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16.夢から覚めても

夢の中。

シドは薄暗い見世物小屋の檻の中にいた。

檻の外ではショッキングピンクのスーツを着込んだマーリンがスポットライトを浴びている。


「レディーース・アーーンド・ジェントルメェェェェン‼︎‼︎ 今宵お見せいたしますのは世にも残忍で卑劣‼︎ 悪逆非道にして冷酷無慈悲な大量殺人鬼‼︎ ご観覧の皆様は決して檻の中に手を入れないよう願います‼︎ それではご覧に入れましょう……体は小さいが侮る勿れ、善良な母子から最愛の夫と父親を奪った凶悪犯、大海賊ツゥゥーーナァァーー‼︎‼︎」


ダラララララララ……ジャジャーーーーン‼︎‼︎


「ッ⁉︎」


ドラムロールの盛り上がりが最高潮で終わると同時に、目を焼くような眩いスポットライトが檻の中のシドを責めた。

外のマーリンは檻の周囲を高速でぐるぐると滑るように回りながら、ノリノリで踊り狂っている。


「この愚かで自己中心的なケダモノは、決して赦されざる大罪人にも関わらず、自己陶酔的な偽善により純粋な人々を騙し、病弱な女に子供を産ませ、円満な家庭を得るという大犯罪を犯しやがりました‼︎ その上、ななな、なんと‼︎ こともあろうに自身とそっくり同じ境遇の同胞を、魔物のように惨殺し、保身の為に証拠隠滅までしたのです‼︎ 正に傍若無人‼︎ 彼の家族は遺体と再会することすら、永久に叶わないでしょう‼︎ ああ、なんとヒドイ‼︎‼︎」


マーリンが大袈裟に嘘泣きをしながら訴えると、客席は歔欷の声とシドへのブーイングで溢れかえった。


「恐れ知らずの身の程知らず‼︎ 卑怯者の大詐欺師‼︎ 自身は善良な人間に生まれ変わったなどと驕った思い違いをしておきながら、追い詰められればすぐに本性がポロリ‼︎ 邪悪を極めた畜生の顔がこちらです‼︎ この稀代の怪物を皆様どうぞお近くで‼︎ よ〜〜くご覧になってください‼︎ ささっ、どうぞ、どうぞぉ‼︎」


マーリンが煽りながら檻の上へ登ると、檻の周囲をぞろぞろと集まった人々が取り囲んでいく。

ある者は血塗れ、ある者は肌が腐って爛れている……全てツナが殺してきた屍たちだ。

例外として、直接殺してはいないが見殺しにしたジェリーや、偶然肉盾のようになって死んだモレイ……そして自殺したカイルの姿もある。


ガシャーーン‼︎


突然、屍の1体が檻を激しく揺らした。ツナが絞殺したあの少女だ。


「人殺し‼︎ 人殺し‼︎ 人殺し‼︎ 大勢不幸にしたお前に幸せになる権利なんか無い‼︎ 最低最悪の卑怯者‼︎ 罪人は今すぐ地獄へ落ちろ‼︎ 人殺し‼︎ 人殺し‼︎ 人殺し‼︎」


目玉が飛び出し肌の変色した少女は、ガシャガシャと檻を揺らしながら叫び続けた。

それに呼応して他の屍たちも人殺しコールを激しくしていく。


「「「人殺し‼︎ 人殺し‼︎ 人殺し‼︎ 人殺し‼︎ 人殺し‼︎ 人殺し‼︎」」」


「もうやめてくれ……‼︎」


シドは両耳を塞いで蹲った。すると、その足元にドプドプと液体が流れ込んでくる。

……血の海だ。


「ヒィッ‼︎」


シドは慌てて立ちあがろうとした。

しかし、その背は誰かに凄まじい力で押さえつけられている。

振り返ると、そこにはいつの間にかガルがいた。

ガルの背後には、写真でしか知らない彼の妻子の姿が幽霊のように浮かんでいる。


「赦さない……赦さない……赦さない……」


ガルは口から目から胸から血を噴き出し、シドに浴びせながら覆い被さってきた……‼︎


***


現実。


「うわあああああああ‼︎‼︎」


ゴッ‼︎‼︎


真っ暗な寝室の中、絶叫と共に飛び起きたシドの拳が何かを強く打った。

直後、いつものように夫婦の間で寝ていたはずの息子が泣き叫ぶ。


「びええええええ‼︎」


「ファド⁉︎ もしかしてオレの手が当たって……」


シドが青ざめながら息子の体を確認しようとすると、愛しい息子はその手を払い除けて母親にしがみつく。


「びええええええ‼︎ とうちゃんが、かあちゃんのかお、なぐったああああ‼︎ かあちゃん、とうちゃんがうなされてたから、しんぱいしておこそうとしただけなのに‼︎ とうちゃんなんか、ダイッキライーー‼︎」


