表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/117

8.イサナと青年

クローバーの月、早朝。

地の国、田舎村の浜辺。


「……カイル、エリカ先生を呼びに行って! 今日は午前中往診でちょうどこっちに向かってるはず! 私はこの人を…………ねえ、あなた! しっかりして!」


「…………」


村の女性イサナが呼びかけると、倒れていた青年は目を閉じたまま、砂の付いた唇を微かに動かした。

寒さで紫に変色した唇はブルブルと震えている。


「可哀想に……」


イサナは自身のストールを青年にかけ、顔に付いた砂をハンカチで拭きとった。

遠目には小柄なので少年にも見えたが、凛々しく整った顔立ちは少し大人びて見える。

意外と歳は弟とそう変わらないのかもしれない。

冷え切った肌には、うっすら涙痕が残っているように見えた。


「ねえ、生きて! 生きるのよ!」


イサナが手を握って呼びかけると、青年も握り返してきた。

その手は大きく力強いが、やはり激しく震えている。


「……こ、わ、い……」


震え続ける紫の唇から、言葉が溢れた。

イサナは握る手に力を込めて励ます。


「大丈夫。あなたは死なないわ」


青年は薄目を開けた。悲哀に沈んだその目は、冷たく暗い深海を見つめ続けているようだ。


「……ち、が、う……いきる、の、が……こわ、い……さび、しい……つら、い……オレ、は……だれ、と、も……手を、つな、ぐ、資格、が……無い……ひと、り、で、生きる、の、は……怖い」


青年の唇からうわ言のような言葉が溢れる度、涙痕をなぞるように涙も溢れた。

彼を救いたい……イサナの中にかつてない強い決意が芽生えていく。


「怖がらないで。私があなたと手を繋いでる。絶対に離さない。だからあなたは生きるの」


それは、単に衰弱した傷病者を励ます為に言っただけの言葉ではなかった。

心の内側から自然と出てきた本物の誓いだった。

イサナは自分でも不思議なほど高揚していたが、この気持ちは決して間違いではないと確信していた。

しかし、青年は再び瞼を閉じ、握る力も弱まる。


「……たくさん、殺し、て、きた……この、手、で……ほんと、に、たくさん……もう、誰に、も……赦し、て、もらえ、ない……」


「私が、赦します。何があっても絶対、私はあなたを独りにしない」


イサナは青年が弱めた分も補うように、繋いだ手に力を込めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