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2.人形蒐集家

やばいキャラを書くの頑張りすぎて酷いことになったので、きつかったら『***』を目印に飛ばしてください

(´・ω・`)

地獄のような家庭環境が続いていたある日、サーシャにとある良家の令息との縁談が舞い込んだ。


「やあ、サーシャちゃん。今日は僕のために来てくれてありがとう。君に会えて本当に嬉しいよ。聞いていた通り、御人形のように可愛らしい女の子だね」


「…………」


見合いを申し込んできたのは老舗百貨店グループの跡取り息子だった。

サーシャの家に外商で出入りしていた者伝に、サーシャと自分の趣味が合いそうなことを知ったのだという。

やや歳上の彼には元々別の婚約者がいたのだが、そちらとは性格の不一致により破談になったらしい。


今日は彼の家に招かれ、両家の親同士が話し合っている間、美しい庭園を2人きりで散歩することになった。


「サーシャちゃん、御人形遊びが好きなんだってね。実は僕も昔から御人形遊びが大好きでね、色んな御人形を蒐集しているんだ。……歳上の、しかも男のくせに気持ち悪い……って、君もそう思うかい?」


ふるふる!


話せないサーシャは、代わりに首を横に振って意思表示した。

サーシャにとってこの縁談は、自分も一人前の人間であると認められるチャンスであり、成人後すぐに実家を出るチャンスでもある。

しかも相手は自分と同じ趣味で、姉の婚約者と比べればずっと若いし優しそうだ。家柄的にも姉を見返すのに充分と言っていい。


なんとしても気に入られなくては! 


サーシャは彼の話にも表情にも一生懸命注目し、声が出せずともしっかりと受け応えできるようにと張り切っていた。


「御人形っていうのは僕らに愛されるべく創られた崇高な芸術品であり、僕にとっては大切な家族なんだ。……人間ではない、生き物でもないただの『物』相手に異常……って、君もそう思うかい?」


ふるふる!


サーシャが再び首を横に振ると、令息は満足気に微笑む。


「うんうん。サーシャちゃんが御人形や僕のことを否定したりしない、利口で素敵な女の子で良かったよ。それに比べて、前の婚約者ときたら……」


令息は突然あからさまに不機嫌そうな声色になり、怒涛の勢いで愚痴りだす……


***


前の婚約者は自分の好き嫌いを僕に押し付けてくる傲慢なバカ女でね、自己愛拗らせた自慢話に称賛を強いてくるだけならまだしも、僕の愛する御人形たちを指して「気持ち悪い」「全然可愛くない」「こんなの好きな人間は頭がおかしい」「処分すべき」なんて言いやがったんだ。

流石に僕も頭にきてね、すぐに言い返してやったさ、正直に「お前の方がブスだし気持ち悪いよ」って。

そしたらあのドブス、なんて言い出したと思う?


「好き嫌いは個人の自由だから、ただの物に対してはどんな感想を言ってもいいの!」「私はあなた本人のことを侮辱したわけじゃないのに、人間である私を侮辱したあなたが悪い!」「謝罪して‼︎」だと。

好き嫌いの自由は『個人の』自由であっても、攻撃的に他者にぶつけてきた時点で違うだろうにさ。

嫌う権利があるなら、嫌いな相手を傷付ける権利もあるのか? 干渉したがらず無視しろよ。


そもそも人形趣味の人間、つまり僕自身のことだって散々侮辱してやがったくせに、それについては「私がそう言った証拠なんて残ってないでしょ?」「そっちが勝手にそう捉えただけじゃないの」「被害妄想よね」な〜んて、後から自分の都合のいいように出来事を捩じ曲げ、被害者面して僕を気狂い扱いしやがった。

顔がドブスだと心もそれ以上のドブスなんだな、まったく。


あのさ、普段の僕はさ、別にブスをブスだと思ってもいちいち口に出したりしないよ?

他者を傷付けるような言動は慎むべきだっていうのは、たとえ法が無かったとしても、品性と知性を持った社会的な生き物たる人間として、当然守るべきマナーだからね。わかってるよ?

ドブスが僕を尊重していれば、僕だって同じようにしていたさ。先に攻撃したドブスが悪いんだ。


ドブスは自身のことを御人形より優れているだなんて間違った自惚れをしていてさ、「私の方が絶対可愛い」「人形なんて中身が無くて薄っぺらな玩具よね」「人形なんかより人間の方が偉いに決まってる」「私を褒めなさいよ!」なんて主張してやがった。

バカはとにかく中身が入ってさえいれば価値があると盲信できるんだね。中身によっては無い方がいいことだってあるのに。


御人形はさ、作り手や愛好家にとって需要のある、理想的な要素を抽出した純粋な芸術品なんだ。

無い方が好ましい余計な雑味だらけの人間なんて、どこがありがたいっていうのさ?

