5.レミとリーナ
サーシャがクリソベリル邸へ来て6週間が過ぎた。
屋敷の使用人たちにも慣れてきたサーシャは、この度、行動範囲を敷地内からその裏の工房棟まで拡大することにした。
村にはサーシャくらいの歳の子が進学する学校は無く、同年代の子たちは各々家業を手伝うか、この工房棟で働いている。
サーシャは無理に働く必要も無く、友達を作りたいとも思っていないが、洋裁工房を見学することにした。
キャロル用の着せ替えドレスを依頼したいと思ったからだ。
採寸のためとはいえ、一時的に見知らぬ者の手に預けるのが嫌だったのだ。
***
洋裁工房。
「ヌイグルミ用の服なら、レミくんに任せるといいですにゃ」
クリソベリルが紹介する職人を、サーシャは疑いの眼差しで見つめた。
かきかき……
『まだ子供では?』
大切なキャロルの衣装を依頼する側としては、年端のいかない新人よりベテラン職人を望んでいたサーシャ。
しかし、目の前のレミは大人じゃないどころか自分より幼い気さえする。
露骨に腕前を疑われたレミは、ムッとして言い返す。
「あんたの方が子供だろ」
「サーシャさんの方が1つ歳上ですにゃ」
すぐに村長から訂正が入り、得意げなサーシャ。不服げなレミ。
「でも来週のレミ君の誕生日で並びますにゃ」
続いて村長から補足が入り、得意げなレミ。不服げなサーシャ。
「でも来月のサーシャさんの誕生日で戻りますにゃ。数え年だとずっと1歳差のままにゃ」
更に村長から補足が入り、再び得意げなサーシャ。再び不服げなレミ。
交互に入れ替わる2人の表情を見比べ、クリソベリルは2人が仲良くなれそうな予感に喜ぶ。
「レミくんは今年のリーナさんのお誕生日に、リーナさん自身の服と一緒に、お揃いのヌイグルミ用の服も作って贈ったのですにゃ。どちらも素晴らしい仕上がりでしたにゃ」
「リーナはおてんばだけど乙女趣味だからな。昔から人形の服なら何着も作ってやってるんだ。デザイン帳ならあるから見てけば?」
レミはそう言ってスケッチブックを捲って見せた。
そこにはサーシャの理想にぴったりな可愛らしいお人形用ドレスが描かれていた。
更に他のページも捲ってみると、造花で飾った帽子や田舎風だが華やかなワンピースなど、サーシャの心を惹くものがたくさんある。
「悪くないだろ? ほら、採寸するからそいつを貸してよ」
「…………(むっ!)」
レミが手を伸ばすと、サーシャは胸元にキャロルを抱き締めて後退りした。
「……あんたにちょっとムカついたからって、そいつを乱暴に扱ったりはしないってば」
「…………(信じていいのかしら?)」
サーシャは一旦クリソベリルに振り向き、その頷くのを見て決心すると、レミにキャロルを委ねた。
クリソベリルはここまで見届けると、仕事をすべく屋敷へ帰って行った。
残されたサーシャが真剣な眼差しで見守る中、レミは丁重にキャロルの採寸作業を進めていく。
かきかき……
『レミのお母様もここで働いてるの?』
「いない。母親なら僕を産んですぐ村を出た」
かきかき……
『お父様がここで働いてるの?』
「父親もいない。漁師だったけど、漁に出て行方不明。僕は爺ちゃんに育てられた。……先に言っとくと、爺ちゃんも漁師だからここにはいない」
かきかき……
『ごめん』
「別に。……勝手に可哀想扱いするなよ? そーゆーの却ってうざいし」
「…………(ごめん)」
サーシャは改めてレミをじっくり見た。
見るからに力仕事に向いていない白くて華奢な体つきは、デザイン帳に描かれた愛らしい少女の衣服がよく似合いそうだ。
しかし、デザイン帳の乙女趣味な内容に反して、本人は清楚なシャツと落ち着いたズボンを身に付けている。
かきかき……
『なんで男の格好?』
「⁉︎」
その質問を目にした瞬間、レミはぴたりと手を止め、信じられないという顔でサーシャを見た。
サーシャは焦った。ただ疑問に思って尋ねただけだったが、揶揄いや非難のように受け取られたかと思ったのだ。
慌ててさっき使った『ごめん』のページを再びレミに向けるが……
「僕は男だ‼︎ さっきから喋ってたんだからわかるだろ⁉︎ 村長だって僕を男扱いしてたし!」
「えーっ⁉︎ レミってば、まーた女の子に間違われちゃったの〜〜⁉︎⁉︎ 本当に女顔よねー‼︎ きゃははは!」
突然、レミの背後からピンク髪の少女が現れた。
「リーナ! 何しに来たんだよ! ここは仕事場だぞ。遊びに来たならとっとと帰れよなっ」
「パパとママから頼まれて、工房にお使いに来た帰りよ。用も無く来るわけないでしょ、ばーか」
「お使い終わったら用が無いだろ。帰れ、ばーか」
「レミのくせになによー! 貧弱男!」
「いてて……つねるなよ! 乱暴女!」
