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23.魔王

早口な魔王(仮)の言葉が途切れると、ネリアは慌てて反論を試みる。


「ちょっ……ちょっと待ってよ! 火の国内で半獣人の毒殺計画を企てていた人間がいることは認めます。でも教会は彼らを止めました! そもそもそんな過激派は極一部だし、人間の中には半獣人擁護派だって……」


「人間はそんな企てをしても注意だけで済みます。罪に問われない。半獣人なら僅かでも人間に反抗する可能性を見つけられただけでお終いです。冤罪だろうと本人以外の関係者諸共処刑されます、見せしめの為になるべく残虐に。しかも、件のジェノサイド計画は保留になっただけ。それも表面的なもので、実際には水面下で続行中だ。あなただって本当は気が付いていたはず。でしょう?」


「それは…………でも! 仮に完成してしまったとしても、それは遠い未来に最悪の事態になった場合の交渉材料とか、あくまでいざという時の備えであって、そんなもの本当に使用許可が出るはずは……」


「使わない保証が無い。それに、我々にそれを見逃す義理はありません。杖を向けて詠唱中の敵がいるなら、詠唱が終わる前に攻撃して倒す。その方が安全だ。我々は動かぬ的とは違います。それに、既に人体実験の犠牲になった半獣人もいる。我々は調べました。苦役から逃げた者や孤児など、戸籍の無い半獣人たちが内密に命を奪われている、現在進行形で」


「嘘⁉︎⁉︎ そんな…………まさか、そんなこと…………」


言葉に詰まって俯くネリア。その震える拳を眺めながら、魔王は冷めたティーカップに手を伸ばす。


「はー……不慣れな人間語をたくさん話して疲れました。さあティータイムを楽しみましょう。せっかく人間向けに用意させたおもてなしです。あなたが食べないと調理担当のゴブリンが可哀想だ。彼を悲しませないでほしい」


「⁉︎⁉︎……ゴブリンが作った……⁇」


衝撃の情報にネリアは青ざめながらテーブルの上を見た。

ゴブリンならこれまでの任務中に何度か遭遇し、一再ならず屠ったこともある魔物だ。

それこそ害虫駆除のように、罪悪感は無く達成感を得て。


「そうです。ゴブリンの中に人間食に興味を持つ者がいたので、助力して特性を伸ばさせてみました。人間の変態創作による風評被害に傷心の彼ですが、立派な職人であることは我々が保証します。……おや? どうしました? 顔が引き攣っています。差別ですか? 人間様はゴブリンの手作りなんか口にできないということですか?」


「……そ、そういうわけじゃ……」


「なら、どうぞ。実際に食べて証明しなさい。ほら早く。あまり待つと生菓子は痛んでしまう。できませんか?」


「……………………っ」


「手が震えて食べられませんか? 仕方ありません。ワタシが食べさせてあげます。さあ、口を開きなさい」


魔王(仮)はネリアの隣に移動すると、溶けて柔らかくなったカッサータをフォークで掬い、ネリアの口元へ運んだ。

匂いは甘く、断面に見える木の実の彩りも鮮やか。普通に美味しそうなアイスケーキだ。

絶対に食べてはいけないと思っていたはずのネリアだったが、固く結んだはずの唇も魔眼に操られるようにゆっくりと開いていく…………そのとき!


ガッッシャアアァァーーーーーーーーン‼︎‼︎‼︎‼︎


魔王(仮)目掛けて急降下してきた影が、テーブルの上の物を盛大にぶち撒けながらセティを圧し折り、次の瞬間にはネリアを抱えて壁際まで飛び退いた。

直前にひらりと身を躱した魔王(仮)は、元の席に座ってパチパチと拍手しながら彼を讃える。


「予想通りの素晴らしい身体能力です。やっと降りてきてくれた。あなたがティータイムに参加してくれるのを待っていました。あなたの席はたった今あなたに壊されてしまったけれど。歓迎します、哀れな同胞」


「誰が同胞だ、ふざけるな。オレの女に妙な薬盛ろうとしやがって」


「ジャンさんっっ‼︎‼︎‼︎」


ネリアは助けに来てくれた恋人の勇姿に感激したのも束の間、血の匂いに気付き、彼の大きく裂けた背中を覗き込んで悲鳴を上げる。


「酷い怪我‼︎‼︎……あんたがやったの⁉︎⁉︎ ジャンさんを傷付けるなんて絶対に赦さない‼︎‼︎」


「ネリア、落ち着け」


熱り立つネリアを押さえながら、ジャンは感覚を研ぎ澄まして敵の出方を窺っている。

対する魔王(仮)は、半狂乱で睨み付けてくるネリアの剣幕を心底滑稽そうに嗤う。


「瞬発力。感情の爆発。あなたは短気、予想以上に。愚かしくて可笑しくて可愛いらしい。あなたは頭が悪いので誤解している。賢いワタシには解ります。その背中は彼自身が抉ったのでしょう。能力低減の魔術刻印を解除して、あなたを追うために。彼の爪に付着しているのは、彼自身の血肉です。彼が追いやすいように血痕を残すため、あなたがわざと自傷したのと同じ。我々は傷付けていません」


