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3.叔父様

うざいキャラを書くの頑張りすぎてうざいことになったので、うざかったら『***』を目印に飛ばしてください

(´・ω・`)


バタン!


「やあ、やあ、やあ! 久しぶりだねーっ、僕の可愛い姪っ子ちゃん♪ 突然だけど叔父さんの旅行に付き合っておくれ!」


「…………」


ノックも無しに突然サーシャの寝室の扉を開けたのは、サーシャの母方の叔父であった。

叔父とはいってもサーシャの母とは腹違い。妾腹生まれで商業区育ちの彼は、サーシャの家族から歓迎されない人間だ。

そんな彼だが、サーシャの家にいる馴染みのメイドから姪の不遇を知り、気まぐれに連れ出しに来たのである。


「それにしてもこの屋敷の空気って、なんていうか辛気臭いんだよねぇ。もっと窓を開けて外の空気を入れた方がいいよ!」


肌着姿で寝台に転がっていたサーシャに遠慮することなく、叔父はずかずかと部屋に入り込んで勝手に窓を開け放つ。

サーシャにとっては下着でも、叔父にとってはただの薄着にしか見えないらしい。寸胴なせいか。


「肩が凝らなそうでいい服だけど、外に出るには上にもっと着た方がいいね。少し風が冷たいようだ。叔父さんここで待っててあげるから、姪っ子ちゃんは早速準備に取りかかってね!」


そう言うと叔父は書架の前に据えられた椅子を断りもなく窓辺へ運び、どかっと腰を下ろしてガイドブックを読み始める。

会ったことは数える程しかない。悪人ではないがマイペースを極めた独善的な人物という印象で、サーシャは彼のことが好きではなかった。

それでも、家の外にキャロルを連れて出られる機会なのだ。逃す手は無いだろう。


旅先でキャロルを大事にしてくれる人に託したら、自分は今度こそ死んでしまおう!

そう決めたサーシャは、使用人は呼ばずに自分1人で荷造りを始めた。


***


コンコン!


「はいはーい!」


準備開始から数分後。叔父がノックに返事をすると、メイドが1人入ってきた。


「失礼します。お客様、書斎で奥様がお呼びです」


「行かないよ。姉さんには『さっき話した通りだ』って君から言っといて」


叔父が背を向けたままそう言うと、メイドはムッとして叔父に歩み寄り、一応サーシャを気にして声を落とす。


「ご旅行ならわたくしを連れて行ってくださったらいいじゃありませんか」


「君はここで仕事があるだろ」


「有給を頂戴しますわ。旦那様が出張中の今が狙い目ですもの」


「何度も言ったけど、僕は特定の相手は持たない主義だからね。君がクビになっても責任取らないよ」


「つれない人ですこと。でしたらせめて旦那様がお戻りになるまで、お泊まりになればいいですのに。お嬢様の件、気弱な奥様が旦那様に無断で許可できるはずありませんもの」


「旦那から嫌われてる僕を泊める許可だって、あの姉さんには出せないだろう。長居は無用さ。せっかくわざわざ留守を狙って来たんだから」


「もう! 誘拐で訴えられても知りませんわよ?」


「望むところだね。逆に虐待追及のカウンターパンチをお見舞いしてやるさ」


叔父はシュッシュッと空中に拳を叩き込んで勇ましさをアピールするが、メイドはただ呆れて「子どもっぽいですわよ」と言いながら叔父の肩を撫でた。

叔父がその手に軽く口付けると、メイドはいくらか機嫌を良くして、「またご連絡下さいませね」と微笑んで退室した。


そういえば兄たちが叔父のことを相当なプレイボーイだと噂していたな……と、サーシャは思い出した。


***


「さて! 今回の旅行の目的なんだけどね、姪っ子ちゃんには謝らないといけない。というのもこの旅行、ただ姪っ子ちゃんと遊ぶための旅行ってわけじゃなくてね、実は叔父さんの仕事のための旅行なんだよ」