2人とも酷い言葉で罵り合ってはいるが、不思議と険悪さは無く、固い信頼関係あってのじゃれ合いなのが見て取れる。
「あーあ、まーたケンカップルがイチャついてるよ」
「「付き合ってない‼︎」」
周囲の冷やかしに対するツッコミまで息ぴったりである。
そんな2人をサーシャがぼんやり眺めていると、急にリーナが向き直ってニコリと笑顔を作った。
「あなた、サーシャさんだよね? 村長さんのとこで療養中のお嬢様って聞いてるわ。あたしはリーナ。雑貨屋の1人娘で、そこのレミとは幼馴染なの。よろしくね♪」
「…………(よろしく?)」
サーシャが警戒しながらも頷くと、リーナはサーシャの手を取り握手する。
「ねっ! サーシャさん、村はもう見て回った?」
「…………(まだだけど)」
サーシャが首を横に振ると、リーナは握手していた手を引いて歩き出そうとする。
「だったら今日はあたしが案内してあげる! 行こっ!……ほらほら、遠慮しないで♪」
「……‼︎(ええーっ⁉︎)」
サーシャは助けを求めるようにレミを振り返ったが、レミは諦めろというように頭を振って作業へ戻り、サーシャはリーナに連行された。
***
「……と、いうことだから。レミとあたしは付き合ってないし、レミはピアにずーっと片想いなの。間違っても好きになっちゃダメよ! あんな男、どーせ初恋と童貞を拗らせたまま惨めに一生を終えるに違いないんだからっ」
「…………(リーナもそうならないようにね?)」
工房から出た後、リーナはレミ以外にピアという幼馴染がいることと3人の関係について、レミの少しかっこ悪いエピソードを交えつつサーシャへ説明した。
どうやらリーナはサーシャがレミを異性として好きにならないよう釘を刺したかったらしい。
内心かなりリーナに怯えていたサーシャは、これでやっと解放されると思って力強く頷いた。
ところが……
「わかってもらえて嬉しいわ♪ それじゃっ、村案内の方もちゃんとしなくちゃね。あっ! 先にうちの店に寄っていいかしら? 一応お使いの途中だったし。運が良ければピアにも紹介するわ。お隣さんなの♪」
お節介なリーナは本当にサーシャを案内するつもりだったらしく、その後も有言実行であちこちへサーシャを連れ回した。
ピアにも少し会ったが、その聖女様のようなオーラを前にするとサーシャはつい萎縮してしまい、やや苦手に感じた。
村の市場では村人たちが試食品を勧めてきたり、村の特産品自慢を聞かせてくれたり、歓迎してくれてありがたいと感じる一方、サーシャはすごく疲れてしまった。
人と目を合わせたり話に集中するのは、不慣れな人間にとって気力も体力もすごーく消耗するのだ。
そんなサーシャを気遣いつつも、リーナは最後にどうしても一緒に行きたい場所があると言って、海に連れて来た。
「サーシャのいた火の国って内陸でしょ? 村へ来てからあまり外出してないっぽかったから、海はまだ見たことないかなーって思って。本当は今日、ここが1番連れて来たい場所だったの♪」
「…………(そんなこと考えてくれてたのね)」
ザアザアと押し寄せる潮騒と、ほのかに温かい風が運ぶ潮の香り……
全身を包む雄大な海の迫力にサーシャが圧倒されていると、不意にリーナが一隻の漁船を指差す。
「あ。あそこ、レミのお爺さんの船だわ。もう帰って来てる時間なのね。こんな時間まで歩かせてごめんなさい。疲れたわよね。実を言うとあたしもちょっと疲れちゃったもの。よ〜く休んで、また元気になったら村へ遊びに出て来てよ。この村の人たち、ちょっとお節介すぎるかもだけど、悪い人たちじゃないから。気が向いたら、あたしやピアを誘ってくれてもいいし……あ! でもレミは当てにしないことねっ。あいつに女の子のエスコートなんか無理だもの!」
「…………(はいはい)」
かきかきかき……
『ありがとう、リーナ。疲れたけど、楽しかった』
「どういたしまして♪」
帰路、リーナは再びレミとピアの話題を出して釘を刺してきた。
以前なら疎ましく思えたはずのことも、今日のサーシャは「恋に必死で微笑ましいわね」と思う余裕があった。
その夜、サーシャは強烈な筋肉痛に悩まされつつも、自分の中に新しい風が……あの大海原を渡ってきた風が吹いているのを感じた。
キャラの誕生日詳細決めてないのですが、リーナがダイヤの月の中旬、レミがハートの月の上旬、サーシャがスペードの月の上旬のつもりです。
タペストリー世界の暦は、トランプに因んだ4つの月があって各13週間です。
教育は地域によってかなり違うのですが、田舎村だと教会で最低限のことだけ習って、後は10代前半から仕事見習いって感じです。婚姻可能年齢も地域によって違います。