御人形とドブスを比べるだなんて、愛を注ぐべき崇高な宝箱と、臭い泥の詰まった重いゴミ箱とを比べるようなものさ。

ドブスは偉そうに「喋らない人形なんかより私の言うことを聞くべきよ」とも言ってたけど、余計なことしか言わないなら黙ってた方がずっといいじゃないか。ゴミ箱らしくゴミでも咥えてろ。


需要無しドブスの分際で、愛される御人形を見下そうだなんて、とんだ身の程知らずのバカだよ。

物の価値のわからないバカがいくら御人形を貶そうが、御人形の真の価値を穢すことなんかできない。全部自分に返ってくるだけさ。


物には心が無いから、悪意を持つこともない。

物に悪意を宿らせるとしたら、それは人間の勝手な妄想であって、つまりその人間の心の穢れを投影しているだけで、悪いのはその人間自身だ。

一方、御人形という器に愛を注げば、僕らは御人形と相思相愛にだってなれる。愛する才能の無い者には勿体無い器なのさ。


それにさ、御人形を主観的に何かを思う心を持っていない、生き物ではないただの物だ、ってそう扱っているならさ、殊更敵視しようとするのは異常だよね。

物に何を脅かされるっていうのさ?

口のきけない、能動的に他者を害すことのない物に対して、一方的に攻撃するだなんて気持ち悪いね。悪趣味すぎる。

まあ結局のところ、ドブスは僕を攻撃したいがために、御人形を槍玉に上げ続けたんだろう。陰険な卑怯者め。


そのくせあのドブス、人前では良い子ぶりっ子してすっとぼけてさ、僕の両親や友人たちに媚びまくって、なかなか婚約解消に応じやがらなかった。

よっぽど僕の相続する財産が魅力的だったんだろうさ。そもそも縁談だって向こうから強引に取り付けてきやがったし。

どうあっても合わない相手なら一刻も早く離れた方がいいのにさ。無理矢理支配したがるなっての。


そうして果てはあのドブス、取り巻きのブス女どもまで連れて、僕の大事な御人形用の屋敷に不法侵入しようとしやがった!

でも流石にその騒ぎで目撃者ができてね、僕の両親もようやく僕の話を信じ、ドブスの本性を理解してドン引き……晴れて婚約解消することができたってわけなんだよ。


僕の父がドブスの家に乗り込んで婚約破棄を叩きつけたときなんかさ、そのときドブスの家にいた全員がペコペコ頭下げて謝りながら必死に引き止めててさ!

ペコペコ! ペコペコ! 廊下を通り抜ける間も、玄関から外へ出ても、ずっとさ! ペコペコ‼︎

僕は帰りの車からその光景を見える限りずっと振り返って、見えなくなってからももうずっとずっと笑いが止まらなかったよ!


あははは‼︎ あはははははははははははは‼︎‼︎


***


凄まじい思い出し笑いを始めた令息を前に、サーシャは眩暈を覚えた。


実のところ、彼の元婚約者についてはサーシャも少しだけ知っていた。

以前、彼女はサーシャの1番上の兄にも付き纏っていたからだ。

彼女の様々な細かいチャームポイントの自己申告に対し、首を傾げた者が取り巻きから迫害される場面なら、サーシャも目撃したことがある。

勿論、そんな振る舞いのできる地雷女を兄が選ぶはずはなく、兄が別の縁談を結んだことで粘着は途絶えた。


それ故、一方的に聞かされた愚痴の真偽についてサーシャは疑っていないし、散々心を踏み躙られたせいで彼の人格が歪んでしまったであろうことについては、同じく人形を愛する者として同情さえしている。


しかし、だ。


初対面の、それも自分より歳下の少女相手に、見合いの場でこんな話をするというのは、歳上の男性として以前に人として如何なものか?

それも、サーシャは声を出すことが出来ず、筆談用の道具さえも「娘が余計なことを書かないように」と気を回した両親に没収されていて、途中で相手の話を遮る手段を持っていない状態で。


……いや、だからこそなのだろう……サーシャの無力さ故の無害さを侮っているから、こんな聞き苦しい話だって安心してできるのだ。

令息がサーシャに期待していることは、サーシャが意思の無い御人形であること。サーシャという人格の不在なのだ。


サーシャはもうすっかりこの令息を未来の夫とする気が失せていた。寧ろ断固拒否案件である。


「おや? サーシャちゃん、少し顔色が悪いね。歩きすぎて疲れたかい? それならちょっと休憩しよう。ちょうどあそこに見えるのが、僕が特に気に入っている御人形たちの為に建てさせた、御人形用の家なんだ。普段は誰も中に入れないんだけど、サーシャちゃんは可愛いから特別に招待してあげるよ♪」