「イサナ……‼︎‼︎ ああ、すまねぇ‼︎ すぐに回復薬を……」


頬を押さえて苦しそうに悶えている最愛の妻に、シドは大慌てで回復薬を浸した布をあてがおうとしたが、妻は患部を見せるのを拒み、布だけ受け取ると自分で治そうとする。


「本当にすまねぇ、イサナ……オレはなんてことを……」


「とうちゃんのバカ‼︎ かあちゃんをイジメるなんて、ボクがゆるさない‼︎ いえからでてけ‼︎ もうかえってくるなーー‼︎」


「ファド……」


幼い息子は泣きながらも大好きな母を守ろうとして、小さな手足で懸命に父を攻撃してくる。

シドの体は少しも痛くならないが、心は激しい痛みを覚えた。

そんな父子を見かねて、イサナはなんとか声を絞り出す。


「っ……ダメよ、ファド……お父さん、わざとじゃないの……うっかり手が当たっちゃっただけなの……お母さん、大丈夫だから…………っ」


「だいじょばないいいい‼︎ かあちゃん、とってもいたそうだもんんん‼︎ しんじゃったらやだああああ‼︎」


良質な回復薬を使っているのに治りが遅い。イサナの生来の虚弱体質故に、効き目が薄いのだ。


「……すぐに医者先生に診せよう! 父ちゃんが母ちゃんを連れてくから、ファドは留守番しててくれ!」


「びええええええ‼︎」


「っ……待って……こんな真夜中に……先生にご迷惑だし、ファドも心配だわ……」


「オレが今1番心配なのは、お前の怪我のことだ! 無理矢理でも連れて行く!」


「ダメ‼︎ ファドを1人にしないで……‼︎」


結局ファドはおんぶ紐で背中に固定し、イサナを腕に抱えると、シドは大急ぎで家を飛び出した。

診察の結果、イサナは頬骨が粉々に砕けていた。

主治医であるエリカの手厚い治療により、イサナの怪我は綺麗に完治した……が、この出来事は深刻な禍根を残すこととなった。


***


イサナの主治医であるエリカは、かつて都会の大病院に勤務していた。

当時その病院は人手不足であったため、仕事優先のエリカは夫との子作りを拒んだ。

以前から高給取りのエリカに劣等感を抱いていた夫はこれに激怒。

家庭内暴力を振るうようになり、夫婦は離婚。

その後も夫に付き纏われたエリカは、逃げるようにこの辺境の田舎村へやって来たのであった。


さて、そんなエリカは幼い頃から診てきたイサナを自身の娘のように可愛がり、イサナがシドに恋した際は、失われた自身の願望を投影するかのようにその恋を応援した。

しかしシドによるイサナの負傷以降、エリカは家庭内暴力を疑い、シドを敵視するようになったのである。

勿論イサナは誤解を解こうと努めたが、エリカは心優しいイサナがシドを庇っているのではと疑い、シドに元夫の姿を重ね見て信じられなかった。


その理由として、息子のファドがシドに懐かなくなったことも大きかった。

あの夜ファドは両親のただならぬ気配によって目を覚まし、暗い部屋でぼんやりと現場を目撃したのだが、父の圧倒的な力から受けた精神的衝撃は大きく、幼い心では処理しきれないものだったのだ。

懸命な父の謝罪や母の取りなしによって、ファドは父に悪態をつくことは無くなった……が、あれほど強い力を持つ大人がいつ豹変して暴れだすのかと、目に見えて怯えるようになってしまった。


そうした異変は他の村人たちにも伝わり、あっという間に村中にシドの悪い噂が広がった。

生前シドと姉の交際に反対していた故カイルの死について、シドが邪魔なカイルを殺害したのではないかという噂まで流れ、イサナは夫の無実を証明する為に、嫌々ながら弟の遺書を公開するに至った。

事態を重くみたクリソベリル村長もシドを庇い、村人たちに余計な憶測の流布を禁じたことで、騒動は表面上沈静化した。


……それでももう、シドにとって家も村も居心地の良いものではなくなっていた。

あの夜以降、安全のためシドは家庭内別居状態となり、相変わらず悪夢は見続けて不眠に陥っていた。

息子と違ってイサナは健気にシドの味方でいてくれたが、シドは死者たちに責められる悪夢の他に、何故か理由も無く最愛のイサナに暴力を振るう悪夢も度々見るようになり、自分が彼女と一緒にいることが恐ろしくなっていった。


信仰心は無くとも救いを求め、ガルたちの殺害について教会に懺悔しようとしたこともあった。

だが、神父の守秘義務を信用できないシドは、自身がいかに最低な人間か家族に露見することを恐れ、それもできなかった。

イサナだけはシドが元海賊であることを知っていたが、ただ漠然と犯罪経験があることだけ知っているのと、具体的にその詳細を知るのとは全然違うことはわかりきっていたからだ。

この期に及んで罪悪感よりも我が身可愛さが勝る己を嫌悪しつつも、それ以上に妻子の心を傷付けたくない気持ちが真実なのだと、シドは自身に言い聞かせた。


散々悩んだ末、シドはクリソベリル村長に自身が元海賊であることを詳細は省いて明かし、相談に乗ってもらうようにした。

正体が魔獣であるという秘密を先に握っていたことも手伝ってか、シドは村長のことを妻の次に信頼していたのだ。


後日、クリソベリル村長が火の国の知人に海賊船オルカ号がどうなったかを探らせ、シドに調べたことを教えてくれた。

船内と周辺から見つかった遺体の数は、ちょうどシドとガルを除いた人数と一致し、その件については安心を得ることが叶った。


ちょうどその頃、村の漁港に他所の漁港から合同で遠洋漁業を行う話が持ちかけられた。

遠洋用の大型漁船はあるものの、長期航海に耐える人手が絶望的に不足しているらしい。

数隻ある内で最も高額で参加者を募っていた船に、シドは乗船を決めた。

当初イサナは引き止めようとしたが、村での居心地悪さからくる夫のストレスも理解していたため、最終的には認めた。


シドは自分が留守の間、村長邸のメイドを1人、妻子の世話役に雇わせてもらうことに決めた。

イサナは大袈裟だと嫌がったが、夫が自分達を心配する気持ちも尤もなので、従うことにした。


見送りの朝、息子は母の脚に半分隠れるようにしがみつき、無言で見つめながら父に手を振った。



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