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2.憎悪

ある日の昼下がり、教会裏の墓地。


「ああ! やっとお会いできました、神父様! 本当にお久しぶりです!」


「え……⁇ ああ、あなたは……火の国の……」


「ははは、私なんぞはすっかりと老いぼれてしまって驚かれたでしょう? 対して神父様、お歳を召されても変わらぬその御姿! 正に貴方様の貴き信仰心の賜物だ!」


「はぁ……」


遠方から訪れた身なりの良い初老の男は、たじろぐ神父を拝むように見上げてくる。

男は火の国の良家の生まれで、宗教活動が唯一の趣味であるような熱心な時計教信者であった。

優秀な一族に囲まれながらも自身は凡才であったが故、唯一の長所として『善良さ』を誇示することに縋ったのである。

やたらと神の正義を振りかざし、それに少しでも反した者を苛烈に攻撃するので、正直なところ神父でなくても関わりたくない人物である。


「実は今、火の国商業区で建て直し中の教会なんですがね、中央から代表に推されている若い神父ではどうにも役者不足に思えましてですね……私めとしては是非とも貴方様にお越しいただきたいのですよ。商業区だなんて元は中央区の教会にも勤めていらっしゃった貴方様には役不足に思われるかもしれませんが、それでもこのような辺境の教会よりかは貴方様の能力を発揮できる場所かと……」


「か、買い被りですよ……それに僕は、落ち着いた田舎で隠棲する方が……」


「そんなご謙遜を! そもそも貴方様が此方へ飛ばされた原因というのが、貴方様側に全く非の無いものなのですから! 賄賂や横領により私腹を肥やしていた悪徳司教の財産を、貴方様が無断で地方に孤児院や救貧院を建てる為の資金へお充てになったこと、それは決して神様から責められるべき行いではありません。しかも貴方様自身は財産を持たず、全てを寄付に捧げていらっしゃる! 貴方様ほど民を愛し、幸福を祈っておられる神様の信奉者はいらっしゃらない!」


「そんなことありませんよ……本当に、僕は……」


男はしつこく食い下がり続けたが、入村手続き時から男の狂信者ぶりを心配していた村長が様子を見に来たため、その日は諦めて帰っていった。


***


ガチャリ……


差し込む夕陽が傾き、暗くなり始めた教会内。

高窓には灰色の少女が腰掛けて、いつもの日傘を揺らしながら笑っている。


「はぁ………………」


神父は閉めた扉に背と頭を預けるままに顎を上げ、目を細めて正面の神像を見据える。

無機質な像との不毛な睨めっこは、ばかばかしくて長続きしない。


「僕はただ、不幸を根絶したいだけなんだ……」


実のところ、神父は神を信じてなどいないし、民を愛してなどいなかった。

寄付も奉仕も誰かの幸せのためにやったのではない。ただ『不幸』を憎悪していたのだ。

今までやってきた善行は、ひたすらに不幸への復讐だったのだ。


むしろ、人など助けてそいつがもし不幸をばらまく悪人だったらどうしようかと憂いていた。

でもそういうときは、それも全てそいつを歪めた不幸が悪いのだと思うようにしてきた。

とにかくこの世界に不幸があるのがそもそもの間違いなのだと、世界中の不幸を憎悪し続けた。


こんな理不尽で不条理な不幸だらけの世界に、全てを管理する全知全能の神などいていいはずがない。

もしいるのなら、そいつは世界で最も性格が悪い下衆な屑野郎と決まっているのだ。

そうではなくて無能のくせに崇め奉られているだけだとしても、それはそれで反吐が出る。


神様が大嫌いだ。絶対に信じたくない。

でも何かこんな自分を見張っている形而上の存在がいたらと思うと怖くてしょうがない。

だからいつも不安で、怯え続けながら生きている。



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