後のことはわからなくなった。


そうして10年以上の歳月が流れ……


***


小雪舞い散る、ある日の帰路。


「父さん、俺も遠洋漁業に出ようと思う」


「ファド……」


シドが世界で2番目に愛する息子、ファドもすっかり大きく成長した。

精悍な顔立ちは父の若い頃そっくりだが、背丈は大幅に超えている。その点に関しては、長身が多かったという母の家系が濃いのだろう。


村の漁港で荷分けや整備の手伝いをするようになったファドは、父の評判を色々聞いて遠洋漁業に憧れを持ったらしい。

遠洋漁船でのシドの活躍ぶりは村の漁港へもよく伝わっており、村での悪い印象はとっくに払拭されていた。


「ダメだ。お前まで村を離れたら母さんが寂しがる」


「今度は父さんが村に残りなよ。漁以上に海洋魔物狩りでもう充分稼いだんだからさ」


「そのオレが今更抜けるなんて許されるわけねぇだろ。向こうの漁港が放さねぇさ」


「なら、せめて同じ漁港でももっと期間の短い船に変えなよ。半年とかさ。それで俺と交代で出ればいいよ。うちに来てるお手伝いさんもそろそろ引退したがってたし、これからはオレか父さん、どっちかいつも家にいるようにすればいい」


父を恋しがる母の姿を長年見てきたファドには、両親が2人きりになれる時間を作ってあげたい気持ちもあった。

父を村に居辛くさせたのは幼い頃の自分が懐かなかったせいもあったと後悔していたのだ。


「手伝いは新しく雇えばいいだろ。お前だって友達付き合いがあるし、どうせオレたちだけじゃ、いつも母さんの傍にはいられねぇんだから」


「父さんなら、母さんにべったり貼り付いてそうだけどね。俺がちょっと離れるくらいのときは、引退したエリカ先生にでも来てもらうからいいよ。呼ばなくてもしょっちゅう来てるし。実質母さんの専属医だね」


「オレはあの婆さん苦手なんだよ……」


体の弱い妻に良くしてくれていることは感謝していたが、シドはやはりエリカの名前を聞いただけで気持ちが萎縮してしまう。

叱られた子供のような表情をした父を、ファドはケラケラと笑う。


「あーあ、父さんも早く引退すればいいのに」


「うるせぇ、オレはまだまだこれからだっての。それにイサナだって、お前が行くのは反対するだろ」


「母さんならあっさり説得できたよ。あとは父さんだけ」


「そうなのか⁇」


「そうだよ。軍が取り締まったおかげで最近は海賊もいなくなったって聞くし、魔術式研究が進んで船の海洋魔物対策だって日々進歩してるんだ。俺にまで過保護にならないでくれよ」


「…………」


そうこうしているうちに家の前まで着いた。

ファドが先にドアを開けると、イサナはすぐ前に立っていた。窓から2人の姿を見つけて、待ち構えていたのだ。


「ただいま、母さん。あと、おかえり、父さん」


「おかえりなさい」


「ただいま」


シドとイサナはお互いをしっかり抱き締め合った。

歳上の妻は言うまでもなく、シド自身ももうすっかりオジサンだ。


自身が若い頃は年寄りに思えた年齢でも、実際に到達してみると全然そうは思えず、精神的にはまだまだ未熟者だと思うことの方が多い。

それでも、息子のような生気に満ちた若さを前にすれば、自らの老いを実感して気圧されもする。

ただ、互いにどれほど老いても妻への愛しさは増すばかりで、いつまでも世界一の女に違いないと思えた。


***


直近の航海については既に予定が組んであった為、その翌年からシドはファドと交代で半年ずつ遠洋漁業に参加するように変えてもらった。

家事をしたり、昼寝をしたり、好きな音楽を楽しんだり、市場や温泉へ出かけたり……シドが村にいる間、今までの分を取り戻すかのように、夫婦はできる限り一緒の時間を過ごした。


そんなある年、息子のファドが家に赤毛の美女を連れ帰ってきた。

彼女は寄港地で隣に停まっていた観光船の乗客で、風に飛ばされてきた彼女の帽子を偶然拾ったのがきっかけで知り合ったという。

漁船の整備トラブルで出港予定が延びた為、息子と彼女はその港町で数日を共に過ごし、燃える様な恋で結ばれたらしい。


しかも、火の国出身の彼女は帰国後すぐ妊娠に気付き、家出して地の国へやって来たというのだから、シドは腹の子供が本当に自分たちの孫か疑わしく、最初は2人の結婚に難色を示した。

しかし、イサナは素直に若い2人を祝福し、何より息子自身の意志が固かったので、シドも認めざるをえなかった。

お腹が大きくなる前に急いで挙式を済ませた息子夫婦は、ひとまずそのまま実家で両親と同居することになった。


それから間も無く、イサナが倒れた。



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