「こいつの言う通りだ。オレが自分でやった」


「そんなっ……」


血に染まったジャンのシャツに、ネリアの涙が落ちる。


「ごめんなさい、ジャンさん……こんなやばい相手とも知らず危険に巻き込んで。ジャンさんだけでも逃げてもらうべきだったのに、私のためにこんな無理までさせてしまって……」


「泣くな。巻き込まれたなんて思ってない。そんなことより敵の差し出したものを素直に食べようとするな、バカ」


実のところ、ジャンは魔王(仮)の長話が始まる頃には天井に到着していた。

血痕を追って入口を発見した後、セスたちに場所を知らせるための狼煙を上げ、潜入してネリアの居場所も突き止めていたのだ。

ひとまず敵にネリアを殺す気が無いのはわかったので、本来ならそのまま援軍の到着を待つか、ネリアを逃がす隙ができるまで潜伏しているはずだったが……


「毒は入れてないですよ。摂取した方が彼女にとっても我々にとっても都合の良いものです。あなたに気付いていたので、誘引の意味もありました。とても珍しい代物なのに、よく匂いを知っていましたね? その点は予想外です」


「こいつと初めて会ったときにも嗅いだ匂いだったからな……」


ジャンの言葉でネリアも察した。先のケーキには魔毒蝶の鱗粉で作った惚れ薬が入れられていたのだ。

自作しようとしたネリアに言えたことでもないが、いざ使われる立場になればその悍ましさにゾッとする。


「最低……ッ」


「痛めつけて恐怖で屈従させるよりずっと平和的な洗脳でしょう。我々の厚情に感謝すべきです。産む機械には贅沢な施しだ」


「あんたの子供なんか誰が産むもんですか‼︎」


「やれやれ……では、そこの同胞の子なら産みますか? それとも、こっちの家畜同士の方がいいですか?」


パチンっ…………ドサッ‼︎


「え⁉︎……セス‼︎」


魔王(仮)が指を鳴らして合図すると、高い位置の横穴から簀巻きにされたセスが落とされた。

首にはネリアと同じく魔力封じの重たい首輪が嵌められている。

そんなセスの上で飛び跳ねているのは、それぞれ違う毛色の5匹のシュシュだ。


「ネリア‼︎ ジャン……すまない! ネリアの護衛に知らせに行く途中、コイツらに襲われて……」


「「「「「みゅきゅ〜〜ん‼︎」」」」」


5匹のシュシュはセスを踏み台に息の合った決めポーズを披露した。どうやらセンターの赤毛個体がリーダーらしい。


「コイツら、それぞれ違う属性の魔法を使いこなしてきた上に、完璧な連携で俺をハメやがった……シュシュが襲ってくる、しかも魔法を使うなんて思いもしなかったとはいえ、完全にオレの負けだった……」


「ぎゅぎゅあーーーーーーーーっ⁉︎⁉︎」


そのとき、絨毯の端でひっくり返っていたとんがり帽子のシュシュがやっと意識を取り戻し、杖を振り回しながら憤然とジャンに突進してきた。


「きゅーきゅー! ぎゅああああ……‼︎」


パァアア……ボコボコ! パァアア……ドカドカ!


怒り狂うとんがり帽子シュシュは、光る杖でジャンを殴りながらその傷を癒やしていく。

部屋をめちゃくちゃにされたことについて文句を言っているのだろう。

魔王(仮)は椅子から立ち上がって歩み寄ると、ネリアを指してジャンに問う。


「同胞はどうしたいですか? もし同胞が望むなら、その家畜を私有してもいいですよ。我々は同胞の味方。我々は味方に優しい。但し、飼い主として躾はしっかりしてください。我々の社会の為に。家畜、あなたは御主人様に絶対服従だ」