列車の個室席へ着くなり、叔父はそう切り出した。


「叔父さんはね、元はただの美術商だったんだけど、最近は美術品に限らず無節操に色んなジャンルを扱っててね。実際に自分であちこち行って見つけた名品珍品を、金持ちの好事家に高値で買ってもらってるんだ。だから今回の旅も商品探しや商談がメインで、姪っ子ちゃんにはあまり構ってあげられないんだよ。ごめんねっ」


「…………」


サーシャがメモとペンを取り出し、叔父はサーシャが書き終わるのを待つ。


かきかき……


『どうして私を連れて来たの?』


「メイドから君の窮状を聞いてね、あの家に置いておくよりは強引にでも他所へ連れ出した方がいいと思ったのさ。自分にはそこしか居場所が無いなんて思い込みは捨てた方がいい。追い詰まったとき、周りを壊すか自分を消すかしないといけなくなるからね。与えられた環境や人生が自分に合っていないなら、自分に合うものを探しに行くんだ。でもきっと子供には難しいから、僕はその手伝いがしたい」


叔父は付箋だらけのガイドブックともに、幾人かの住所を記したメモをサーシャに渡した。


「僕が懇意にしている取引先リストさ。旅行中に気に入る場所があれば、暫くそこで療養するといい。君の父親のことは、僕が適当に遇らっておくさ。……とはいえ、騙すように連れ出して悪かったよ。僕が君くらいの年頃は、理由がなんであれ嘘を吐かれるのが大嫌いだったからね。すぐにではなくても、赦してもらえると嬉しいな」


かきかき……


『ありがとう』


本心ではまだ自殺する気でいるサーシャだが、本当に死ぬまでは叔父に話を合わせておくことにした。

余計なことを言って無駄に説得されるのは鬱陶しいからだ。


そんなサーシャの胸中など露知らず、叔父はこの筆談という会話方法に興味を引かれた様子で語り出す。


***


言葉を伝えるのに手間がかかるというのは不便だけど、ある面では良いことなのかもね。

慎重に選ぶようになるし、無駄を削るようにもなるし。

まあ、削り過ぎてかえって解釈しにくくなることもあるだろうけど。


逆に簡単に伝えることができてしまうと、よく考えずに軽率な発言もできてしまうから、不用意に傷つけたり傷つけられたりすることが多くなる。

『殺してやる』とか『結婚しよう』とか、実行が難しいことでさえ言葉に出すのは容易だからね。

しかも声なんて証拠も残りにくいから、無責任にもなりやすいんだろう。

僕みたいなお喋り野郎は、大人になっても失敗しまくりだよ。無責任なくせに無関心でもいられないからね。


まあそんな僕だけど、ダメ人間なりに自分の行いを反省して、何か贖罪になることをしようと思ったりはするんだ。

で、この間はある孤児院のための募金に参加したんだけどさ、そこでもまた失敗して罪を重ねてしまったんだよね……


僕は女の人が大好きなんだけどさ、募金会場で知り合った女性ともいい感じになって、2人で飲みに行ったんだ。

で、彼女から「あなたはどうして募金したんですか?」って聞かれたとき、酔ってたせいか言葉足らずに「バカと貧乏人が嫌いだからだよ」って答えちゃったんだ。

僕としては、孤児たちは望んでその境遇になったわけではないから、より良い就職に繋がるちゃんとした教育を受けさせてほしい、将来的に僕の嫌いな連中にならないように……って、そんなつもりだったんだけど……


