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3.サハギン族の島

ガレオス号、倉庫。


「この程度で泣いてんじゃねぇぞぉ、ヒョロガリィ‼︎ オラァァ‼︎」


「うぅぅ……」


新入りガルへの洗礼にて、古参マーリンの巻き舌が炸裂している。


「おい、ツナ! お前もガルを躾けてやれ!」


「うっす」


今回はツナもこちら側だ。

特に理由もない暴力など時間と体力の無駄だし、弱い相手を加減しながらいたぶり続けるのはなかなか神経を使う。

とはいえマーリンに任せると余計な怪我を負わせかねない為、汚れ役もきちんとこなさねばならない。

たとえそれがツナが嫌われるように仕向けたいマーリンの企みだと見抜いていても。


「ううっ……先輩、も、もう……やめ、やめてくださ……」


「男のくせに女々しく泣いてんじゃねぇよ。みっともねぇ」


ドカッ!


「ウッ‼︎……うう……ぅぅ」


グググ……


痩せっぽちのガルではどこを蹴っても痛々しいので、ツナは踏み付けることで蹴り続けるのをサボることにした。

しかしながら、これはこれで不安定でうっかりすると折ってしまいそうだ。

ゴロゴロしてたり、ぐにゃぐにゃしてたり、そもそも人間の踏み心地など良いものではない。

ツナは片手を壁に突き、こっそりそちらへ重心を分散させるように努めた。


ツナの些細な気遣いなどガルには気付けるはずもなく、翌日以降もガルはツナに対してビクビクと怯えるようになった。

ツナにとっては別に気にすることではない。加減したのはガルのためではなかったし。

治療が必要な程の怪我をさせて船の回復薬を消費させるのは嫌だったし、逆に放置した怪我の痛みで雑用係の作業効率が落ちるのも嫌だっただけだ。


ガレオス号は幾度の寄港と長い航海を繰り返し、時には脱ける者も加わる者もあった。

海では海賊業に精を出し、陸では酒と女を嗜み、少年だったツナも青年へ育っていった。

マーリンもいよいよ顔相応の年齢になり、老け顔とも呼び辛くなってきた。

そんな頃……


***


ゴゴゴゴゴゴ‼︎‼︎‼︎


深夜のガレオス号を突然、凄まじい轟音と衝撃が襲った!