魔王(仮)は最後にネリアに向かって言い放った。次の瞬間……


「ギャハハハハハ‼︎ おっもしれーことになってんじゃんっっww」


ボガッ‼︎


突然、魔王(仮)の背後の岩壁が一部隆起したかと思うと、パラパラと崩れて中から小柄な男が現れた。

赤いシャベルを携えた赤毛の男の服装を見て、ジャンは俄かに安堵し、魔王(仮)は首を傾げる。


「何か近付いてきていると思ったら、これはおかしいですね。増援を呼べないように、もう1人の魔脈管理士はシュシュたちが捕獲したのに。何故火の国の軍人がここへ?」


黒いコートと筒型の黒い軍帽は、確かに火の国軍のものだ。しかし……


「ギャハハハハハ! マヌケなシアンを撒いた甲斐があったぜー! な〜んか狼煙っぽいの見えたから来てみたんだけどよー? あのナマイキなメスガキが畜生から家畜扱いされてんのマジ超ウケるwwww あ、そうそう狼煙の方はオレ様がちゃ〜んと消しといてやったから感謝していいぜーww」


軍服の男の態度は明らかに軍人のそれではなかった。

セスは困惑しながら本当に同行者がいないか周囲を見回し、ネリアは嫌悪のこもった眼差しで忌々しげに男の名前を呼ぶ。


「カーマイン……ッ」


「カーマイン? ああ、噂の問題児ですね。生きていたか」


男の名前を聞いて魔王(仮)が薄い反応を示した。


「なんだァ、化け物? 畜生の分際でオレ様を知ってるとは思ったより賢いじゃん? そこのメスガキよりはww」


「カーマイン、行方不明の30代独身男性魔導士。最新の人柱の血縁者。最強格の魔導士個体として知られていました、現代の弱体化した火の国軍の中では。戦闘力はその家畜の保護者の引退時くらい。人格に致命的な欠陥。恐喝、姦淫、傷害致死などの常習犯。権力でも揉み消し切れないほどの度重なる加害行為の末、人間社会から追放された嫌われ者。狡賢いけど頭は悪い」


「性格はもっと悪い」


言いたい放題の魔王(仮)に続いてネリアも付け足した。

2年前の騒動では仕方なく共闘もした相手ではあるが、その前後で2度も犯されそうになったネリアとしては当然コイツを赦していない。

ネリアが「結婚するなら好きな人じゃなきゃ嫌」と強く思う原因の1つは、あの時の強烈な拒絶感が尾を引いている部分もある。


散々な酷評を受けた元軍人現在軍服コスプレおじさんカーマインは、舌打ちして乱暴にシャベルを振りかぶる。


「前言撤回。やっぱテメーも救いようのねー大バカだ、バーカ! バーカ‼︎ 知能が足りねーバカ同士まとめて死んどけっ!」


ガガガガガガッッ‼︎‼︎


瞬間、カーマインの背後の岩壁から大量の鋭利な岩石がネリアたち目掛けて発射された。

ジャンはネリアととんがり帽子シュシュを抱えて素早く岩の軌道から飛び退いたが……


「圧縮」


魔王(仮)が直立不動のままそう呟いた瞬間、飛んできた大岩が全て小さな砂粒に縮み、パラパラと床に撒かれた。


「詠唱はしないワタシですが、人間語で行動内容を説明してあげました。ワタシは気配りができる紳士です。感激していいですよ」


「チッ……妙な技使いやがる」


「あなたのは平凡な技でした。お粗末」


「半獣人の分際で人間様を煽ってんじゃねーよカス! 奴隷種族のゴミがッ!」


「現代の魔導士のレベルがどの程度か測る良い機会だ。遊びましょう。……変形」


ググググゴゴゴゴゴゴゴゴ…………


魔王(仮)が呟くと、今度はジャンたちのいる空間全体が激しく振動した。

全ての燭台が倒れて灯りが消えた闇の中、壁や床がグングンと伸びて、ジャンとネリアととんがり帽子シュシュ、簀巻きセスとシュシュ5、魔王(仮)とカーマインたちの位置が遠く離れていく。


「人間の目には暗すぎますか?……照射」


パアッ……


魔王(仮)が更に呟くと、いつの間にか巨大な闘技場のように変わっていた空間が、どこからかわからない光源によって照らし出された。

ジャンたちが居るのは観客席のような場所で、横穴からはゴブリンやシュシュなど様々な魔物が見物に押し寄せてくる。

現実とは思えない、まるで不可解な夢を見ているようだ。取り囲まれたネリアたちは、ただただ呆然と地下闘技場中央に浮かぶ彼を見上げる。


「そうそう、挨拶がまだだった。ワタシはこれから魔王になる半獣人。人間より優れた我々の代表者です。かかっておいで」


ワアアアアーーーーッッ‼︎‼︎‼︎‼︎


彼が宣言すると、いつの間にか観客席を埋め尽くしていた魔物たちから大歓声が沸き起こった。

凄まじい人気だ。その光景は彼が既に魔王と呼ぶのに相応しいカリスマ性を持つことを示していた。



カーマインは本編ラスボス戦で共闘したキャラ。でも味方とは言えない

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