彼女はもう烈火の如く怒っちゃっててさ、弁解の余地無しって感じでフラれちゃったよ。

酔いが覚めてから思い出したけど、彼女自身は家が貧しくて進学を諦めた子だったんだよね。

今思えば、それを話してくれたときも既に酔いかけててちゃんと聞けてなかったよ。僕こそ大バカさ。


思えば、『バカ』って言葉が指すものにも色々種類があるよね。

勉強ができないバカ、騙されるバカ、何かに夢中なバカ……女心がわからないバカとかね、僕みたいに。

バカっていう言葉だけだと、それがどんなバカを指すかわからない。

一見直球の悪口かと思えば、愛すべきバカなんて褒め言葉もあるくらいだし。不思議だね。


他の失言『貧乏人』については、程度差はあれど金が少ない人間を指す言葉だ。

でも僕は、この言葉が記号として示していた元々の概念に、自分の経験から勝手に別の要素を添加していたのを認めるよ。


ほら、僕の母って君の祖父の妾だったからさ、中央区からの援助のおかげで、商業区の中では比較的裕福な家だったんだ。

けど、そのことで貧しい家の子にイジメられたこともあってね、貧乏人は皆必ず悪人だという偏見が僕には染み付いていた。

実際は、先の彼女みたいに人助けに真剣な良い子もいるのにね。


言葉は異なる個体間で情報をやり取りする道具。

個々の思考を抽象的な記号に変換したもので、内心を完全にそのまま全て伝えられるものではない。

ときには嘘を吐く者もいるし、幅があったり裏があったり不確実な道具だ。誤謬も多いしね。


そもそも僕らは思考するときにも言葉を使っているけど、この抽象化された記号に思考を頼ることで、思考の簡略化という恩恵を受けられる一方、形骸化された言葉に引き摺られて、本来の内容に対する認識を歪めてしまう場合もある。

扱いやすくなった分、雑に扱ってしまう弊害という感じかな。よくわからないものでさえ、『よくわからないもの』と代入できてしまえるからね。

単純化し過ぎたり、逆に余計な付け加えをしたり、各々無自覚にカスタマイズしてるものさ。


言葉ってのは他者と理解し合うのに、それくらい当てにならない道具なんだ。

立場によって、時代によって、関係によって、同じ言葉でも意味が変わる。同じ人でも、同じ言葉の使い方をころころ変える。


『嫌い』って言葉だって、単に個人的に苦手だと意思表示するのに使うだけのこともあれば、そこに非難や軽蔑を添えて攻撃的に使うこともある。

前者のつもりで使ったはずが、後者と受け取られて余計な軋轢を生むこともあり得るんだ。

それを逆手にとって、後者の意味で言って相手を怒らせた後、前者の意味だったのにと言い訳して相手の罪とする卑怯者もいるしね。


また、そういった攻撃性を孕んだ言葉を用いずとも、褒め言葉を使って巧妙に嫌味を言う者だっている。

言葉に込められているのが敬意なのか悪意なのか、人の心を読むのは難しい。言葉は簡単に嘘を吐ける。故に人を信じるのも、人に信じられるのも、難しい。


で、人と話してると「そんなつもりで言ってないのに!」ってすれ違いがしょっちゅう起こるのさ!


ある時、付き合っていた女性の妹から「姉を怒らせてしまったので、赦してもらえるよう取りなしてほしい」と頼まれてね、僕はすぐ彼女に「妹さん、反省してるから赦してあげなよ」って言ったんだ。

そしたら彼女は「私が悪いって言いたいのね⁉︎」って僕にまで激怒してさ、「そうは言ってないだろ?」っていくら否定しても信じてもらえなくて、そのままフラれちゃったよ。


で、その後は成り行きで妹の方と付き合ったんだけど、今度は「姉のどこが好きだったの?」って聞かれて、正直に「スタイルが良くてしっかり者なところ」って答えたら、「どうせ私はチビだし子供っぽいわよ‼︎」って泣かれて……やっぱりフラれちゃったよ。


