1.貧民街の不良少年
半世紀ほど前、地図に無い港町。
毒草、禁書、奴隷……違法取引が盛んで夜が最も賑わうこの町の、まだ人の疎らな昼下がり。
露店の並ぶ小さな通りを、ドタドタと騒がしい足音と怒号が駆け抜けていく。
「おい、待ちやがれガキ‼︎ 俺の財布を返しやがれ‼︎」
「チッ、気づきやがった。見た目よりは間抜けじゃねぇらしいな、オッサン!」
「なんだとーーッッ‼︎‼︎ 俺はまだ20代だ‼︎ オッサンじゃないいいい‼︎」
発狂する老け顔男を引き連れ、生意気盛りな物盗り少年は袋小路へ駆け込んだ。
「ハハハ‼︎ 行き止まりだぜガキ‼︎ 覚悟しなぁーー‼︎」
こいつは占めた!……そう確信した男の目の前を、少年は壁に向かって速度を落とさず真っ直ぐ走り続ける。そして……
タッ……ダン‼︎
「ファッ⁉︎」
少年は袋小路の壁を蹴り、男の頭上高く軽やかに跳躍した!
唖然として見上げる男の視界の中、逆光を浴びた少年の影がグッと大きくなり……
ガッ‼︎‼︎
「がはっ⁉︎」
男の顔面に少年の華麗な蹴りが決まった。
「こんな太った財布、これ見よがしに腰に下げてた方が悪いんだぜ? しばらくそこでおねんねしてなww」
足型がまるでアイマスクの様にくっきり残った顔面を見て、少年はくつくつと笑う。
気絶した男を軽く蹴って転がし、その腰から更に舶刀2振を頂戴すると、少年はその場を後にした。
ツヤツヤと輝くばかりの若さと蛮勇を頼みとした、血気盛んな年頃であった。
***
同日夜、貧民街のあばら家。
「おう、おかえり少年。お前を待ってたぞ」
「⁇……誰だよコイツ?」
纏まった金が入り、不良少年の溜まり場から数日ぶりに帰宅した少年は、見知らぬ髭の大男に迎えられ、呑んだくれの父親を睨みつけた。
珍しく素面の父親は、不気味なほど上機嫌な笑みを浮かべ、息子よりも髭男の方に喋りかける。
「ほら、コイツがオレの倅ですよ。見ての通り恐いもの知らずの礼儀知らずですがね、喧嘩の強さと体の丈夫さじゃ近所で並ぶ者はいねえ。きっとお役に立つでしょうさ」
「ああ、期待してるさ」
髭男はそう言いながら、視線は少年から離さず、振り返らずに父親へ小袋を寄越した。
その中にギッチリ詰まった金貨に目を奪われた父親は、もはや自分の息子に目もくれない。
少年は自分が売られたことを理解した。
「ふーん、結構イイ金額がついたみたいだな。それでもオレの価値に釣り合ってるとは言えねーけど。……で、ご主人サマはオレに何をさせようって?」
「俺様の船で働いてもらう。なあに、本質は変わらんさ。お前が今まで陸でやってきたことを、これからは海でやってもらうだけだ。そうそう、今日はウチの船員が世話になったな」
髭男は少年に2振の舶刀を寄越した。少年が今日換金したばかりのものだ。
「へぇ、こいつの売買ルートから足がついたわけだ」
「それだけでも無いぞ、少年。この辺りでお前のような動きができる子供なんて他にいまい。狭い土地じゃ特定するのは簡単だ。お前はもっと広い世界に漕ぎ出すべきなのさ」
いざ大海へ。こうして貧民街の不良少年は、海賊船の新入りとなった。