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6.蟷螂

それは突然だった。

その日もクリソベリルと旅人は未開の地を探索していたのだが、ある一帯に踏み込んだ途端空気の流れが隔絶されるような違和感が起こった。

目前にはさっきまで見えていなかったはずの巨大遺跡が、土壁に蔦を這わせて寂然と佇んでいる。


「どうやら結界に入り込んだらしい。入れるほど脆くなっていたのか、それとも……」


「おかしいですにゃ、怖いですにゃ……急に魔力が濃くなったのですにゃ……」


普段なんとなく魔脈を辿っているクリソベリルにも、これは予想外に急激な変化であった。

クリソベリルは旅人の腕を引いて引き返そうと促したが、旅人は止まらなかった。

それが冒険者たる自分の運命だ、と。


***


探索は順調であった。

荒れ果てた遺跡内にはあちこちの窓から日が差し込み、そこらに植物や虫たちが蔓延っている。襲ってくる魔物の姿も見当たらず、罠を含む魔動装置は既に機能停止しているものが殆どだ。

日頃探索している山や森や洞窟などより、ずっと平和な空間に思えてくるほどだ。


「もう他の冒険者の方たちが目ぼしい物は持ち出した後ですかにゃ?」


「ここは墓所や宝物庫ではなく、太古の管理施設といったところだね」


「何を管理していたのですにゃ?」


「魔脈、だよ。機能停止しているとはいえ、流石にこれは人間の手に余る。念のため結界を張り直して立ち去るとしよう」


「では、ワタシたちだけの秘密ですにゃ」


旅人の提案に、クリソベリルはホッとしたような残念なような気持ちで頷いた。

実はこれまでの旅でもこういうことは何度かあった。

あまりにも影響力が大きいと予想される発見は、手柄にするのを諦めて隠してしまうのだ。


まだ探索しきらない隠し扉をいくつか残したまま、旅人とクリソベリルは通路を引き返そうとした。

そのとき、俄に足下の床がぐらりと揺れ、ガラガラと崩れ落ちたと思うと瞬く間に砂へ変わった!


ひゅるるるるるる……シュタん‼︎


先に4本足で綺麗に着地したクリソベリルは、素早く前足を上げて旅人を受け止める。

旅人はすぐに自分の足で立ち直すと、杖を構えて周囲を見回す。

上層よりやや暗いが日光が差し込まないわけでもない、半地下といった位置どりの広間……その天井から壁にかけて、泥のような見た目の細かい気泡が大量にこびり付いている。


「まずいことになったな……」


ミシミシ……ピシピシ……ミシミシ……‼︎


旅人の呟きの詳細をクリソベリルが尋ねる暇も無く、気泡から聞こえる不気味な音が広間を埋め尽くす。

制御の難しい火炎魔法の扱いにも長ける旅人は、先手を打って気泡を焼き払おうとした……が、できなかった。

広間の床石が強力な魔力封じの効果を持っていたからだ。


「はああああ……‼︎」


旅人は仕込み杖から刀身を抜き、魔力封じに抗うための強い魔力を溜め始めた。

しかしその間にも、気泡の中から夥しい数の魔物が姿を現し始める!


複眼の目立つ小さな頭と細い首……その下には巨大な上腕が2本折り畳まれて付いていて、下半身は大きな翅になっている。

粘液でぬらぬらとした肌色の皮膚には毛が無く、黒い血管が幾本も透けて見える。

個体差はあるが概ね体高1メートル弱といったところだ。


「手羽先ですにゃ‼︎ 手羽先のオバケが襲ってきますにゃ‼︎‼︎」


「あれはスライサー。鳥というよりは蟷螂に似た魔物だよ。あの手羽先、もとい両腕の大鎌で斬りつけて攻撃してくる。厄介なことに魔法耐性が高く、動きも俊敏で物理攻撃が当てにくい……っ」


手短かな解説が終わるか終わらないかの内に、手羽先オバケ……もといスライサーたちは大群で襲いかかってくる!


キシャアアアアアア‼︎‼︎‼︎


ボン!……ぎゅるるるるるるるる……‼︎‼︎


旅人は持っていた巨大植物の種を魔力で急成長させ、自分達を狙うために低空飛行していた個体たちを蔓で絡めとった。

当然スライサーたちはすぐに蔓を大鎌で切り払おうとするが、それより先に旅人が植物を固定化魔法で固めてしまう。


そうして群れの2割程度を無力化しても、植物で塞がれていない上空から次々に残りの個体が襲ってくるので、旅人は斬撃と魔法を組み合わせて迎撃に当たった。

襲撃方向が絞られた分少しは戦いやすくなったが、魔力封じに抗って無理矢理魔法を行使しているため、流石の旅人も旗色が悪い。

戦力外のクリソベリルはというと、盾を被って丸くなっているばかりだ。


ガキィィイン‼︎‼︎


「ああッ‼︎‼︎」


「旅人さんっっ⁉︎⁉︎」


ブンッ‼︎‼︎


クリソベリルが顔を上げたのと同時に、旅人の体が植物の繁った中へ吹っ飛んだ。

屈強な大型スライサーの一撃をかろうじて刀身で受け止めたものの、疲労で踏ん張りが効かずに投げ上げられてしまったのだ。


ブブブブブブブブ……‼︎


不気味な羽音が歓喜の雄叫びのように広間を埋め尽くし、動けなくなった旅人へスライサーの大群が一斉に襲い掛かる!


「フシャアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎」


魔獣クリソベリルは咆哮と共に跳躍した。


全身の毛を逆立て、牙を剥き、爪を伸ばし、旅人に群がるスライサーたちに果敢に挑みかかっていった。

これまで長旅の中で蓄えてきた勇気を、或いは抑え込んでいた野性を、一気に解き放った。


スライサーたちを前足で叩き落とし、へし折り、爪で裂き、牙で裂き、噛み砕き、ときには骨のひしゃげる音を喉で聞きながら、苦い体液をいくらか飲み下しつつも戦った。

そのうち全身が焼けるように熱くなって、ぬるぬるした感触が敵の体液なのか自分の体液なのか区別もつかなくなって、鼻も無くなって、目も見えなくなって、それでも欠けた耳を研ぎ澄まし、スライサーの気配が消えるまで戦い続けた。


やがて動かない闇の中、クリソベリルは旅人の声を聞いた……



スライサーはずっと前に夢で見た化け物だったりします。乗ってたバスが壊されて道路から駐車場に駆け込むところで目が覚めました……

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