4.海賊船オルカ号
ここからハードモードになりますが、R15で済むように残酷な描写はなるべく端折って心理描写に偏らせてます。
座礁から3週間後、ガレオス号を発見したのは別の海賊船だった。
その海賊船の船長は、ガレオス号の船員を救助するのに、2つの条件を出した。
1つ、助けられた船員は今後こちらの海賊船の船員となること。
2つ、そちらの海賊船の船長を処刑すること。
2つ目の条件に、船員の多くは反対した。
しかし、老いたガレオス船長は、今回の事件ですっかり気落ちしていたこともあってか、あっさりそれを受け入れ、逆に反対する船員たちを諭していった。
「俺様はもう充分人生を満喫して疲れたさ。死に損ないの年寄りの命1つで、若い命がいくつも助かるんだ。それがいい」
処刑役には古参のマーリンではなくツナが指名された。
幼い頃からガレオス船長に育てられたマーリンには荷が重すぎると判断したのだ。
相手の船長から提示された1時間という待ち時間の中、ガレオス船長は船員ひとりひとりを抱きしめ、感謝や激励の言葉をかけていった。
「いいか、ツナ。お前の役目は、俺様を殺すことではなく、仲間たちを生かすことだ。それを忘れるな。お前は誰よりも強い。これから先も皆を守ってやってくれ。マーリンのことも頼む……あいつは意地の悪いとこもあるが、本当は繊細で傷付きやすいし、可愛いげだってあるんだ」
「……うっす」
海賊のくせに最期は随分まともそうなことを言うのだなあ、とツナはぼんやり思っていた。
処刑は無事に完遂され、それはツナにとって最初の殺人経験となった。
海賊船ガレオス号はガレオス船長の墓標となり、元ガレオス号船員たちは新たにオルカ船長率いる海賊船オルカ号の船員となった。
***
海賊船オルカ号、甲板。
「いいな、お前たち。船はなるべく傷つけるな。売値が下がる。船医、操縦士、技術者、その他こちらで使える者がいれば残せ。それらの者が従わないときは足をやれ。治療しても手に障害が残っては使えん。他は殺せ」
「「「アイアイサー‼︎」」」
鉢合わせた大型船をオルカ船長が杖で指す。
派手な攻撃魔法で威嚇したにも関わらず投降拒否したため、実力行使を決定した。
ただの商船などは威嚇だけで投降してくるのだが、今回は相手も海賊船で従わなかったのだ。
船長のオルカは、元は火の国の軍人で、優秀な魔導士であった。
ところが人格に問題があり、思うように出世できないことを恨んで、海賊へ転じたのである。
そのため、軍に対しては避けるどころか、誘き出して返り討ちにしたいとまで考えていた。
風貌も故ガレオス船長とは対照的で、色白の痩せ型で眼鏡をかけている。
魚より肉派。色はピンクを好み、シャツや小物どころか船長室の内装にまで多用している。
オルカ号はガレオス号よりも大きく、速く、強い船で、その犯行は大胆かつ残虐なものであった。
遭遇したのが商船だろうが海賊船だろうが、船ごと強奪し、積荷も船も人間さえも売ってしまう。
有能な者がいれば引き抜こうとするが、逆らう者や売れない者は容赦なく殺してしまう。
元ガレオス号船員たちの多くはこのやり方に戸惑い、オルカ号船員としての初陣の際、オルカ号古参船員の仕事ぶりを後ろから眺めるばかりになってしまった。
例外として、マーリンは躊躇わずに殺しまくっていた……が、生かして売るはずの者まで殺して怒られていた。
一方、ツナは「考えるのは苦手だから、誰が生かす相手で誰が殺す相手が区別がつかない」と言って、出会った相手を片っ端から気絶させていた……が、その並外れた身体能力の高さは誰もが認めることとなった。
***
襲撃後すぐ、オルカ号は寄港地へ向かった。
彼らの売る物の多さ、得る金額の多さに、元ガレオス号船員たちは驚いた。
サハギン島での恐怖体験によって海賊を辞めたくなっていた者たちも、大金を前に俄にやる気を取り戻したほどだ。
「助けてやったからには働いて恩を返せ。脱船者は処刑する。明日の出港時間までには必ず帰船しろ」
寄港地での仕事が終わると、オルカ船長は船員たちに自由時間を与えた。
ツナはいつものように武器屋へ寄り、酒場で騒ぎ、娼婦を抱き、市場で買い物を済ませると、少し早めに船へ戻った。
ところが夕方の出港時間になっても船は出る気配がなく、しばらく船内で待機するよう命じられる。
……それから数十分後、甲板へ集合を命じられた元ガレオス号船員たち全員が、そこで待っていた光景に戦慄することとなる。
***
日没直前。オルカ号、甲板。
「今から脱船者を処刑する。コイツは船から逃げただけでなく、あろうことか我々の情報を軍に垂れ込もうとした。裏切り者がどうなるか、よく見ておくがいい」
