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13.硝子の心

ハートの月。

海の家の営業も終わり、シドとイサナは秋の海辺でデートしていた。

まだ少し人のいる浜辺から歩いて、磯の洞窟まで来るとそこは2人きりの世界だ。


波の音と潮の香りが満ちた、穏やかな洞窟内。降り込む日差しは眩しいが、夏よりは柔らかくなった。足を浸す海水はやや冷たく、心地良い。

ゴツゴツした不安定な足場を、イサナはシドに支えられて進む。


「じゃあ、滞在期間延長申請はしてくれるのね?」


「ああ。カイルが婿に行くまでは、あんたの恋人でいる約束だったからな」


「まだ永久契約にはならない?」


「……本当のオレは、イサナに想ってもらえるような人間じゃねぇよ」


「あなたは素晴らしい人よ。海で溺れた少女の命だって救ったわ」


「この村へ流れ着く少し前、ちょうどあのくらいの歳の子供を殺した」


「…………」


「救った命が奪った命の埋め合わせになるとは思わねぇ。それぞれ別の人間だ」


「……環境に強いられて罪を犯させられた、あなただって被害者よ。追い詰められた時の在り方がその人の本性だって説もあるけど、私はそれを信じない。追い込まれて歪められた状態を、その人のありまま自然体とは言えないもの。本来のあなたは、人を傷付ける事を望まない優しい人のはずだわ」


「ガキの頃のオレは、人が傷付くかどうかなんて気にも留めてなかった。自分の言動が自分以外に与える影響なんて考えられなかった。教えられなきゃわかんなかったさ。大海を知らず、怖いもの知らずで、万能感に驕ってた。恐怖や絶望を知って、やっと慎重さや思慮ってものが身についた。それだってまだ全然足りてねぇ。オレは欠陥だらけだ」


「完璧な人間なんて、そんなの聖人よ。皆、間違いながら成長して、それでもずっと何かしら失敗し続けるものよ。これまでたくさん間違ってきてそれを後悔しているなら、これから間違わないためにたくさん考えればいいの。それでも間違えて、間違えるたびに考えて……考え続ける生き物なのよ、人間は……疲れるけどね」


「この村の人間は、オレから見たら聖人みたいな奴らばかりさ、あんたも含めて。……最初、オレはあんたに嫌われようとするはずだった。でもあんたがオレに優しくするから、オレもあんたに優しくしたくなっちまったんだ。そういう空気がさ、オレたちの間だけでなく、この村全体にあるのを感じた。思いやり……っていうんだろうな、きっと」


「自分が受けたことを周りにも返そうとする人は多いもの。この村の環境なら、あなたも思いやりの循環が自然になるでしょう」


「……ここへ来て、今まで自分がどれだけ低俗な集団に属してきたかを思い知らされた。オレの知る世界は、こことは全然違う。暴力で支配する上下関係、争い蹴落とし合う同輩たち、自分が上にいる為に誰かを踏み付けるのに必死な奴らの集まり。いつもギスギス見張り合って、罵詈雑言が飛び交う醜悪な群。悪いを強い、狡いを賢いと思い込んでるバカどもが、余計な歪みをあちこちに植え付ける。……碌でもない奴らと一緒になって、それが当たり前と思って生きてきた」


「あなたは運が悪かった。でも、それに気付けたのは幸運なの。過去を捨てて、やり直しましょう。ここで、私たちと」


「そんなズルが許されるとは思わねぇ」


「狡くていい。生きていていい理由を積み上げながら生きていくの」


「……最初に浜辺で倒れてたときのこと、あれは夢かと思ってたが、本当はうっすらと憶えてんだ……あんたはさ、オレを理由にするフリをして、本当はずっとオレの理由になろうとしてくれてたんだよな。そうしないとオレが自殺するって気付いてたから。だから恋に狂ったフリなんかしたんだろ? 自分よりもやばい奴が傍にいると、自分は冷静になれたりするしな」


「それもあるけど、それだけじゃない。あなたに恋をしたのは、カイルのため、あなたのため、私のために都合が良かった。どれも本当。だけどね、あなたに恋してることもやっぱり本当なの。信じて」


「あんたも狡い女だな……」


「ほらね、私も。程度の差こそあれ、誰だって狡い生き方はしてる。いいのよ、狡くても。生きるってそういうものよ。……シドだって、いくらこの村の人たちが善い人ばかりに見えても、それが全て本心から善人だとは思ってないでしょう?」


「そりゃあ、まあ……誰だって多少は偽って善くしてるんだろうさ。自分のためにも、周りのためにも」


「善く生きている人の全てが善い人とは信じられないなら、悪い人でも善く生きることはできると信じられるでしょう。偽善なんてありふれた処世術だもの。逆に、悪くても本性のままに振る舞う誠実さなんて、誰のためになるかしら? そんなものは傍迷惑な自己満足、要するに我儘。優しい嘘すら嫌うなんて、裏切りを恐れる臆病な子供のすることよ。無難に綺麗事を演じるのって、大事なことだわ。勿論、本当に嫌なことまで我慢しない方がいいけれど」


「ああ。それこそあんたは、無難に大人しく守られてるのが嫌で行動したんだしな」


「普通とか正しいとかって理想なんて、普通でもないし正しくもない嘘吐きたちで決めた虚構かもしれない。でも、綺麗な嘘で固めるのだって、善くありたいという気持ちは本物なら、それに逆らって悪く振る舞おうとすることの方が、素直じゃない嘘吐きだわ。好かれたい、良く思われたい、だから善人のように振る舞う……それって自然なことよ。自然に狡くていいの。その方が傷付く人が少ないなら、良いことだわ。あなたもそういう人の狡さを見習えばいい」


「オレに殺された奴らは、オレが善良な村人に化けることを許さねぇよ。オレは絶対に幸せなんか願っちゃいけねぇ……赦されねぇ罪人だ」


「……罪人のあなたが自分のために幸せを望めないなら、私のために幸せを望んで。望むことが罪なら、私も共犯になりましょう。月並みな台詞だけど、あなたの幸福が私の幸福だから。愛しています、シド……私と結婚してください」


「……………………こたえられねぇ、オレは……」


罪人の自分は幸せになってはいけないと思っていたのに、最愛の人から幸せになって欲しいと願われれば幸せになりたくなる。

一緒に居たい、一緒にいることが幸せ、一緒にいたら幸せになってしまう、幸せになりたい……

シドはイサナに惹かれていることを自覚せずにはいられなかった。


帰りがけ、2人は浜辺でシーグラスを拾った。

荒波に揉まれた破片はすっかり丸くなり、キラキラと輝いている。



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