「何だ何だ何事だ⁉︎⁉︎ まさか座礁でもしたのか⁇」


「チックショー‼︎ 今夜の見張り番は何やってんだよ⁉︎」


「錨が切れたんだろうか⁇ どれだけ流されたんだろうな……」


皆が飛び起きて口々に騒ぎ立てる中、ツナはモレイと共に甲板へ様子を見に向かった。

扉を開けると外は真っ暗で、呼びかけても見張り番の返事は無い。


「何が起きてやがる⁇」


先頭のモレイがランタンを手に外へ出た時、ツナの後方からガレオス船長とマーリンたちがやって来た。

船長はコートの下に魚柄の寝巻きがはみ出しているし、長い髭が邪魔にならない様に就寝時にこっそり結ぶリボンを解き忘れている。

そんな船長の珍しい姿にツナが目を奪われていると……


パァアアアーーーーーーンッッッッ‼︎‼︎


「「「⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」」」


不意に閃光が視界を包み、炸裂音が耳をつんざいた。

体が空中に投げ出される浮遊感を最後に、ツナの意識は一旦途切れる。そして……


***


「ごほっ⁉︎ げほごほっ……!」


目覚めたツナは、口内に溜まった塩辛い水を吐き出した。

月も見えない真っ暗闇の中、半身が海水に浸かった状態で岩場に倒れている。

気を失ってからどれだけの時間が経っているのか見当もつかない。

起き上がって目を凝らすと、すぐ近くにモレイが倒れている。

遠くには船らしき影も見える。どうやら2人して投げ出されたらしい。


「おい、モレイ。しっかり……」


揺り起こそうと巨体に乗せた手を、ツナはすぐにそっと剥がした。

触れた瞬間、濡れた上着越しにふにゃふにゃと柔らかく崩れかけた感触が伝わり、中身がもうダメになっていることを察したのだ。


ツナは自身の体内魔脈に集中し、傷付きにくくなる肉体固定魔法を使う。

現在無傷であることから察するに、先の爆発時も咄嗟に無意識でそうしたのだと考えられる。


ツナの神経は鋭く研ぎ澄まされ、頭は冴えて冷静だった。

仲間の死を前に感傷に浸る余裕など無かった。

どんな敵がどこからいつ何を仕掛けてくるかもわからないのだ。

今は生き延びることに集中すべきだ。


ツナは気絶直前に何が起きたか思い出してみた。

一瞬の目を焼く様な眩い光と、爆弾に似ているが異なる爆発音……あれは魔法による攻撃だったのではないかという気がしてくる。


ごそごそ……


ツナはモレイの上着のポケットを漁ってみた。

モレイもツナと同じく、物理攻撃が効く相手との近接戦は得意でも、物理耐性の高い相手や遠距離戦は苦手であった。

それ故に、用心深いモレイはそれを補うための道具を常に持ち歩いていた。


ビュン‼︎


期待通りの物を死人の上着から回収したツナは、その内の1つをなるべく遠く、高く、海上へと放り投げ、岩陰に伏せた。


カアアア……‼︎


ツナの投げた閃光弾は強烈な光を放って爆ぜた。

その数秒後、今度はその場所へ向けて光線魔法が放たれる。


イイイイィィィィーーーーン……


空ぶった光線の飛んできた方向を見遣ると、魔法による光に照らされて、浜辺で杖を掲げる敵の姿が見えた。


サハギンメイジだ!


凶暴で残忍で知能の高い魚人型魔物サハギン……その中でも特に知能と魔導適性が高く、強力な魔法攻撃を操るというサハギンメイジ。

海賊になってから話に聞くことは何度もあったが、実際に遭遇するのは初めてである。


さて、その噂話によると、この海域のどこかにサハギン族の棲まう島があり、人間の船を集団で襲うらしい。

まずは泳いで船に来た数匹が見張りを殺し、錨を壊し、島を取り巻く海流に任せて船を引き寄せ、座礁させる。

その後、サハギンメイジが遠距離から魔法で支援しつつ、多くのサハギンたちが船内に乗り込み、人間を皆殺しにして全てを奪うのだ。


……そんな生存者がいない話では伝えようが無く、ツナも周りもどうせ作り話だと思っていた。

しかし今、正に同じ目に遭っているのなら、その話にも実は生存者がいたということだろう。


ビュン‼︎ ビュン‼︎ ビュン‼︎


続いて、ツナはモレイから回収した小型爆弾を起動し、先ほど照らし出された海岸線目掛けて投げ込んだ。

それは使用時に専用の魔石をセットすることで、基部に込められた魔術式が起動する仕組みの魔道具だった。

数秒後には、海岸線の広範囲がゴオッと燃え上がるような光に包まれた。


何匹いるかわからないが、メイジ個体は希少で多くはないはずだ。運が良ければ殲滅できているだろう。

試しに再び閃光弾を投げてみると、もう光線は飛んでこなかった。

閃光が囮だとバレたのではないことを祈りつつ、ツナはガレオス号へ向かった。


***


座礁船ガレオス号、船内。


「オラァァアアア‼︎‼︎ 生臭ぇんだよ魚人ヤロー‼︎ オメーらなんか1匹残らず人間様が喰っちまうぞぉぉ‼︎」


意外にも船内ではマーリンが善戦していた。

元々、油断さえしなければ剣術と投げナイフの腕は確かな男なのだ。

窮地において覚醒するタイプの彼は、その大口で生き残った船員たちを鼓舞し、攻め込んでくるサハギンたちを死体の山へ変えていく。


一方、年配のガレオス船長は回復薬で治せないほどの致命傷を負い、生死の境を彷徨っていた。

医務室は既に破壊されており、設備不足な大部屋で船医の蘇生処置を受けながら、集まった船員たちにただただ守られるのみである。


「マーリン‼︎」


「ツナァ⁉︎ てめぇ生きてやがったか⁉︎ モレイは⁉︎」


「死んだ! 船長は⁉︎」


「死んでない! 瀕死だがな! けど船は死んだ! 動力部がぶっ壊されてやがる!」


「チッ……とにかく今はサハギンどもを殺し尽くす! その後は通りすがりの他の船に助けを求めるしかねぇ……」


「そんなこたぁわかりきってんだよ、バァァカ!」


ツナとマーリンは各々船内を見回り、侵入したサハギンを駆除し、逃げ遅れた怪我人を皆のいる大部屋へ避難させた。

そうして何時間経ったかもわからないが、やがて朝日が昇り、サハギンたちの襲撃も終わった。

生き延びた者たちは狼煙を上げ、限られた物資を分け合いながら、他の船が気付いてくれるのを待ち侘びた。

30人以上いた船員は半数以下になっていた。



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