そう言いながらオルカ船長が杖で指し示した先には、身包みを剥がれて高い柱に縛り付けられた、元ガレオス号船員ジェリーの変わり果てた姿があった。
ふわふわの金髪は恐怖で色が抜けて白髪に変わり、頭部を殴られた際の出血でベッタリと顔に貼り付いていて、一目見ただけでは誰だかわからなかった程だ。
ジェリーは縄に血が滲むほど身を捩り、封じられた口で唸りながら、必死に助けを求めている。
いつも気怠げにしていた目を、仲間の誰も見たことがないほど大きく見開き、頬には幾筋もの涙が伝っている。
「この入江は夜行性の魔海鳥のすみかで、現地民たちが近寄らない場所だ。海賊が隠れるのに都合が良い場所だが、裏切り者の処刑にも都合が良い……さて、そろそろ奴らの活動時間だ」
オルカ船長は沈みゆく夕日を眼鏡のレンズに映しつつ、不気味に笑った。
そしてその輝きが消えると同時に、船を囲む崖の上が騒がしくなる。
ギャアギャア‼︎ ギャアギャア‼︎ ギャアギャア‼︎
日没直後のまだ橙色が残る空を、不気味な魔物の鳴き声と翼の音が埋め尽くす。
魔海鳥の群れだ。
魔海鳥というのは、各地の海に棲息しているありふれた鳥型魔物の総称だ。魔法攻撃など特殊行動をしてくるものは含めない。
概ね全長は50cm翼開長は1mを超える……と言っても、体高で見ればもっと小さい。
戦闘手段を持たない一般人ならともかく、海賊たちにとっては1羽だと脅威ではない。しかし群れとなれば話は違う。
船へ降りてくる魔海鳥たちの気配に、元ガレオス号船員たちは各々の武器を構えようとした。
だがそのとき、オルカ船長が杖を一振りし、船員たちの頭上を覆うように広い魔防壁を張った。ただひとり、高い柱に括り付けられたジェリーだけを外に残して。
「安心しろ。この魔防壁はただの防御用魔防壁ではなく、気配を隠せるように改良したものだ。これでもうお前たちの姿は向こうから見えない……が、こちらからは向こうがよく見えるぞ。さあ、よく見ろ!」
目の前の光景は現実感を失うほど悍ましく、惨たらしく、希望の無い地獄だった。
群がる魔海鳥たちに啄まれて変わっていくジェリーの姿を、ツナたちは茫然と看取った。
このとき、ツナは生まれて初めて、真の恐怖というものを知った気がした。
サハギン族に襲撃された際は、状況を打開するのに忙しく、死に恐怖するよりも生きるための戦意に満ちていた。
でも今回は違う。あの時のように自身を奮い立たせる熱はない。ただただ心が冷たくなっていくだけだ。
「では、そろそろ処刑人たちにも退場願おう……」
願われるまでもなく、船上での夕食会を終えた魔海鳥たちは帰るところであった。
そこで、オルカ船長は魔防壁の屋根を取り払うと……
ビシュン‼︎ バリバリバリ‼︎ キイイイイイン‼︎ ゴオオオオーー……
まるでショーのように様々な攻撃魔法を次々に繰り出し、魔海鳥たちを蹴散らすのではなく一羽残らず撃墜してみせた。
元軍の魔導士の圧倒的な実力を知らしめるように。逃げるものも逃さず、確実に。
それからオルカ船長は部下に命じ、何羽か船に落ちた魔海鳥を回収させ、ジェリーだったものを海へ捨てさせた。
「よく覚えておけ。私は私の思い通りにならないものが大嫌いだ。誰も私を怒らせるな」
最後にそう言い残して、オルカ船長は一足先に船内へ帰った。その夜……
***
オルカ号、食堂。
「改めて歓迎しよう。お前たちは真の仲間だ」
オルカ船長の指揮の下、今更のように元ガレオス号船員たちの歓迎会が行われた。
用意されたたくさんの大皿の中には、船に落ちた魔海鳥の丸焼きも並んでいる……ジェリーもその血肉に含まれての列席と言えるだろうか?
魔海鳥の棲む入江を停泊地に選んだ理由は真実だろうか?
出港時刻を夕方にしたのはあの処刑演出の為だったのでは?
磔に使った柱はわざわざ即席で建てたものだった。
最初から裏切りを疑い、元ガレオス号船員たちに見張りをつけさせていたのだとしても、準備が良すぎる。
……きっと見せしめにするために、ジェリーの裏切りはでっちあげられた。
あれがオルカ船長流の洗礼だったのだ。だからこその歓迎会のタイミングだ。
抗っても乗り越えられない絶望を背に、船員たちは自ら闇に突き進むしかなくなっていた。
***
誰だって自分の身が1番大事だから、波風立てないように力のある者の顔色を伺って追従する。
悪いこと、間違ってることも笑いながら呑み下して、心を麻痺させていく。
他人などどうなろうが気にしない。良心など既に捨てた。
生き残るためなら、何だってやれる。
恐怖による絶体的な支配の下、オルカ号の船員たちは強盗殺人集団として優秀さを極めていった。
どうせこんな生き方しかできないのだから、と自身に言い聞かせて。