大人っぽくて頼り甲斐のある女性も、子供っぽくて頼られ甲斐のある女性も、僕はどちらも魅力的に思っているんだけどね。

片方を褒めたら対極を貶したことになるなんて、捉え方が単純で極端過ぎるよ。それだと、片方を肯定するためには、対極を否定しないといけなくもなるしね。


またある時は、「君は数学が苦手なんだね」って言っただけで、「私のこと見下した!」って責められてフラれたな。

僕含め誰しも得手不得手はあって当然だからさ、その一面に気付いたってだけでバカにしたつもりは無いのに。


一度怒り出すと何言っても聞かない人っているよね。それなら僕は諦めて「ゴメンね、バイバイ」って決めてるんだけどさ。

それを僕と同じように人を怒らせることに悩んでる女性に助言したら、「なんで悪いことしてないのに『ゴメン』なんて思わなきゃいけないのよ⁉︎」って怒られてフラれたね。

まさか謝罪の言葉1つが、そんなに自尊心を犠牲にするものとは思わなかったよ。


だって、僕にとっての『ゴメン』ってもっと軽いものだからさ。もし重かったらとっくに結婚してると思うし。

僕ってこんな奴だからね、せめてもの誠実さとして、自分が無責任なことは最初から伝えるようにしてるよ。

僕は生涯独身で自由に女性と付き合いたいからね。


それから、顔に傷痕のある女性を励ますつもりで「そのくらい僕は気にしないよ」って言ったときは、「私の辛さを大したことないって言うの⁉︎」って逆に傷つけてフラれたっけ。

あと、創作に没頭して健康を顧みない芸術家の女性を心配して「命の方が大事だろ!」って叱ったときは、「芸術のために生きてるのよ!」って叱り返されてフラれたなぁ。

他には…………


***


「……と、そんな風に僕も人付き合いが不得意でね。君みたいな子の気持ちはよくわかっているつもりなんだ。他人から理解されないのは辛いし、誤解されるのは気持ち悪いよね。とりわけ露悪好きの性悪説信者なんか、よく言いがかりを付けてきて困るよ。自分以外バカだと見下していないと自尊心を保てないから、相手を言い負かすことしか頭に無く、粗探しだけして有意義な意見が無い。そのくせ賢者と自己申告してくるのだから失笑してしまうね。先日はある男が……」


「…………(話が長すぎるのよ。いつ黙るのかしら?)」


常に上から目線の叔父がたらたらと御高説を垂れるのを、サーシャは欠伸を噛み殺しながら聞いていた。

言い返せない相手に一方的に愚痴り続けているという点では、叔父もあの見合い相手と同じだ。


正論と織り交ぜながら言葉や態度さえお上品に取り繕っていれば、いつも綺麗で正しくいられると叔父は信じているのだろう。

自分が常に正しいという絶対的な自信の持ち主というのは、自虐すら反省に見せかけた保身でタチが悪い。


叔父が怒らせてきた相手というのは、叔父の気持ちがわからなかったのではなく、叔父が勝手に相手の気持ちをわかる気でいたことに怒っていたのではないだろうか?

語り手1人の主観をどこまで信用できるというのか? 一方が愚かならもう一方は賢い保証などあるだろうか? 登場人物全員愚者ということもあり得る。

サーシャは批判的な視点で疑う。


「……と、まあ、人を傷付けずにいられない病人ってのは、手に負えないから放置されがちでね、それをさも自分たちが正しいことの証明であるように思い違っている。徒に悪意を振り撒けば、その分世界は住みにくくなるのに。君みたいな変わり者は、奴らに目をつけられやすいだろう。でも、奴らが悪意によって放つ言葉などデタラメで、受け取ってやる価値はないんだ。強さと悪さ。賢さと狡さ。区別と差別。部分と全体。奴らはそれらの区別もつかないバカなガキなのさ」


「…………(変わり者で悪かったわね)」


「僕が君にこういう話をするのはね、奴らに話をするのは無駄でも、君に話をするのは意味があると信じているからさ。もしまた君を傷付ける悪意に出会ったとき、或いは過去のそれらを思い出したとき、僕の意見は君に味方するのだと思い出して救われてほしい。少なくとも、君の幸福を願わないあの家族より、叔父さんは姪っ子ちゃんのことを想ってあげているからね」


「…………(恩着せがましいおっさんね)」


黙っていることで失言をしないという意味では、自分は最強かもしれない。

サーシャは車窓を流れる景色に意識を傾け、独りでに失言を重ねていく叔父の話を聞き流した。

ありふれた一般論でも叔父はさもありがたい持論のように語るので、目的地に着くまで話題は尽きなかった。


誰しも正しいことも間違ったことも両方言うだろうし、その判定は受け手にもよる。

問題はそれらの割合が一緒に居るに耐えうるものかどうかだ。



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