令息はそう言いながら、自分の腰くらいの高さにあるサーシャの小さな肩を抱いた。

受け止め切れない膨大な情報と強烈な感情をぶつけられ、心身共に疲弊し切っていたサーシャは、それを振り払うことができなかった。


***


「僕と御人形たちの愛の巣へようこそ! 歓迎するよ、サーシャちゃん……なんたって今日からはここは、僕と君との愛の巣にもなるんだからね♡♡♡」


「⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」


疲労でもう何も考えられなくなっていたサーシャだったが、いよいよ屋敷内に連れ込まれた途端、未だかつて感じたことのない恐怖に息が止まりそうになった。

厳重に施錠されていたこの人形屋敷には、清掃のために使用人を入れることすらしていないのだろう。

分厚いカーテンの閉め切られた薄暗い空間には、埃とともに独特の匂いが立ち込めている。


食卓に、長椅子に、階段に、出窓に、寝台に……いたるところにサーシャくらいの背丈の人形が座っている。

そのどれもがコケティッシュな衣装に身を包んだ、美しい少女の人形である。


「驚いたかい? ここに集めた御人形たちは、本宅に飾っている御人形たちとは違う、どれも特別な御人形ばかりだからね……こういう御人形さんに会うの、サーシャちゃんは初めてだよねぇ……でも緊張しなくていいんだよ〜、サーシャちゃん? すぐに君もここの御人形たちとお友達になれるからねぇ。まずは着せ替えごっこして遊ぼうね〜。サーシャちゃんは御人形さん役だからね。大丈夫、何もしなくていいんだよ。僕が着替えさせてあげるからねぇ……♡♡♡」


「……………………」


恐怖で凍りついたサーシャの身体を、卑劣な小児性愛者は人形のように軽々と抱き抱えて運んだ。

しばらくは自分の身に起こっていることが現実であるとも思えず放心していたサーシャであったが、いよいよ令息の手がドロワーズを脱がそうとした時、油断しきった顔面を思い切り蹴飛ばしてやった。


「うわッ⁉︎ 痛っ‼︎ 痛いッ‼︎ 何で蹴るんだよ、おい⁉︎ ギャッ‼︎」


げしげしと素早く繰り返し蹴りつけ、なんとか寝台を挟んで反対側へと逃れたサーシャ。

令息がまだ悶えている隙に、近くにあった美少女人形の一体を腕に抱え、その美しい顔へブローチピンの先端を突き付ける。


「…………‼︎‼︎」


「ああッ⁉︎ お前、なんてことしやがる⁉︎ 彼女を離せッッ‼︎‼︎」


愛する人形を人質に取られたことに気付いた令息は激昂したが、サーシャはキッと彼を睨みつけたまま人形へピン先を近づける。

いくら所有者を憎んでいても、人形好きのサーシャにとってこんな行動は全くの不本意である。

しかしながらその手は激しく震えて、罪無き人形の顔を今にも突き刺しそうだ。


「チッ…………わかった! わかったから彼女を傷付けるな‼︎ ほら、服も返す! もう何もしない!……まったく……御人形みたいに小さくて静かで絶対僕に逆らわない女の子だって聞いていたのに、話が違うじゃないか…………もういいよ、君にはガッカリだよ……」 


観念した令息が寝室から出て、廊下の反対側の壁に手を付けたところで、サーシャは素早く部屋の扉を閉めて内鍵をかけた。

それから自分の服を着ると、令息が回り込んでいないことを確認して窓から脱出したのだった。


言うまでもなく、この縁談は破談となった。


***


破談について、後ろめたいところのある相手の家は、サーシャの家を責めはしなかった。

だが、サーシャの家族はそうではなかった。


「分別の無い子供のお前と違って、彼は既に偉大なお父上の事業を手伝っている立派な青年なんだ。お前みたいな子供、ちょっと揶揄ってやっただけだったんだろう。それを大袈裟に捉えたお前が自意識過剰すぎるんだ! 例え本当だったとしても、お前なんかが彼に見初めていただいて光栄じゃないか。彼の好きにさせるべきだった。無能なお前にできることなんて他には何も無いんだから。利益を生み出せない穀潰しに人権があると思うな! お前なんか人間ではない‼︎」


せっかくの良縁を台無しにしたサーシャを、サーシャの家族は激しく責めたのだ。


それまで子供の教育を母に丸投げしていた父は、数年ぶりにサーシャの部屋に入ると「こんなもので遊んでいるからいつまでも幼稚なんだ!」と言い放ち、使用人に指示して玩具を全て処分させた。

血の繋がった家族以上に人形たちを家族のように思っていたサーシャにとって、それは大虐殺と相違なかった。

絶望したサーシャは自殺しようと思ったが、寝台の中で布団に隠れていたヌイグルミが1体難を逃れていたことに気付くと、「今私が死んだらこの子も捨てられてしまうのだわ」と思い留まった。


この件を境にサーシャは反抗的になり、頻繁に家具を倒したり物を壊したりして、皆の手を焼かせるようになった。

体罰を加えても反省することはなく、やがては皆がサーシャに何も望まなくなった。もう姉さえもサーシャを構わない。


サーシャは残った1体のヌイグルミ……キャロルを守ることだけを使命に、完全に心を閉ざした引きこもりと化した。



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